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作品名:終焉の詩姫 作者:立川マナ

第6回   第五節 kaya 1:2
 彼女が現れたのは、昼休みになってすぐだった。

「劇に興味はない?」
 
 初めまして、の挨拶もなく、まっすぐに私に向かってきてそう言い放った。ショートヘアの彼女は、目が大きくて、ハツラツとした雰囲気だ。

「はい?」それ以外の返事が思いつかなかった。
「今度の文化祭で、ウチの学年は、劇とお化け屋敷とファッションショーやるの。
 で、私は、劇のほうの責任者」

 彼女は、私がぽかんとしているのにもかまわず、話を続けていく。彼女の隣にいる友人らしき子は、申し訳なさそうな笑顔を私に向けている。こちらの彼女は、ロングヘアですらりとした落ち着いた子だ。対照的な二人ね。

「ていうか、この子がやりたいって言い出して、無理やり、劇を候補にいれたんだけどね」

 友人は、こそっと私に言った。もちろん、隣にいる『責任者』にも聞こえてただろうけど、彼女はまったく気にする様子もなく、私に期待の目を向けている。

「どう?」
「……どう、て」私も、苦笑いするしかできない。「考えてみるわ」

 とりあえず、その場は流そう、と私は席を立ち上がった。しかし、彼女はあきらめる様子もなく、台本を押し付けてきた。

「読んでみて」
「え」
「ちょっと、アンリ」

 さすがにこれには、友人が耐えかねて口をはさんだ。そう、ショートヘアの子はアンリっていう名前なのね。

「なによ、コトミ。いいじゃない。せっかく、ウチに転校してきたんだし。楽しんでもらわなきゃ」
「そう言うと聞こえはいいけど……」

 アンリって子、悪い子ではないみたい。二人の様子を見ていて、それは分かった。でも、だからといって、劇に参加するのがいいアイディアかどうかは分からない。確かに、文化祭には興味あるし、参加できたら楽しいだろうけど。

「ね、どう? 神崎さん」

 私の名前は知ってるのね。転校生はすぐに有名になる。もう慣れた。

「どうって、初めまして、もしてないのよ?」
「あ……」二人は、唖然とした。夢中で気づいていなかったみたいね。
「ごめんね! そうだよねぇ」台本をもちながら、あはは、と照れ笑い。
「私は、アンリ。近江アンリよ。初めまして」
「私は、町田コトミ。よろしくね」隣の子も、すかさず付け加えた。

 うん、これがもっともな順序よね。私はやっとすっきりした気分になった。

「神崎カヤです」

 私がそういうと、二人はにやっとした。

「知ってるよ〜ん」
「噂どおりの美人」
「え……」

 それを言われて、ずきっとした。これ、いつもと一緒だ。また、今までみたいなことを繰り返すの? 急に、二人の笑顔が怖くなった。

「あの、ごめんなさい。お昼、買いに行かなきゃ」

 私は、あわてて二人の横を通り過ぎ、教室からでようとした。それに驚いたのは、近江さんだ。

「ちょっとまって! せめて、台本だけでも読んでみて」
「え……」振り返ると同時に、胸には近江さんの台本がおしつけられた。
「ね、読んでみて!」

 近江さんはそう言って、町田さんと一緒に教室から出て行った。

「……」

 私の手元には、台本が残った。これって、どういうことになるのかしら。読んで、感想次第できめていいってことかな。まさか、これ受け取ったから参加決定ってわけじゃ…ないよね。
 すぐに返しに行くべきか迷っていると、「神崎さん」と後ろから呼びかけられた。
 今度は誰? 振り返ると、今朝も話しかけてきた加原くんだ。だらっとした制服の着方は、きっと彼なりのおしゃれね。

「お昼、どうするの?」
「売店」これもいつものこと。とりあえず、つくり笑顔でしのぐ。
「売店? せっかくなら、近くの…」
「お昼に外出るのは校則違反でしょ?」
「え? そんな、堅いこと…」校則、という言葉に一瞬、身をこわばらせた。
「初日だから。問題おこしたくないの」早口で言って、教室をでようとする。
「じゃ、屋上で」

 なかなかしぶとい。私は振り返って、台本を彼に見せた。

「これ、読まなきゃいけないから」
「へ……」

 これは有効だったみたいね。私は、台本に心の中でお礼を言って、教室を出た。確か、売店は下駄箱の前だったよね。周りの視線が集まってるのを感じつつ、なるべく目立たないように廊下の端を歩く。今度の学校は、前よりも新しい。校舎はよく掃除されているし、窓は透き通っているみたいにきれい。

「あれが、転校生?」

 ふと、誰かがささやくのが聞こえた。分かってる。いつものこと。私はそう思いつつも、自然とため息がでた。
 私のわがままで繰り返している転校。これくらい、我慢しなきゃ。両親は、私の新しい制服をみるのが楽しい、なんて言ってくれるけど…無理して明るくふるまっているのはなんとなく分かる。
 ストーカー…両親は、そう結論付けた。今までの学校での騒動は、私のストーカーが引き起こしたこと。私が気に病む必要はない。でも…本当は?
 ふと、足をとめた。上履きに目を落とす。

「あの電話……」

 上履きを取りに戻ったときのことを思い出す。偶然聞いてしまった母の電話。今まで聞いたことのないような母の口調だった。
 『ストーカーってことにしてる』という母の言葉を頭の中で繰り返してみる。どういうこと? お母さんは、何か知っている? 今までの事件を引き起こしてきた人物を?
 いつのまにか強く握り締めていた台本は、変に折れ曲がっていた。

「……」

 よれてしまった台本をじっと見つめた。これ、見覚えある。私の教科書。
 気づくと、台本が私の涙でぬれていた。

「うそ」

 周りにばれないように、コンタクトがずれたかのように目をおさえ、トイレにかけこんだ。
 ばたん、と個室のドアをしめると、深く深呼吸をした。台本は、もう「ありがとう」の一言で近江さんに返せる状態じゃなくなっていた。
 まだ自分が気にしていることに驚いた。両親の権力は、それを『嫌がらせ』でとめた。でも、『嫌がらせ』は止まらなかった。誰がしているのか、はっきりとは分からなかったから。その子が、襲われるまで……

「あの子にばれたらって、どういうことなの?」

 私は、確信していた。あのお母さんの言葉を聞けば、誰でも予想はつく。お母さんは、真相を知ってる。それよりも……

「何を隠しているの?」

 私は天井をみあげた。新しいはずの校舎で、なぜか天井だけはきれいではなかった。


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