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作品名:Bittersweet symphony 作者:かいた

第2回   モンサンミッシェルと関谷崇との出会いについて
モンサンミッシェルと関谷崇との出会いについて

 ぼくがまだ孤独に悩まされていたころ、フランスへ旅立ち、ノルマンディー地方に行った。何かの雑誌で見た教会があまりにも美しかったからだ。そんな理由で行ったフランスだったが、孤独も日本にいる時よりはいくぶん和いだ。フランスではぼくの事を知らなくて当たり前なのだから。ぼくはこの頃のことを思い出すためにCDを取り出した。そして5曲目にセットしてPLAYボタンを押した。イントロなしに突然始まるこの曲。
「If you're listening・・・Whoa・・・」
 
 泊まっていたホステルからメトロを乗り継ぎ、モンパルナス駅でレンヌへのTGVに乗り換えた。そしてレンヌからはモン・サン・ミッシェル行きのバスに乗り換えなければいけない。乗り継ぎ時間は十分間。そのターミナルがなかなか見つからずぼくは駅の周りをぐるぐる一周していた。仕方なく駅に戻り、誰かに聞くことにした。
 フランスでは日本人以上に他の国からの観光客がやたら多い。日本人かと思って話しかけても中国人だったり韓国人だったり。駅員に話しかけるのが一番いいのだろうが、駅員も他の業務に追われ忙しそうだったのでフランス語が分からないぼくはすっかり萎縮してしまっていた。
 バスは一日に四本でている。これを逃すと三時間後の最終運行に乗る事になり、モン・サン・ミシェルに着くのが十九時頃になる。それでも構わないかもしれない。どうせあちらでホテルは予約してある。英語は少し話せるが、フランス語はまったく勉強してこなかった自分の無計画さにうんざりした。動機が動機だけにしょうがない。とりあえずターミナルは見つけておかなくてはと思い、ゆっくりと歩き出す。
「Excuse me? Where is there the bus terminal to Mon sang michel ?」
 いきなり声をかけられ顔をあげると、日本人らしい若者が話しかけてきた。雰囲気的に日本人に見える。それに原宿で見たことがあるバウンティハンターのTシャツを着ていた。アジアでも売っているかもしれないが、確か、人気ですぐ売り切れになったデザインだと持っていた知り合いから聞いたから、中国人とか韓国人はそんなシャツは旅行には着てこないように思えた。
「おれも今探しているんだけど・・・。」
「きみやっぱり日本人?そうかと思ったんだけど、一応保険として英語使ってみたんだ。」
 彼は日本人だった。そして久々に聞く日本語はとても嬉しかった。
「きみも探してるんだったら一緒に探そうぜ。おれ、駅から出て横断歩道を渡った所にあるって調べたんだ。ええと、あっちかもしれない。もう時間無いや、とりあえず行こう。」
 腕を引っ張られ駆け足で出口に向かう。駅を出て左に曲がり、彼の言った通り横断歩道を渡った所にロータリーがあった。
「あったあった。やっぱ、おれ旅人の嗅覚身についてきたかも。あ、もうバス来てるぞ。」
 急いでバスに乗り込み、チケットを見せる。客は僕等だけだった。
「きっとみんなもっと早く乗るんだよな、このバス。」
彼が一番後ろから2番目の席で、ぼくがその後ろの席に座った。
「バス見つかって助かったよ。名前何て言うの?」
 荷物を降ろし終わると、彼は振り返って屈託のない笑顔を向ける。誰の警戒心も解くであろうその無邪気な笑顔に、ぼくも頬が緩んだ。
「とんでもない。助かったのはこちらの方だよ。もう諦めようと思ってたんだ。」
「諦めるって?行くのをか?お前諦め早いな。」
「いや、次のにしようと思ったんだ。モン・サン・ミッシェルには行っておきたいから。」
「ま、そうだわな。あ、おれ関谷崇(せきやたかし)って言うんだ。きみも見たとこ同い年位だけど、いくつ?」
「おれは北郷奏太(きたざとかなた)。二十一歳。」
「そうか。大学生?おれ大学二年の十九歳。ただいまバックパッカー中。ヨーロッパに行きたくてさ、イギリスからフランスに来たんだ。この後はアムステルダムに行く予定。だってさ、オランダってドラッグが合法なんだぜ?大麻ならタバコより体に害はないらしいしな。イギリスではカムデンに行ったんだけど、あそこも取締りが厳しくて試せずじまい。」
「おれはもう社会人だよ。おいおいドラッグとか止めとけよ、オランダでも大々的にいいってわけじゃないんだからな。それより今のフランスを楽しめよ。きみはフランスに来てどのくらい?」
「うんと、今日で一週間目かな。ずっとパリにいて美術館や教会巡りをしてた。おれは遺跡とかに興味があるから、ロワールの大きな城とかにも行きたいと思ってるんだ。」
 意外にも関谷崇はぼくと同じように遺跡や建造物に興味があるようだ。ドラッグの話では少々危ない奴かと思ったが、だんだん親近感がわいてきた。
「じゃあヴェルサイユにはもう行った?おれ、あそこ行ってみたいんだ。」
「いや、まだなんだよそれが。なあ、一緒に行かない?結構フランスって心細くてな。おれのフランス語あんま通じないし。」
「おれまったく喋れないぞ。いても役に立たないよ。」
「まじで?じゃあいいや。なんてな。旅は道連れって言うし行こうぜ。久々に日本語しゃべれて嬉しいし。金が無いから国際電話するのももったいないし、ずっと日本語で話してなかったんだ。」
「おれも。」
 もっとも、ぼくには話す相手も話したい相手もいないのだが、話していないのには変わりはない。関谷崇がヴェルサイユ宮殿について何かトリビアらしき事を話していたが、その隙にちらりと目を向けた窓の外では市外から郊外に出ていた。
 ぼくは朝が早かったせいか、バスの揺れのせいかどんどん眠くなってきていた。関谷崇はぼくが応答しないので後ろを振り返って話したそうにしていた。
「奏太、今日何時に起きたの?すげえ眠たそう。目がしぱしぱしてるんだけど。」
 彼が思ったまま言ってくれたので、遠慮なく言える。
「おれ、実は昨日初めてホステルに泊まって、ろくに眠れなかったんだ。夜御飯買う前に店は閉まってるし、シャワー室は汚いし、いかつい男はたくさんいるし、ベットは変なにおいするし、心休まんなかったよ、おれ。」
 関谷崇は興味深そうに目を大きくさせる。小学生がいたずらをする前のような表情だ。
「おれも始めは慣れなかったけどな、金の無い今では背に腹は変えられないかな。安けりゃリスクも伴う。すべて自己責任。おれは日本を出てそう実感したよ。外国人なんて、自分が良けりゃいいんだから誰も助けてくれないんだ。それでも良ければホステルかな。あ、でもオーストラリア人にはよく助けてもらったかな。お国柄かもしんないけど、オージーはすごい友好的でポジティブシンキングで一緒にいて楽しかったな。」
「へえ、何を助けてもらったの?」
「いや、大した事じゃないんだけど・・・。えっと、酔っ払いに絡まれたとき庇ってくれたとか。」
「色んなネタ持ってそうだな。いいなぁ。おれもそんな風に世界各国放浪したいや。」
「奏太はサバイバルって感じじゃないな。だって代官山とか恵比寿にいそうな雰囲気じゃん。なんか気品があるっていうの?バックパッカーなんてやったら、野垂れ死にしそう。」
「それ、酷いな。おれそんなお高く気取ってるつもりないし。」
 関谷崇はきひひと笑った。
「そこは褒めてるんだけど。それより、モン・サン・ミッシェルではちゃんとホテル予約してあるんだろ?おれもそこ泊まれないかな?」
「うん。予約してあるよ。地球の歩き方に載ってたんだ。見る?」
 そのガイドブックをバッグのポケットから取り出し、彼の座席に身を乗り出しながら説明する。
「島の中じゃなくて対岸にあるホテルなんだ。てか載ってるのが少ししかなくて一番安いのを選んだだけ。おれもどんなんか知らない。」
 彼は良さそうじゃん、と言うとガイドブックをめくり始めた。
「奏太、これ少し借りていい?おれも欲しいなこれ。でも荷物になりそう。すげー重いし。」
 僕はそのガイドブックを渡し、少し眠りについた。関谷崇は黙々と見ていて、時々ページをめくるパラリという音が聞こえた。時にはチャポンという水を飲む音や鼻歌も聞こえた。サビになると抑えきれないのか、英語で口ずさみもしていた。もしかしたらi-podでも聴いていたのかもしれない。そんな事を考えながら、今度は安心して眠りに落ちていった。


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