放課後。アンリはとんでもないことをカミングアウトしてきた。
「台本を渡しただけなのか?」
俺がそう声を出すと、アンリはあわてて「シー!」と文句を言ってきた。おい、あんだけ公に神崎カヤが参加するっていったのは誰だよ。
「だから、とりあえず、サクラで釣ろうかな、て」 「は? サクラ?」 「あんたよ」当然のように俺に指さす。 「いや、どういうことだよ?」
周りの連中は、部活の仲間と今日の予定を確認している。
「彼女のところにいって、劇のすばらしさを自然に語るのよ」 「……『自然』だ?」あきれて反論する気もおきない。 「あんたも映画研究会でしょ。演技はできるはずよ」 「俺がいつ演技したよ? もっぱら照明係だ」 「あら、不満だった?」 「そういう意味じゃない」
アンリは、なんでもかんでも自分に都合のいいように解釈する。だからこその、この明るさなんだろうけど。
「お願い!」パンっと手をあわせるアンリ。作戦を変えたな。 「……」
こんな馬鹿らしいことは本来なら絶対にやらないんだが。今回は、『おつかい』のこともある。アンリの遊びを最大限利用するのが利口か。
「わかったよ」
アンリが、ぱあっと表情を変えるのが分かった。
「で、どこにいるの?」 「……さあ。教室じゃないかなぁ」
本当に計画性のない……俺はため息をついた。アンリはかまうことなく、にやにやしながら手をパンパンたたいた。
「ほらほら、帰っちゃう前につかまえなきゃ」 「なんで、上から目線なんだかなぁ」納得いかないまま、アンリの言うとおり、教室に神崎カヤを探しに向かう。 「にしても、サクラとは……」よく思いつくものだ。
神崎カヤが転入してきた隣のクラスに顔をのぞかせる。ほとんど皆、部活へとでかけていなくなっていた。
「どこだ?」
そういえば、自分が神崎カヤの顔を知らないことをいまさら思い出す。丁度、教室から出てきたサッカー部らしき奴をつかまえ、「神崎は…」というと、そいつは呆れた顔で俺を見てきた。
「またかよ。神崎なら……ほら、戻ってきたよ」とサッカー部員は俺の後ろを、あごをしゃくって指した。 「え?」
サッカー部員は、俺をおしのけ、なにも言わずに教室を出て行った。 俺は、ゆっくりと振り返る。
「あ」まぬけな声がこぼれた。
そこには、確かに、神話からでてきたかのような美しさをもった女がいた。夕方の廊下に立つ彼女は、夕焼けをあびて、より神秘的な雰囲気をかもしだしている。噂どおりの美人だ。だが、想像とは少し違っていた。俺はもっと、モデルやアイドルのような美人を想像していた。オヤジっぽい言い方をすれば『今風の子』だ。だが、彼女は違う。ルネサンスの絵画に描かれるような女神みたいだ。俺はそう思った。愛らしい丸い輪郭は、女性らしい柔らかな曲線をもっている。眉は、筆で書いた線のようにすうっと伸びて、長いまつ毛はくっきりとした目を強調している。すっきりとした鼻筋。桜を思わせる淡いピンクの唇。俺は、絵画を鑑賞するかのように、じっくりと彼女を見つめていた。これが、「見とれる」ってやつか。 神崎カヤは、俺の視線に気づくと、立ち止まった。ひとつ、ゆっくりとまばたきをすると、落ち着いた様子で口を開く。
「週番?」
それが、彼女が初めて俺に言った言葉だった。
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