「やばい、やばい。遅刻、遅刻。」 パンを加えて、キャスター付きのかばんを転がすのでは無く担いで走る俺。 いや、正確には、パンは加えていない。今時、加えて走る奴は見たこと無い。 いたら、正直痛い。 それは今はどうでもいい。
何故、叫びながら、走らなければいけないか? ”寝坊したからだ。” 集合時間に間に合うかどうか瀬戸際だ。
俺は、篠崎拓也。 おせじにも進学校とは呼べない学校に通う高校2年生。 俺的には一般的な高校生だ。 グレている訳でもチャラい格好して鏡ばかり見てるわけでもない。 部活動に熱血したり、人並みに女の子を好きになる何処にでもいる高校生だ。
そんな俺が、急いで走るには意味がある。 今日から2泊3日で、中学時代の友人達と小旅行に行く。 高校に入ると皆進む先が変わり学校がバラバラになってしまった。 それでも休みになれば、顔を合わせる奴もいるが、中学の時と比べそれほど頻繁ではなくなった。
昔を懐かしむ程の年齢では無いが、友人関係を密に保ちたい俺は、冬休みを利用して企画した。 そんな幹事の俺が、遅刻で来れませんなんてギャグにもならない。
無心で走らなければならないのだが、これからの楽しい出来事に頬が緩む。
わき目も振らずに走ったことでなんとか、出発前に、集合場所に辿り着けた。 集合場所には、バスがすでに到着していて、 出発の合図を待つかのようにエンジンが唸っているのが聞こえた。 息を整えようと肩で息をしている俺の背後から、
「遅い!!」 と短いながらも俺の現状を表す言葉と共に、丸めた本で頭をポカリと叩いてきた。 さして痛みは感じながったが、頭をさすりながら後ろを振り返ると 怒り心頭の顔持ちに、睨み付ける女性が一人。
「ユキ」 俺は、整わない息を乱しながら、不機嫌な顔を維持した女の名を呼んだ。
ユキと呼ばれた女性はつかつかと拓也の傍まで来るとおもむろに頬をつねり上げ、 「もしもーし。聞こえていますカー?何時の待ち合わせでしたっけー?」 俺は、つねる手を払い、痛みを和らげようと頬をさすりながら、
「痛いっつぅの。ちょっと寝坊したんだよ。」
ユキは両手を腰に沿え、溜息混じりに、 「またぁ?いっつも寝坊。何やってんのよ?」 「悪かったって。だから、走って来たろ。」 「当然でしょ。遅刻しておいて、歩いてきたらぶっ飛ばしてたわよ。」
怒りに女性らしさも失われ、どこぞのヤンキーかと思うような暴力的な言葉で俺を脅してきた。 この娘は、榊原ユキ。 家の近所に住んでいて、小さい頃からの馴染みだ。 同学年なのに、なぜか、俺の姉みたいに、世話を焼く。 基本的に世話好きで面倒見がいい。女友達の中でも中心人物になる事が多い。 正確もさっぱりしていて、男受けも女受けもいい。
「まぁまぁ。そんなに怒らない。時間には充分余裕があるよ。」 俺達の間に割って入り、2人の言い争いをなだめ優しくなだめる男が1人。
「大介。。。」
神谷大介。 ユキと一緒で、家が近くの幼馴染。小さい頃は、三人でいつも一緒に遊んでた。 大介は、俺と違い、頭の出来がかなり違う。 地元でも有名な超進学校に入学している。 高校二年生とはいえ、既に大学進学を念頭にいれた授業体制のせいで、休みの日以外は殆ど会うことが無い。 頭脳明晰だけど、それを鼻にかけることは無い。 凄く気さくな奴で、メチャメチャいい奴だ。
「さぁ、荷物を運び入れよう。他の子達も来て、バスの中で待機しているよ。」
大介の言葉、俺はバスに荷物を入れ、早々に乗り込んだ。 俺の登場を待っていたかのように、バス内に歓声が響いた。
見回すと、知っている顔が並ぶ。 皆との久しぶりの再会に自然に顔がほころんだ。
空いている適当な場所に腰を下ろし、改めてバスの中を見た。 俺は、ふと疑問が沸き、横に座った大介に話しかけた。
「なぁ、大介。知らない顔が混じっているんだけど。」 大介は、半分不思議な顔をしたが、笑いの混じった声で、 「それは、そうだろう。ツアーなんだから。普通の客も混じっているよ。」 「ああ、そうか。俺達だけじゃないんだっけ。でも、意外に1人旅行がいるんだなー。」
その声に釣られて大介も周りを見渡すと、少し驚いた顔をして、思わず声が漏れた。 「あれ?」 「どうしたんだ。大介。」 大介は相手の死角に入り、後ろの席を指差しながら、 「彼は知っている。同じ学校の子だ。話をした事が無いけど、間違いないよ。」 指の指された方向を俺は恐る恐る見ると、体格的には小柄で、少し影のある感じのする男が一人隅の席に座っていた。
「名前は知ってる?」 「確か。。。根津だと思ったけど。。」 「へぇ。スキーをやるような感じには見えないけどな。」 「確かに。活発な印象は無いな。成績はいいと思ったけど。。」
「もう1人も一人旅だね。」 大介は、顎で差すようにもう1人の男を指した。 男は全身黒づくめの服装で、ヘッドホンをしながら静かに目を閉じ座っていた。 「友達いないのかな?」 俺は、悪気無く率直な感想を言うと、さすがに言葉に語弊を感じたのか大介は口を閉ざすよう合図した。
車内が楽しい雰囲気に包まれている中、男性が一人唐突に飛び込んで来た。 「ごめん。遅れた。」 男は汗をぬぐいながら、そう叫び入ってきた。 談笑していた人たちは、何事かと思い、静寂になった。拓也は、半立ちになりながら、 前方の男に向かって、口を開いた。 「亮兄ぃ、遅いよ。同伴者が遅刻してどうするんだよ。」
亮兄ぃと呼ばれた男は、頭を掻きながら、ごめん。ごめんと繰り返し謝っていた。
姫野亮介。 拓也の近所に住む大学生。ユキや大介同様、幼馴染だが、 年が離れているためどちらかというと、兄貴的存在。 今回のツアーに未成年だけでは心配という事もあって、同伴者の役を買ってくれた。
「はじめましてだね。僕は、姫野亮介といいます。 拓也に頼まれて、今回のツアーの同伴者となりました。よろしく。」 遅刻してきた事を申し訳なさそうにしながら、ペコリと頭を下げ、自己紹介をした。
「まぁ、俺達まだ未成年だからな。何か有ったときにまずいし、保護者って事で、亮兄ぃを連れてきた。 逆に連れて来なかったら、外泊旅行なんて親が認めてくれねぇしな。 亮兄ぃを知っているのは、俺と大介と、ユキだけかな?」
拓也が頭を掻きながら周りに紹介した。 一同、拍手をして、亮介を招いた。
バスは、程なくして出発した。俺達は、遠足に行くような感じで、終始賑やかな車内だった。 今回の外泊旅行は、俺、大介、ユキ、亮兄ぃ以外に、和彦、恵子、典弘、友子、由香の9人の旅行。 そして、車内には、大介と同じ学校に通っている根津という奴と全身真っ黒の服来た男の11人の乗客のみである。
久しぶりの再会で楽しい旅行になる筈だったのに、 まさかあんな忌まわしい事になるなんて、この時の俺達はまだ誰も思っていないかった。。。。
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