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作品名:終焉の詩姫 作者:立川マナ

第5回   第四節 kaya 1:1
 神崎の屋敷。ここは、万全のセキュリティと雇われた大勢のボディガードで固められた要塞となっている。何のためにそこまでのセキュリティが必要なのか、カヤは常に疑問に思っていた。新しい制服に袖を通し、鏡を見つめた。そこには、あきらかに神崎家の娘ではない自分がいる。くっきりとした顔立ち。ぱっちりとした目。浅黒い肌。どう見ても、この国の人間ではない。
 カヤは鏡を見つめながら、左手で自分の髪をぎゅっとつまんだ。つい最近ばっさりと切った髪は、もう肩にふれることはない。斜めに流すように分けている前髪も、眉までしかなく、視界を邪魔することはなくなった。確かにすっきりした。気分転換に髪をきったのは正解だったかもしれない、とカヤは思った。だが、それでもまだ足りない。きっと、何を試しても、心のもやもやは消えることはないだろう。カヤは、ふうっとため息をついて、鏡から目をそらした。

「カヤ? 準備できたの?」

 急に、ドアのむこうからノックとともに声がした。カヤは、あわててバッグをとり、ドアにかけつける。

「はいはい! すぐ行く」ドアを勢いよく開けると、そこには母親が立っていた。首や耳、手首、指、いたるところに宝石が見つかる。カヤは、宝石は好きではなかった。

「おはよう、お母さん」
「新しい制服もよく似合ってるわね」

 母親は、カヤを誇らしげに見つめた。カヤは、自分が彼らの実の娘でないことは知っていた。でも、だからといってなにか不満を感じたことはない。満足していた。彼らは親として、充分以上のことをしてくれていた。愛情も注いでくれている。だが、彼女のどこかで何か納得できていない部分があった。自分は何者で、どこから来たのか。そして……

「どうしたの?」母親は、ぼうっとしているカヤの顔をのぞいた。
「え、いえ…今度の学校では…うまくいくかな、て」カヤは廊下の窓から外を見つめた。
「もう、誰にも呪われてるなんて言われたくないから」

 母親はハッとして、カヤに振り返る。カヤは、落ち込んだ表情でうつむいている。

「カヤ…かわいそうに」せつない表情で、カヤの頬をなでる。「あなたは呪われてなんかいない。何度も言ったでしょ。ただのストーカーなのよ」

 カヤは母親の優しさが身にしみた。だが、同時に申し訳なかった。

「そう。そして、何度も引っ越したわ。私のわがままで…」
「カヤ。気にしないでいいの。私たちはあなたにとってベストの環境を与えたいの。それだけなんだから」

 本当の娘でもない自分に、どうしてこの両親はこんなにも親切なんだろう。カヤは、胸があつくなった。自分は充分幸せだ。だから、わざわざ両親に自分が何者かなんて聞く必要はない。そんな失礼なことはできない。カヤはいつもそう自分に言い聞かせていた。
 でも、心のどこかで、それでも真実を知りたい、という好奇心がうずいているのは隠せなかった。

「さ、初日から、そんなしけた顔でどうするの?」母親は、カヤのおしりをたたいた。
「ちょっと、お母さん?」

 カヤは、母との友達のような関係が好きだった。母親は、私服とは思えないドレスの裾をあげ、階段をおり始める。

「朝食がさめるわよ」

 母の後姿を眺めながら、カヤはまた窓の外を見た。

「お願い。今度こそ、そっとしておいて」

 自分でも、誰に言っているのか分からなかった。でも、それでも、『誰か』に言いたくて仕方なかった。今度こそ、なにもしないで、と。
 カヤは、母親の後を追うように、階段を降り始めた。
 一階には、朝食のいい香りが漂っている。カヤが横を通り過ぎるたびに、屋敷のガードマンたちが頭をさげていった。カヤはそのたびに、おちつかない笑顔を見せた。物心ついたときからこんな感じだ。何度もやめて、と頼んだが無駄だった。さすがに慣れたが、好きになれない。

「カヤ! おはよう」

 丁度、テーブルにつこうかというときに、父親が新聞を手に部屋にはいってきた。

「新しい制服だね。よく似合うな」
「あら、カヤには何でも似合うわよ」

 両親はにこやかにカヤをほめた。

「もうやめてよ。恥ずかしいな。私も、あと半年で十七なんだし。子供じゃないんだから」

 その言葉に両親は、ハッとした。その妙な雰囲気に、カヤも手をとめた。

「……なに?」
「え、いえ」母親はひきつった笑顔で、キッチンのほうへ逃げるように去っていく。
「どうしたの?」おそるおそるカヤは父親に聞いた。父親も、作り笑顔を顔にはりつけていた。
「さあ。なんだろうな。カヤ、初日に遅刻はよくないぞ」

 父親は、思い出したかのように席を立ち、トイレへと去っていった。残されたカヤは、ぽかんとしながら、卵焼きを口に運んだ。

「誕生日に何か企んでるのかな。まだずいぶん先なのに」

* * *

 カヤが学校へ出かけ、朝食の片付けがおわったダイニングで、カヤの母親は一人、座っていた。メイドが用意した紅茶には目もくれず、深刻な面持ちで電話を見つめている。
 時計の針が八時を刻み、鐘がなるとともに、電話が鳴り始める。母親は、あわてて電話をとった。

「もしもし!」

 受話器の向こうの声は、しばらく何も言わない。

「カヤは学校に行ったよ」母親はせっぱつまった声をしぼりだした。
「そうか」受話器の奥の声は、静かにそう言う。
「もうちょっと私たちを信用してくれてもいいんじゃないの?」母親の声は、ヒステリックに近くなって
いた。
「あんたが何を企んでいるのか知らないけどね。余計なことされると、こっちもやりにくくなるんだよ」

 受話器からはなにも聞こえない。母親は、落ち着かないため息をはいた。

「あんたのことは、ストーカーってことにしてる。頼むから、もう余計なことはしないでちょうだい! あの子があやしんだらどうするの?」

 相手がなにも答えないのをいいことに、母親は責め立てる声を一層荒立てた。

「あの子にバレたら、困るのはそっちもなんでしょ?」
「愚かだな」受話器の向こうの声は、やっと一言だけそう言った。
「な……なによ?」
「約束の日、無傷で健康なカヤを渡すこと。条件はそれだけだ」
「!」

 冷たい声に、母親は寒気がした。

「また明日、連絡する」

 電話はあっけなく切られた。母親は呆然と受話器をもったまま固まった。じわじわとなんだか気持ち悪い感情が沸き起こってくる。

「なんなのよ、この男は」

 母親は、おもいっきり受話器を床にたたきつけた。
 その音に驚いて腰がぬけそうになったのは、忘れ物を取りに戻っていたカヤだった。

「なに……今の電話?」
 
 自分が震えているのが分かった。
 カヤは、学校へ行く途中、上履きを忘れたことに気づいた。あわてて取りに戻り、水だけ飲もうとダイニングに立ち寄ろうとしたのだった。しかし、まさか、こんな会話を聞くことになるなんて。カヤは、ぎゅっと自分のひじを握り締めた。

「お嬢様?」

 呼ばれてカヤはハッとした。いつのまにか、そこにはメイドが立っていた。

「てっきり、もう学校にいかれたのかと……」
「え、ええ。上履き忘れちゃって」カヤはあわてて、右手にもっている上履きをみせた。
「遅刻じゃありません?」
「大丈夫よ、これでも足は速いんだから」

 言いながら、メイドの腕をひっぱり、ダイニングから遠ざける。とりあえず、母親にあの会話を自分が聞いていたことは隠さなきゃいけない。カヤは、そういう気持ちにかられていた。真実を知りたい気持ちと、それを恐れる気持ちがうずまいている。
 逃げるように玄関から飛び出すと、心臓の鼓動がおどろくほど大きな音をたてているのを感じた。深呼吸をすると、カヤは走り出した。
 とりあえず、遅刻はさけよう。カヤが冷静に考えられるのはそれだけだった。


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