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作品名:Bittersweet symphony 作者:かいた

第5回   雑談とホテルへの帰路について
島から出たら、目の前まで潮が満ちていた。入場口の桟橋が海で消え、僕等は別の出口から外へ出た。
帰り道は電灯ひとつなかった。強い風が横殴りに吹きすさぶ、とても寒い帰り道だった。
となりにいるタカシの顔は暗くて見えないが、肩をすくめている様子から、きっと寒かったに違いない。店を出るときにタカシは上着を返してきた。だから今は自分自身の上着を着ているが、ぼくもさすがに寒かったのでさっきのように交換するわけにはいかなかった。
「やばいな。この風。奏太、ハグして暖めてくれ。」
「それだけはいやだよ。」
「それにしてもさっきのケーキ食っといてよかった。糖類はすぐエネルギーに変わるから。」
ぼくはあの重いパンチ並みのケーキのことを思い出した。アイスが溶けてびしょびしょになっていたあの美味しくない状態のケーキを食べたのは、そういう理由だったのかと思った。
僕等は寒さに負けないようになるべく声を張り上げて、とりとめのない話をし始めた。

「すごい潮汐力だな。溺れるの納得。」
「寒いよ〜。」
「明日ヴェルサイユだぞ。花のヴェルサイユ。風邪ひかないようにしなきゃ。」
「あれ、タカシ風邪ひきにくいんじゃなかったっけ?」
「この寒さじゃ白熊だって鼻水ダラダラだぞ。」
「そんなには寒くないって。」
「お前はそのコートがあるからだろ。」
「だから言ったじゃん。あの店のパーカー買っとけば良かったのに。」
「でっかく胸元にモン・サン・ミッシェル!ってだけならまだしもご丁寧にイラストまで描いてあるあれをか?おれはお前のセンスをうたがうよ。そんなに欲しかったなら、買ってお前にプレゼントすればよかった。」
「そういう問題じゃないだろが。」
「ああ、おれ何でフランスなんかに来ちゃったんだろ。」
「城とかが好きだからっつってたじゃん。」
「お前はいちいち言うこときついな。じゃあ奏太は何で一人でフランスに来たんだよ。」
「言うこときついってよくわかんないな。おれは、うーん、おれも城とか好きだからかな?」
「会社休んでか?普通平日休んだりできないんじゃないの?あ、フリーターか。」
「そう、フリーターなんだ。それももう辞めた。なんかさ、ダメなんだ。」
「ダメなのか?」
「そう。」
「何がダメなんだ?」
「おれが。」
「どこが?」
「世間に躍らされてばっかりでさ。」
「難しい表現だな。だから何があったんだよ。」
「お前も仕事すればわかるって。理想と現実の違いってものが。」
「ほう。それはおれもつねづね思っているけど。」
「夢とかある?」
「う〜ん。夢っていうかやりたいことはある。海外青年協力隊みたいなので、途上国に行って支援活動とかしてみたい。」
「確かに、そういうの似合ってるな。」
「奏太は何してたんだ?」
「ここ一年はコンビニの店員。週4、5で8時間とか入ってさ、いらっしゃいませって言ってレジ打ち。ノイローゼになりそうだった。あと掃除とか色んな雑用とか。ああ、めんどくせ。やっと辞めれた。だってさ、いらっしゃいませなんて思ってないのに、なんでいらっしゃいませなんて言わなきゃいけないのかな。」
「すごい接客業泣かせな考えな、それ。でもおれも高校のときしたことある。あの、肉まんとかセットすんのめんどくせえのな。あと、たまに写真の現像とかくるとびびんない?」
「てかもう、レジ以外来ないでほしい。レジも並ばないでほしい。なんで一人来ると一気に並び始めるのか意味わかんない。」
「あれ、なんだろうな。まんべんなく来てほしいよな。」
「タカシは今バイトしてんの?」
「新宿のCDショップでバイトしてる。」
「まじで?家どこ?」
「高円寺。田舎は茨城だけど、大学がこっちだから、入学と同時に上京してきたってわけ。」
「一人暮らしか。おれなんて、実家だよ。いいなあ。てか、おれ新宿のCDショップよく行くけど、どこ?ブート品売ってるとこ?」
「いや、ちゃんとしたとこ。駅の中じゃないほうのHMV。」
「高島屋の方か。そっちの方がよく行ってる。音楽好きなの?」
「てかお前はどこ住んでんの?音楽聴くよ。おれバンドやってんもん。」
「へえ。パートは何?いや、言うな。当ててみせる。ベースだな。ベース顔だもん。」
「なにそのベース顔って。なんかのっぺりしてそう。本当適当だな、お前は。」
「違うか。意外にヴォーカルとか?」
「違うって。もう言うぞ。ドラムだよ。」
「すげえ。おれ、ドラムたたける奴、尊敬するわ。どんなのやってんの?」
「カバーもやるし、オリジナルもやるよ。今度ライブ来いよ。エモいやつだけど。」
「EMO全然好き。おれも昔やってたよ、UKロックだけど。おれ何でも聴くんだ。色んな曲作ってたから。」
「曲書けるの?じゃ今度おれらに一曲書いてよ。とびきりエモいやつ。Motion city soundtrackやJimmy eat worldくらい泣けるやつ。」
「作ってたのはBGMだったから、インストしか今は作れないや。バンドしてたときはほとんどBlurやOasisのカバーだったし。」
「BGMってどうやって作んの?そっちの方が難しそう。」
「パソコンで作るんだよ。実はいうと音楽会社で働いてたんだ。」
「すげえな。作った曲聴かせてよ。そういえば友達にDJしてる奴いて、何かパソコンで作ってたな。あんな感じかな。でも、その会社辞めちゃったのか?何で?好きなんだろ?音楽。」
「辞めたよ。それが理想と現実の違いなんだって。また好きな音楽と向き合えるようになるまで、いったん活動休止。」
「なんかかっこいい。言ってみたい、そのセリフ。」
「活動休止って?」
「また好きな音楽と向き合えるまでって。」
「音楽性の違いにより脱退しました、とか。」
「よくあるな、それ。本当は違うんだぜ。仲悪くなったからなんだぜ。女寝取ったとか。」
「ははは。そうなの?」
「当たり前じゃん。」
「はぁ、何か大声出してたら疲れてきた。」
「おれも。それに鼻水出てきた。」
「歌でも歌う?」
「何いきなり。」
「・・・・。」
「・・・・。」
「・・・・。」
「歌えば?」
「やだ。」
「ドラムのおれに歌わせるつもり?」
「うん。」
「何でおれがドラムなのか考えてみ。」
「デブだから。」
「おい。」
「じゃ、タカシの一番好きな曲なに?」
「おれ、あれだよ。New found glory版 Never ending story。」
「ごめん、そんな夢いっぱいなの歌えない。」
「やっぱな。お前は何?」
「ありすぎて選べない。」
「そうきたか。CD何枚くらい持ってんの?」
「1000以上はあるな。」
「すげえ。BGM作るんだったら、色んなジャンルに詳しくならなきゃいけなさそうだもんな。」
「まあね。ジャズとかにも詳しくなったよ。」
「そんなに好きな仕事だったのに辞めちゃって、もったいなくない?」
「もったいないとは思わなかったな。」
「そういうもんなの?」
「楽しいことよりも、辛いことの方が増えてきたんだ。おれがそれに耐えれる人間になったら、また音楽を仕事にしたい。
だから旅をしてもっとタフになりたいんだ。カフカ少年みたいに。」
「何そのカフカ少年って。」
「村上春樹だよ。知らないか。」
「ああ、あのビートルズの曲のやつね。」
「そうそう。作品は違うけど。」
「Radioheadのヴォーカルが影響されたやつじゃない?」
「それはねじまき鳥クロニクルだろ。海辺のカフカは猫とか出てくるやつだよ。」
「わかった。一角獣とか太った女が出てくるやつだろ。つきあってた娘から貸してもらったことある。結局読まないで無くしちゃったんだよな。だからあらすじだけ聞かせてもらったんだ。」
「ちがうって。もっと新しいやつだって。あ、そういえばタカシ、聞こう聞こうと思ってたんだけど、メロンの匂いの香水とかつけてる?」
「何いきなり。香水なんて余計なもの持ってきてないけど。」
「何回かお前からメロンの匂いしたんだけど。おかしいな。」
「おれから?おまえの鼻にメロンパンのかけらでもついてたんじゃないの?へんなの。」
「メロンパンからメロンの匂いはしないよ。」
「おお、見ろ奏太、いつのまにか宿だ。話してたらあっという間だったな。早くフロ入りたい。」
 右奥を見ると、明かりがついた窓がいくつか暗闇に浮かんでいた。ホテルまであと300mといったところか。どれだけ歩いたのだろうと、ふと後ろを振り返ると、モン・サン・ミッシェルがオレンジ色に輝いていた。なんてきれいにライトアップされているのだろう。タカシにも教えようと、となりを向いたら、さっきまでは暗くてまったく見えなかったのに、タカシの顔がはっきりと見える。
 ぼくはしばらく無言になる。
 そうか、月が出てきたせいなんだ。ぼくは自分の目が変になったのかもしれないと思ったのだ。どんな暗闇でもタカシの顔が見えるようになってしまったんだと思った。でもそれが何でいけないのか、いけないと思ってしまったのか、ぼくはまだ分からずにいた。


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