大介は、拓也と亮介に事情を説明し、亮介に死体の検死を行ってもらえるよう頼んだ。 亮介は、少し落ち着かない様子だったが、大介と拓也が真剣に頭を下げるので、 半分仕方ないという気持ちで、現場に訪れた。
現場には、すでに伸也が待っており、亮介を誘うように遺体の前に推し進めた。 大介と伸也、拓也の立会いの下、亮介が検死を始めた。
数十分の後、亮介は、ハンカチで手をぬぐいながら、 「僕は、まだ医学の勉強をしているだけで、専門の医者ではない。 まして、医療道具も持ち合わせていないから、 正確にはわからないよ。でも、この刺し傷から見て、死後7,8時間は経っていると思うよ。 死因は、出血死かな。」 俺はその言葉を聞いて、 「今が、9時だから、逆算して、深夜1時ごろってことか。そんな時間寝てたぜ。俺は。」 大介は、 「とりあえず、1時から2時の間のアリバイを全員に聞こう。まずは、そこからだよ。拓也。」 大介のアドバイスに俺も同意して、 「そうだな。じゃあ、早速始めるか。」 二人は、部屋から出ようとすると、伸也が呼び止めた。 「亮介さんでしたか。私は、安原伸也といいます。 ところで、死因が出血死ということでしたが、遺体を見る限り、抵抗をした様子が見受けられません。 致命傷となった傷は、どの傷だと思われますか? また、医者の判断から見て、それがどういう状況でそうなったと考えられますか?」
伸也の突っ込みに、亮介は、 「さぁ、そこまでは解らないよ。君、変わっているね。 年頃は、拓也達と同じぐらいに見えるのに、 こんな状況なのにひどく冷静だ。 抵抗無く死んだということは、最初の一撃が致命傷になった訳だから、心臓に近い位置か、 急所である箇所という事になるんじゃないのかな?」 と答えた。亮介は、続けて 「しかし、これだけの刺し傷、どれだけの恨みがあったんだろうね。 友人、恋人そういう関係性が怪しいのかな」 「恨みって。。。」 「彼女には恋人がいたんじゃないのか。」 「和彦の事?」 思わず俺は、友子の彼氏でもある名を呼んだ。亮介は、その名前を聞くと、 「和彦君っていうのかい。彼が怪しいんじゃないのか。」 「和彦が殺したっていうのかよ。」
俺はムカついて、亮兄ぃに食って掛かった。 「殺したとは言っていない。でも怪しむべきじゃないのか。」 その言葉に、怒りを感じていると、大介が二人の間に割って入り、 「まずは、アリバイだよ。誰が怪しいかとかはその後だ。亮介さんも、多少情緒不安定な状況なんです。推論だけで言うのは止めましょう。」 大介の言葉に、少し落ち着きを戻した俺は、大介と一緒に倉庫を出た。 後からついてきた伸也が、大介のそばに来ると 「和彦とは、どなたですか?」 その言葉に、大介は、 「えっと、頭が少し茶色がかった背の高い子解るかな?彼の事だよ。」 「彼ですか。なるほど。」
その言いように、一度は落ち着いた俺は、再度熱を帯び、 「なにが、なるほどだ。あんた。」 と怒りに任せて、詰め寄った。しかし、伸也は少しもあわてることなく、 「何を怒っているのか解りませんが、彼は犯人ではありませんよ。それこそ、確信を持っていえます。」
伸也の言葉に、拓也と大介はお互いに顔を見合わせ、 「なんで?」
俺達は、食堂に入り、食堂に残っていた友人達を集め、 「全員の昨日の状況を聞きたいんだ。すまないけど、協力して欲しい。」 何が始まるんだ?とばかりに、悲しみにくれながらも拓也の周りに集まった。 「昨日の1時から2時の間、何をしていたのか、俺に教えてくれないか。」
その言葉に、典弘が反応した。 「なんで、そんな事聞くんだよ。その時間に友子が死んだっていうのか。 もしかして、俺達疑われているのか?」
俺は、その言葉を返す言葉が思いつかず黙ってしまうと、大介が、 「疑うんじゃないよ。無実を証明するために、みんなの証明をするんだ。」 「そんなの言い様じゃないか。疑っている事は、事実なんだろう。」 「友達を疑うの?それって、最低じゃない。」 口々に非難する言葉に、大介も俺も黙ってしまった。
それを見ていた伸也が、一歩前に進み、 「疑っていますよ。あなた方全員。拓也君や大介君はともかく、僕はあなた方を疑っています。 彼らには伝えていますが、彼女が殺されたのは彼女の知人であるのは明確です。 そして、彼女を知っているのは、あなた方。疑って当然じゃないですか。」
伸也は、自分が矢面に立つ事に何の引け目も感じずに毅然とした態度で言い放った。 その言葉に、皆一様に黙ってしまった。伸也は、頭を掻き、少し声のトーンを押さえ 「僕は疑っているのですがね。大介君や拓也君はあなた方を信じて疑わない。 しかし疑わないだけの根拠を示せるわけではない。だから、自分の疑いは自分で晴らしてください。 ついでに、今尚信じる拓也君や大介君の期待を裏切らないでください。」
それを聞いた典弘は、 「わかったよ。何でも聞けよ。それで、あんたの気が済むならな。 警察でも無いのに、偉そうにしやがって。」
文句にも似た声に伸也は、感情を表に出す事もなく 「仮に、警察がここにいても、真っ先にあなた方を疑いますよ。 当然です。警察ならば、男女問わずもっと横暴に事を実行しますよ。 事前の予行演習と思えば、楽なものです。さっさと始めましょう。」
俺は、正直助かったと思いつつも、この極めて冷静で、淡々と事を運ぶ伸也に薄ら寒いものを感じた。 伸也は、ペンションの従業員にお願いして、別室を用意してもらい、 「一人づつ話を聞くので、呼ばれたら来るように」と指示をして、その部屋に入っていった。
それから、一人づつ部屋に呼ばれ、昨日の自分のアリバイを話していった。 一通り終了して、最後にアリバイを聞いた根津と共に伸也も食堂に戻った。
典弘は伸也に詰め寄り、 「犯人は分かったかよ。名探偵さん。」 皮肉も込め、吐き捨てるように言った。
伸也は、首を横に一度振ると、 「みなさんのアリバイは完璧です。 というよりも、皆さんその時間は寝ていたようで、 それを証明する人も出来る人もいらっしゃいませんでした。 有体に言えば、限りなくグレーですが、今のところ、あなた方の誰もが可能であり、 誰もが不可能であるというところですかね。」
「なんだよ。結局何も分かっていないってことじゃないか。」 「いいえ、一つ分かりましたよ。」 その言葉に、皆が一斉に伸也を見た。
「根津君。彼は犯人ではない。という事です。 ああ、それと従業員の方もですね。」
「なんだよ、それ。」 「大事な事ですよ。たった一日と言えども、僕も根津君も彼女を知っている人という括りに入ります。 旧知を知るほどの縁はありませんがね。可能性は少しでもあるならば、それを潰しておくのも大事なことです。」
その言葉に、亮介が立ち上がり、 「それならば、僕もだろ?拓也やユキならともかくそれ以外の子達とは昨日初めて会ったんだ。」 「ああ、そうでしたね。すいません。」 伸也の頼りない言葉に、苛立ちを感じながら亮介は、椅子に座った。
伸也は、食堂を出て、一伸びし、自分の肩を揉んだ。 俺と大介はそれを追うように部屋を出て、伸也と合流した。 「ごめんな。なんか、あんた一人を悪役にさせちゃって。」 俺は、本気で悪いと思い、頭を下げた。
伸也は、手を振りながら、 「構いませんよ。あの場はあの方がいいでしょう。疑っているという事実は変わりませんしね。」 「結局、何も分からずじまいってことか。」 大介は、ため息をつき、落胆の意を表した。
「友子さんを最後に見たのは、ユキさんでした。 その時間が23時半頃。皆さんが拓也君達の部屋にいたのは、24時頃 その後は、自分の部屋に帰り、寝たとの事でした。 ユキさん達が部屋に戻ったときは、暗くなっていて、そのまま明かりも付けずに寝たという事でしたので、そこに友子さんがいたかどうかは定かではないようです。」
「じゃあ、もしかしたら、そこに、友子はいなかったってことか?」 「そうですね。その可能性はあります。 友子さんは、途中で皆さんから抜け、倉庫で対象の人間と待ち合わせ、そして、殺害された。」
「なんで、倉庫なんだ?」 俺は、ふと疑問に思い口に出した。 「いい質問ですね。拓也君。」
伸也に褒められて?なぜか、悪い気がしなかった。 「先ほど、従業員の方に聞いたのですが、あの倉庫は、死角です。 私達客が、あの場所に行く事は、殆どゼロに近い。 部屋に行くには玄関のすぐ横にある階段をあがり、2階にあがります。 1階は玄関ホールの脇にある階段と反対にあるリビングと食堂ですが、倉庫は、食堂の更に奥です。
食堂の扉は、玄関側に近く、倉庫に行くには、食堂に入らず、廊下を抜け初めて行ける場所です。 用が無い限り、あそこに行く事は無いでしょう。 まして、あそこが倉庫だという事を知っている人間は、従業員以外殆どいないはずです。」
「じゃあ、あそこが倉庫だって事を知っている人が犯人。」 「単純に考えればそうなりますね。」 「そういえば、さっき、和彦は犯人じゃないって言ってたけど、あれは、どういう意味だ?」 俺は、皆のアリバイを聞く前に廊下で話していた事を思い出した。
伸也は、アリバイ時に顔を確認したので、名前と顔が一致したのか 「彼は、恐らく、血が苦手なんじゃないですかね。」 「え?」
「僕達の誰もがあの部屋に入っています。 もちろん、死体をちゃんと確認したのは、拓也君、大介君、亮介さん、そして僕。 あとは、数人の従業員のみですが、ユキさん達も部屋の中を一度は見ています。 しかし、彼だけは部屋を見ることすらしなかった。彼女の遺体があるというのにです。」
「そうなのか?知っていたか?大介?」 「いや、いつそんなことを。」 「遺体を発見して、皆さんが騒いでいるときです。 彼は、部屋よりも少し離れた所でうずくまっていました。 その光景がとても印象的だったのでよく覚えています。」
「よく見ていたな。」 「仮に、彼が血が嫌いだったとすると、わざわざ血がたくさん出るような殺し方をするでしょうか? 首を絞めるとか、溺死とか血を出させない方法で殺めるでしょう。 そこから考えても彼が犯人という可能性は極めて低い。」
「じゃあ、一体誰が。もう、訳わかんねぇよ。」 俺は本当に分からなくなっていた。
大介は、少し考えた後、 「可能性の有るのは、典弘と、ユキ達。」 「それと、拓也君と大介君です。」 伸也は付け足したように言った。俺は、間髪居れず、 「俺は違う。大介だって違う。」
伸也は、軽く微笑み、 「拓也君ではないことは分かっていますよ。あなたは人を殺せる人じゃない。 それは、あなたのお友達も立証しています。」
その言葉を聞いて、不覚にも、思わず涙が出そうになった。大介は、冷静に、 「典弘だって正直考えにくい。友子の事を好きだったなんて話聞いたことが無い。 どちらかというと、恵子の事を好きだって聞いるし。」 「となると、恋人って線は消えるか。女達ってことか。でも、怨恨だぜ。」
「女性が犯人ではないとは言い切れませんが、恐らく犯人は男でしょう。」 「なんで?」
「遺体の傷です。どの傷も深く貫かれていました。」 「それで?」 「人一人刺し殺すには、ものすごい力がいるのを知っていますか? 大根を切るわけではありません。内蔵を破壊し、骨を砕くほどです。 それほどの力を要するのに、女性の力では限界があります。 むろん、時と場合によりけりではありますが、今回の状況を見る限り女性では難しい。 あの状況を作り出せるのは、男でしょう。」
俺は、そこまで見透かしている伸也に正直驚き、俺なりの仮説を立てた。 「なぁ、伸也。もしかしたら、犯人がわかっているんじゃないか。 お前は、既に犯人が解っていて、その犯人の証拠とかそういうことを探しているんじゃないのか?」 と言って見た。すると、伸也は、クスリと一言笑い、
「まさか、さすがにそれはまだ全然ですよ。先ほどの事情聴衆で皆さんのアリバイは聞きましたが それ以外は全く解りません。まずは、彼女が何故殺されたのかという動機。 それと、彼女を死に至らしめた凶器などが見つかると次の展開に持って行きやすいのですが。」
「動機と証拠を見つければいいんだな。」 俺は、伸也の言葉を再確認するように尋ねると、 「ええ。何か思いつくものはありますか?」 「全く。」 「全く?」 「思いつかない。」 と俺も大介もはっきりと断言した。
はっきりしすぎた言葉が伸也にとって笑いを呼んだのか、クスクスと笑った後、 「随分と仲がいいんですね。考え方は違うのに、どこかウマの合う部分がある。 実にうらやましい。気心しれた友達がいると言うのは大変素晴らしいですね。 さて、本題に戻りましょう。実は一つ曖昧なモノがあります。」
「曖昧?」 「はい。犯行時間です。」 「でも、犯行時間ってさっきの亮兄ぃの検死の結果、昨日の1時〜2時の間だって話じゃないか。
「ええ。そうですね。でも、おかしくありませんか? ユキさんが最後に見たのは、23時半。死んだのは、昨日の1時〜2時。 その間、彼女達は何をやっていたのでしょう?」 「何って話だろ?」 「何の話ですか?」
「そりゃぁ。。。。何だ?」 と俺は、自分で言った手前考えたが、全く思いつかなかった。大介も少し考えた後、 「男と女が一緒にいた訳だから、当然、恋だ、愛だという話じゃないのか。」 「しかし、友子さんには既に和彦君という彼氏がいるわけですよね。 その状況で、恋だの愛だのという話を1時間以上もするでしょうか?」
「結局、何が言いたいんだ?」 「言いたいのは、死んだ時間は、もっと前なのではないかと言うことです。」
「もっと前?」
「はい。曖昧な話なので、少し問題は多いですが、一つの仮説を。。。 『彼氏のいる女性』と『彼女が好きな男性』が一緒にいたと仮定します。 仮に、『彼女が好きな男性』は、以前、『彼氏のいる女性』とつきあった経験があり、まだ未練があるとします。 その状況の中、男から発せられる言葉は限定されます。「縁りを戻して欲しい。」 しかし、女性の答えもまた決まっています。「無理。」
平行線を辿る会話には終わりがありません。 その終わらない会話に、徐々に男は違う思いを巡らせる。 なぜ、ここまで女を思っているのに、振り向いてくれない。 なぜ、俺の気持ちを理解しない。
そんな理不尽な思いを女に突きつけます。 そして、言葉は、行動に変わります。
他の男を向く女を許せない。俺を理解しない女を許せない。 そんな思いは、一つの行動によって幕を閉じます。 その行動の名は、「殺人」。 まぁ、そんな所でしょうか。」
「笑えない。想像力が、豊か過ぎだろう。」 「その発想と、死んだ時間とどう繋がるんだ?」
「血です。」 「血?」 「あれだけの刺し傷があるにも関わらず、部屋全体に血が飛び散っていない。 それだけではありません。一番の疑問は、友子さんの遺体が綺麗過ぎるのです。」
「綺麗?どこが。」
「亮介さんが言っていた言葉覚えていますか? 致命傷となったのは、即死となるような刺し傷である心臓や、急所だと。 普通、どんな人であっても、急所を傷つけられる場合、咄嗟に身を庇うものです。 その結果、擦り傷や、切り傷といった大なり小なりな傷を帯びるものです。 ですが、友子さんの遺体には、それらが、全く無い。 加えて、叫ぶとか、何かを掻き毟るとか。そういった付随効果をされた形跡もありません。」
「そうか。だから、あの時、爪や手がキレイだっていったんだ。」
「要するにです。仮に、23時半から、1時(もしくは2時)の間に、僕が言ったような出来事が行われているならば、 空白の時間は納得できますが、代わりに遺体がキレイすぎるのは納得できない。 しかし、想定よりも更に前に殺されたのだとしたら、それは、内容が変わってくるという事です。」
俺は、伸也の言葉にただ耳を傾けていたが、話し方やとっつき難さのムカつきも忘れ、ただ、感嘆した。
「すげぇ。すげぇよ。そんな事、どうやって思いつくんだ。そうか。犯行はもっと前。 それなら、状況も変わるって事だよな。」 俺は、テンションが上がり、大介達に同意を求めた。 大介は、俺のテンションをスルーするかのように、 「でも、仮定は仮定だ。それを根拠するものがない。」 さらりと言った言葉に、俺のテンションもだだ下がり。 なんで、頭のいい奴はノリとか大事にしないんだ。と思ったが、そこは引かず 「だったら、その根拠を探そうぜ。友子の遺体から何か見つかれば、根拠があるって事になるんだろう。」 その言葉に、大介も納得したようで、もう一度、あの倉庫に行くことになった。
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