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作品名:ふくろうの神様 作者:勝野 森

最終回   1

 夕依ちゃんへ

ふくろうの神はとても格の高い神様です。
アイヌの人たちの神様はね、身の丈千メートルの山を跨ぐ巨人にもなれば人間と同じ大きさにも、さらに砂粒ほどの小ささにもなれるわけ。おまけにどんな姿にでも変われるのです。でも大抵は神の国にいるときは人間と同じ姿をしており、人間界に降りてくるときだけはそれぞれの動物の姿に変えてくるのが普通でした。
だからふくろうの神さまもちょいと人間界へ行ってみようとか思って、それで鳥のふくろうの姿になると、
「シロカニペ ランラン ピシカン、コンカニペ ランラン ピシカン」とのんびり謡いながら風に乗ってゆっくりと静かに音もなくエゾマツの森からコタンを目指して降りてきました。
神様はコタンの上を何度も回りながら地上の人々を見つめて、さてもこの前来た時とどう変わったろうか思ったのです。何ともそこには、かつて金持ちだった人が貧乏になり、貧乏だった人は金持ちになっていました。
 夕依ちゃんさあ、北海道のふくろうはね、羽を広げると二メートルもあるんだ。大きいでしょう。このふくろうの神はもっと大きかったのかもしれないな。だってこの神様がコタンの上を飛ぶと下はお日様に雲がかかったようにうす暗くなってしまうんです。
 村人は空のおかしなことに気がついてみんな口を開けたまま見上げていました。そして子供たちが誘われてしまうのではないかと大人たちは恐れてみな家の中に入ったけれど、中には勇敢な子達もいてオモチャの弓で大空いっぱいに羽根を広げる雲のような神様に向って矢を射たのです。ふくろうの神は子供が大好きだから面白がって、あれっという間に小さく変身するとわざと貧乏で賢そうな子の矢に当たって死んだふりをしてあげました。その子供は飛び跳ねるようにとっても喜んでこれを拾うと晩御飯に食べようと思って家に持って行こうとしたのです。きっとおっとうもおっかあも、おめえこそ村っこ一番の弓の名人だべ、とか云ってほめてくれるかなあなんて思ったのだけど、ところが子供の両親はそれを見るなり、
「こりゃ何んぼのことをしでかしたか、神様を殺すなどとんでもない罰当たりだべさ。ほんに莫迦たれが」と怒ってこれを取り上げてしまいました。
 そして父親は祟りを恐れ、ふくろうのむくろを隣の昔金持ちで今貧乏な家にそっと置いて逃げてきました。その子の親は、あの人たちは昔えばっていたから、いま神様に祟られても仕方ないと勝手に思ったのです。
 やがて日も落ちた頃、神様はふと目覚ましました。
「やあ、よく寝たワイ。あれま、なあんだあの子はわしを喰わなかったんか、しょうもない。まあいいか、どっこいしょ。少し飛ぶべか」パタパタ、
と、まあ、ついで興味をもって飛び立つと、昔金持ちで今貧乏になった人のうらぶれた家の小さな東の窓辺に止まって中を覗いてみました。その中にはうちしおれた老夫婦が囲炉裏の前に座っていたのです。
夫婦はふくろうが窓から覗いていることに気が付くと、その場にあわてて平れ伏しました。
「ああ、こんな立派な神様がこのように汚い我が家においでくださった。もったいない、もったいない」と何度もお辞儀をして怖がっていました。
 ふくろうの神は大きな目を瞬きもせずに老夫婦みつめていたら、貧しいおじいさんおばあさんは、
「これはきっと神様は腹っこすいてなさるに違いなかべか」何かお供えしなければと思ったのです。
でも貧しいから何もありません。それで晩御飯に残してあったわずかな稗を差し出して、
「神様、まことに申し訳ありませぬ。我が家の食べ物はこれが最後であるますれば、明日はきっと立派なイナウを作ってあなた様をお送りしますだで、今日はどうかこれで堪忍してくださいまし」って言いました。
 ふくろうの神はそれを聞いて、首をコックリしてうなずいたのです。それで老夫婦は安心して寝ました。
 さて夜も遅くになってからのことです。
 ふくろうの神は、ふと何か思いついたらしくて、大きな目をぱちくりさせました。
 神様は、首をぐるりと一回転させて回りに誰も起きていないことを確かめると、ムッとヘソに力を集めて踏ん張ると体中の羽に空気を入れました。身体はそれで倍ほども膨らみ嘴も隠れるくらいになったんです。それは腕を横で丸くした達磨のような格好でした。次いでゆっくりと嘴をピーピーさせながら身体の空気を抜くように羽ばたくと、不思議なことに羽の間から金銀がパラパラと落ちてきて床に山積みになっていきます。この沢山の宝の山を見ながらふくろうの神はこっくりうなずき、また頭を三百六十度回転させて辺りを確かめたのち、今度は、彼は窓から飛び立って、うらぶれた家の屋根の上をひと回り、おならをプップッと噴出したなら、するとそれも不思議なことにたちまち立派な屋敷になってしまいました。
 あとは家の前の大きなアオダモの木の枝に、岩をもつかみ砕くほど頑丈な足で止まると朝が来るのを待っていました。それはぴくりとも動かず瞬き一つせずまるでアオダモの木の瘤になったようにみえました。
 ふくろうの神様はね、もし老夫婦が昔の金持ちに戻ってまたえばるようであれば、再び羽ばたいて一瞬のうちに元の貧乏人に戻してしまおうと考えていたのです。
 ところが朝になって目がさめて宝の山に立派な屋敷が目の前に現れて夫婦は驚いのだけれど、そのあと二人は神様の思ったこととは別の行動をとりはじめました。
 おじいさんとおばあさんは近所の子供たちに頼んで村人全員を立派な家に招待したのです。そしてみんなに沢山のご馳走とお酒をふるまってあげました。
「まあ、なんて旨そうな。さあ、宴会だべさ」村人も喜んで踊りだしました。
 それは三日も続いたのです。
 そしてみんなの前でおじいさんは言いました。
「これはふくろうの大神様がやって来て、わしらを哀れんでお恵みくださったおかげでござりまする。わしは貧乏になってはじめて情けを知り申した。もう二度と皆様の前で奢った振舞いは致しませぬで。だから皆の衆もこれからは共に仲良くやって行きますべえ」
 みんなは誰もがそのとおりだと思ったのです。
 それで、これからはもっと神様を敬いお供えやイナウを絶やさないようにしようとみんなで相談しました。それを聞いてふくろうの神はこっくりうなずくとゆっくり羽ばたき、
「シロカニペ ランラン ピシカン」パタパタ「コンカニペ ランラン ピシカン」パタパタと楽しそうに謡いながらまたエゾマツの森へ帰って行きました。
 それから、コタンの社にはお供えとイナウが絶えることは無かったんですね。それでふくろうの神様もこれからは村人たちをもっと護ってあげようと思ったのです。
 おかげでコタンはいつまでも平和でした。


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