俺が住む町を簡単に紹介しよう。 神奈川県高座郡寒川町。名産は梨ワインと黒豚。 俺は一度も食べたことはないが、食べたことのある友達いわく「かなり旨い」らしい。 場所的にいえば、茅ケ崎と藤沢の中間、どちらかといえば、藤沢に近い。 茅ケ崎までは電車で10分程度。 茅ケ崎海岸までは自転車で30分以上かかる。 茅ケ崎と言えば、海が有名だが、夏場になると暴走族と入れ墨の入った怖いおじさん達が沢山出るから行かない。 初詣は寒川神社がここら辺では定番中の定番。 この神社は全国でも名が知れており、大磯や藤沢など、遠く離れた場所から参拝に来る人や外国の方もいる。 夏になると、浜降祭という全国でも有名なイベントがある。 友達と一度見に行ったことがあるが、かなりすごいイベントだったのを記憶している。 話は変わるが、俺は今、寒川神社にいる。 寒川神社の神様に、『親父が早くバクチ癖を直して真面目になってくれ』、それを祈るためと、勤め先の友人、加藤正志と遊びに来ただけだ。 「安産祈願のお守り、100個ください。」 お守りの売店で、伝えた。 「吉岡さん?」 きょとんとした顔の巫女さんが、俺の前に現れた。 他の巫女さんは、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で俺と加藤を見やる。 「さんはつけなくていいよ。」 加藤が言った。 加藤の妹、雅子さんは、和服がよく似合う典型的な大和撫子だ。 何故かわからないが、加藤は俺と雅子さんが付き合うのか勝手に心配している。 雅子さんのバイトが終わった後、大曲に新しくできたを肉屋に行く約束をしている。 雅子さんのバイトが終わるまで、あと1時間近くある。 「寒川神社か・・・・ロクな思いでがないんだよな・・・。」 加藤がため息交じりにつぶやいた。 埼玉から寒川に一人で出てきた俺と違い、加藤はずっとこの町で暮らしていた。 加藤の家庭は、大学教授の父親と市役所役員の母親、会社重役の兄と、有名国立大にAO入試で去年合格した妹。 かたや俺の家は、バクチ癖があり、登録制の短期派遣をしている父親、総合失調症を患い、週に3回ぐらい(しかも軽作業)しかまともに働くことができない母親。 そして、3年前にキャバクラ嬢と駆け落ちした中卒の弟。 俺と違い、寒川町で裕福な暮らしを営んでいた。 だが、加藤は学校の勉強についていけず、高校を中退、アウトローの道へ。 加藤は元々腕力が強く、空手の有段者ということもあり、20人ぐらいの不良を束ねていたが、口が悪いことが災いし、仲間内でもめ事が絶えず、初詣に行ったある日、仲間から背中を刺された。 この事件は全国ニュースになり、当時俺はバイト先のテレビで、たまたま加藤の顔を見た。 「お前と会ったのも、ここだったよな?」 「ああ。確かお前に声かけられたのって、ここらへんだったっけ?」 加藤が刺された4年後、埼玉の暮らしに嫌気がさした俺は、半ば家出に近い形で電車に飛び乗り、寒川町へたどり着いた。 そしてすぐに派遣会社へ登録、寒川町にあるパン工場で紹介予定派遣の職を見つけ、寒川神社近くの借家を借りた。 寒川神社にふらりと出向いた時に、ライターを落とした加藤から声をかけられた。 (その時の加藤は、サングラスをかけ、春なのにライダースジャケットを着ていた。 不良マンガの主人公みたいだった。) 次の日、始めて工場に行ったら、加藤と同じ現場に配属されることになった。 新人歓迎会の時に、酔っ払った加藤の腕を軽く振りはらったら、いきなり顔面を殴られ、喧嘩。 加藤は俺よりも3年も職場の先輩だったが、それも関係なく、俺は加藤をぼこぼこに した。 喧嘩は今までしたことがなかった。 加藤のせいで、周りの印象は最悪になったが、加藤は『俺とまともに張り合える奴ははじめてだよ。』と絶賛した。 それから加藤に仕事や遊び、寒川町のことをいろいろと教えてもらい、腐れ縁の中になった。 「お兄ちゃん。」 雅子さんが可愛い声で、加藤にけりを入れる。 「ん?痛ぇよ、雅子。」 「煙草やめてよ。お客さんが・・・」 「知らねぇよ。」 加藤は悪びれもせず、点に向けて煙草をふかし続けていた。 「神社内は禁煙です。」 悪びれない加藤に、雅子さんの膝蹴りが加藤の急所に炸裂した。 「いってぇぇぇ・・・・・!!」 口にくわえていた煙草を地面に落とし、急所を抑えながら、地べたにへたり込む加藤。 思わず、雅子さんの行動に、持っていたコーヒーを落としそうになった。 「神社内は禁煙ですから。所定の場所で吸ってください、お・客・様。」 「わかりました、はい・・・・・。」 加藤の血筋は、元々気が強いのかもしれない。
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