フキの下の神様
文 勝野 森
絵 金兵夕依
大好きな千佳ちゃんと夕依ちゃんへ
むかし、といっても、とってもむかしのこと、そうですね、人間(にんげん)が石(いし)のほうちょうと土(つち)を焼(や)いたナベを使(つか)っていた時代(じだい)の話(はなし)です。 このころ北海道(ほっかいどう)にはアイヌの人々(ひとびと)も本州(ほんしゅう)のほうからやって来(き)て、ここへすむようになったのです。でもその前(まえ)には、のちにアイヌびとが「フキの下にすむ神様(かみさま)」これをアイヌ語(ご)でコロポックルといいますが、とても小(ちい)さな人々(ひとびと)が住(す)んでいました。彼(かれ)らは地面(じめん)に穴(あな)を掘(ほ)りそこに柱(はしら)を差(さ)し込(こ)み組(く)んで三角形(さんかっけい)の骨組(ほねぐ)みとして建(た)てると、次(つぎ)に垂木(たるき)や算木(さんぎ)(これらは柱(はしら)と柱(はしら)に並(なら)べて屋根(やね)などを作るために使います)などを立(た)てて縄(なわ)でしばり、その上(うえ)にフキの葉(は)でおおい屋根(やね)と壁(かべ)をひとつにした家(いえ)を作(つく)りました。これをむずかしい言葉(ことば)で言(い)いますと、竪穴式(たてあなしき)住居(じゅうきょ)となり、もっと夕依ちゃんが大(おお)きくなるときっと「社会(しゃかい)」で勉強(べんきょう)しますよ。 (さて、ここから夕依ちゃんの番(ばん)です。この横(よこ)のあいているところにコロッポクルの家(いえ)を描(か)いてみてください。夕依ちゃんの考(かんが)えたままでいいです)
さて、このような家(いえ)に住(す)むコロポックルはとてもおく病(びょう)でやさしい人々(ひとびと)でした。しかし身体(からだ)が小さい分(ぶん)、とても素早(すばや)く動(うご)きまわり、それがあまりにも早(はや)くて、あとからこの北海道(ほっかいどう)へ来(き)たアイヌの人々(ひとびと)は誰(だれ)もその姿(すがた)を見(み)ることは出来(でき)なかったのです。 またコロッポクルはとても親切(しんせつ)な人々(ひとびと)でしたから、この土地(とち)へ来(き)て間(ま)もない、なれていないアイヌびとへ、かれらはきっとこまっていると思(おも)って真夜中(まよなか)にその家(いえ)の前(まえ)や戸口(とぐち)を少(すこ)し開(あ)けて、こっそり気付(きづ)かれないように食(た)べ物(もの)を置(お)いていくのでした。これにはアイヌの人々(ひとびと)も大変(たいへん)よろこび、かんしゃしました。 (こんどはコロッポックルやアイヌのひとを夕依ちゃんの想像(そうぞう)で描(か)いてみてください)
こうして最初(さいしょ)は、アイヌの人々もコロポックルもなかよく、うまく、ともにくらしていました。しかしアイヌのひとも狩(かり)をして動物(どうぶつ)をとることなど漁(りょう)をして魚(さかな)をつることなどをだんだんおぼえると、どうもあいかわらず姿(すがた)をみせないコロポックルに、なにやら気(き)になりだし、なかにはどうしても姿を見たいと思(おも)う不心得者(ふこころえもの)が出(で)てきたのです。もうじぶんたちで食料(しょくりょう)をとれるから、コロポックルなどに親切(しんせつ)にしてもらわなくてもいいや、なんておもったのでしょうか。 こうしてアイヌの人々は狩をして山奥(やまおく)へいくと、どこかにコロポックルの家がないかさがしてみました。しかし背(せ)の高(たか)さが九十センチくらいのコロポックルの、家は住(す)むひとと同(おな)じく、まことに小さくて、また二メートルもあるラワンブキのたくさんなっている林(はやし)のような場所(ばしょ)のどこかにありましたから、これを見つけることは無理(むり)でした。 (こんどはフキの葉の下にかくれて見ているコロポックルとそれをさがしているアイヌびとを描いてください)
アイヌびとがじぶんで食料をとれるようになっても、山の動物や木(こ)の実(み)が少ない年(とし)、魚が川(かわ)や海(うみ)にあまりいない年などにはやっぱりコロポックルはこっそりアイヌのひとの家に行って食料(しょくりょう)を戸口(とぐち)から入れておいていってくれました。 こうしてこっそり親切(しんせつ)をすることがコロポックルの楽(たの)しみでもあり、逆(ぎゃく)に大(おお)きな人間(にんげん)をおそれる気持(きも)ちでもありました。それなのに、アイヌびとはどうしてもコロポックルを見てみたかったのです。それはお礼(れい)をいうためではなく、見えないものを見たいという興味(きょうみ)があるだけでした。 このころになるとアイヌの人々もふえて、あちこちにたくさん住むようになりました。だから、からだも大きく、数(かず)も勝(まさ)れば、人(ひと)にはおごりもうまれるのです。 まだ時間(じかん)がゆっくりと流(なが)れている時代(じだい)でした。 十勝(とかち)地方(ちほう)に山のそばで狩をしてくらす親子(おやこ)がおりまして、父親(ちちおや)はもう老(お)いてしまい、今では鹿(しか)や熊(くま)をとることはできませんでしたが、息子(むすこ)は立派(りっぱ)な若者(わかもの)になり、父(ちち)からおそわった狩(かり)のしかたをちゃんと学(まな)んで、もういちにんまえの狩人(かりうど)です。そんな息子でも、さほど力(ちから)のいらない、うさぎのワナをしかける方法(ほうほう)だけはまだ父親(ちちおや)に勝(か)てませんでした。 うさぎにはいつも同(おな)じ道(みち)を走(はし)って歩(ある)くという、この長年(ながねん)通(とお)る道(みち)が一番(いちばん)安全(あんぜん)だと思っているのでしょうか、そうした習性(しゅうせい)(生まれつきのやりかた)があります。ですから、父親は長(なが)い間(あいだ)、山を歩いているうちに、うさぎがどこをどう通るのか、みんなわかっていたんですね。ところで、うさぎのワナなんですが、そのきまった通り道に強(つよ)くて細(ほそ)いツルで輪(わ)を作り、そばのじょうぶな木にむすびつけておきます。うさぎは知らずにいつもどおりの同じ道を歩いてくると、しぜんにツルの輪(わ)に頭(あたま)が入ってしまい、そのまま動(うご)くと首(くび)がしまってぬけなくなるのでした。こうして翌日(よくじつ)、ワナを見に行くと、うさぎが首にからみついたツルで動けませんから、かんたんにつかまえられるというわけなのですね。 (ここではワナにつかまったうさぎを描いてください)
このようなワナをたくさんしかけたよく朝(あさ)のことです。おじいさんは息子(むすこ)をつれて山へ行きました。 「さて、今日(きょう)はどれだけうさぎがひっかかっているのかのう、たのしみじゃ」といって息子にほほえみました。 山といっても家(いえ)のうらをさほど行(ゆ)かないところですので、一時間(いちじかん)もしないうちにふたりはワナのところにつきました。ところがどうでしょう。 「あれれ、ワナがはずされて、だれかがうさぎをもっていったぞ」おじいさんは不思議(ふしぎ)そうに息子(むすこ)をみました。 しかたないので、つぎのワナをしかけたところへ行ったのですが、やはりここも誰(だれ)かがワナをはずしてうさぎをもっていっています。 「なんだこりゃあ」おじいさんはだんだんはらがたってきました。 やっぱりつぎのワナも同じで、なんと十個(じゅっこ)しかけたワナのうさぎは全部(ぜんぶ)だれかに、先(さき)にとられてしまっていたのです。どういうことかと、おじいさんも息子もがっかりしていると、なにやら、風(かぜ)もないのに、ざわざわと風の小枝(こえだ)を走(はし)るような音(おと)がします。 その音を聞(き)くとおじいさんはとつぜん立(た)ち上(あが)がり、わっはっはっと笑(わら)い出(だ)したのです。息子(むすこ)はおかしな親(おや)を見(み)てふしぎそうにたずねました。 「父(とう)ちゃん、うさぎがいなくて頭(あたま)がいかれたんかの?」 「はっはっは、そうではないのだ。あの風音(かざおと)はコロポックルの笑(わら)い声(ごえ)で、これはコロポックルのしたことだよ。前にもたきぎをとりに山さ来て、ひとつところに小枝(こえだ)をあつめて、つぎもさがしに行ってかえってきたら、たきぎの山がいつのまにかなくなっておった。ふしぎに思って家さかえったら、戸のまえにたきぎが山となってつまれておったがな。ああそれで、これはコロポックルのいたずらか、と思ったのさ。だからこんども家さかえれば、きっと戸のところにうさぎがおいてあるべ。いまどこかでコロポックルはわしらのこまった顔(かお)をみて笑(わら)っておるがな」 なるほど、ふたりが家にかえると、戸のところにうさぎが九羽(きゅうわ)(うさぎのばあいは一匹(いっぴき)二匹(にひき)と数(かぞ)えず、鳥(とり)のように一羽(いちわ)二羽(にわ)と数えます)山につまれてありました。これはおじいさんのいうようないたずらではなく、コロポックルはかってにおじいさんのおてつだいしていたのです。だからおだちんにうさぎを一羽もっていきました。まえのたきぎのときも少し小枝(こえだ)をもらっていったのです。 (こんどはおじいさんと息子のこまったかおを描いてください)
そんなことがあって、一年もすぎたころ、おじいさんはびょうきで亡(な)くなりました。その死(し)ぬまえに、おじいさんは息子(むすこ)にいいました。 「どんなことがあってもコロポックルをいじめてはなんねえぞ。あれらをこまらせれば、おのれもこまることになるでなあ、そうっとしておくことがだいじなんじゃあ、わかったか」 わかりません、とそのとき息子(むすこ)は口にはださず、ハラの中で思いました。息子はまだ若(わか)くて好奇心(こうきしん)(変わったものが見たいきもち)がいっぱいあったのです。 それからいく日(にち)もたたぬころ、息子(むすこ)はどうしてもコロポックルが見てみたくて、それにはどんな方法(ほうほう)があるのか、あれこれ考(かんが)えてみました。ただてきとうに山をさがしていてもかれらのほうがすばやいので、さきにこちらを見つけては、いつもこっちが見つけるまえに消(き)えてしまうのです。かれらは、はるかなむかしから山にすんでいて、アイヌびとよりもよくよく山の中を知(し)っていて、しかも耳(みみ)もオオカミのようにどんな小さな音(おと)も聞(き)こえ、鼻(はな)はシカのように遠(とお)くのにおいをかぎつけ、目(め)はワシのように遠くを見わたせるのでした。これではやみくもに歩いても見つかるわけがありません。そこでわかものは考えました。三日(みっか)も、ごはんも食べないで考えたのです。そしてひらめいた。 よくじつ、わかものは川の目立(めだ)つ瀬(せ)(川のふち)に行くと、ヤス(およいでいる魚をさしてとるヤリのようなもの)でアメマスをとろうとしました。しかしわかものがなんどやっても魚(さかな)はとれません。ついに朝(あさ)からはじめて昼(ひる)もすぎました。わかものはなんども、 「なんで魚がとれんのじゃあ、どうしてじゃあ」とだれかに聞(き)こえるような大(おお)きな叫(さけ)び声(ごえ)を出(だ)しながらやけくそになって川(かわ)を走(はし)りまわり、ついに疲(つか)れてしまって、もうどうしようもなくて、しょんぼりしながら家にかえると、ごはんも食べずに、ねてしまいました。 やがてまっくらな夜になると、わかものは音をたてずにふとんからはい出して、ふとんの中にはワラを入れてじぶんがねているように見(み)せると、そうっと、少しだけ開(あ)けてある戸(と)のところへしのびより、かべにへばりついて息(いき)をひそめてまっていました。 やがて真夜中(まよなか)になったころ、わかものの目(め)の前(まえ)に、戸(と)のすき間(ま)から音(おと)もなく、大(おお)きなアメマスがぶらんとあらわれ、それは細(ほそ)い小(ちい)さな手(て)がにぎっていて、いれずみの入った美(うつく)しい手首(てくび)までが、かれの目にもはっきり見えました。わかものは、いまだっ、とばかりにその小さな手首(てくび)をつかまえると、家の中へひっぱったのです。 なんとあらわれたのは、とても小(ちい)さな美(うつく)しい女(おんな)のひとでした。かのじょは赤(あか)や緑(みどり)の色(いろ)あざやかなもようの筒袖(つつそで)(いまの洋服(ようふく)みたいな)のきものに、も(いまのスカート)をはき、髪(かみ)は長(なが)くて上(うえ)にかんざしで丸(まる)めて止(と)め、耳(みみ)と首(くび)には大きな宝石(ほうせき)のかざりを着(つ)けて、顔(かお)にもいれずみがあり、ぜんしんが光(ひかり)かがやくようにうつくしかったのです。その女のひとは、つかまったことにおどろき、わかものにはわからない言葉(ことば)でさけんでいました。おそらく、わかものがらんぼうしたことにおこってもんくをいったのでしょう。そんなことなど、いにかいさず、わかものはつかんだ手をはなしませんでした。すると、とうとう女のひとは泣(な)きさけんだのです。わかものはこれにはちょっとこまってしまいました。 かれは、これはどうしたものかと考えているときに、なにやら家のそとのほうでおおぜいの足音(あしおと)が聞(き)こえてきました。それでわかものはなんとはなしに、そとを見たのです。するとそこには百人(ひゃくにん)ほどのコロポックルがわかものの家をとりかこみ、なにかをいっています。おそらく、むすめをかえせとさけんでいるのでしょう。わかものがびっくりしてポカンとしていると、おおぜいのコロポックルたちは手(て)にもっていた小石(こいし)をなげつけてきました。わかものの家(いえ)のかべややねにそれらがあたると、ざあっと音がして、とつぜん雨(あめ)がふってきたようにおもわれました。これにはさすがのわかものもおそろしくなって、いくら小さくともあいてが百人(ひゃくにん)もいればだれもひとりでは勝(か)てませんから、かれはあとずさりをすると足(あし)をなにかにひっかけてぺたんとしりもちをついてしまいました。このとき、コロポックルの女のひとのにぎっていた手もはなしてしまいました。すると女のひとは信(しん)じられないようなはやさで、なかまのもとへにげかえったのです。 わかものがよろよろとおきて、そとを見ると、もう、ひとりの老(お)いたコロポックルがいるだけで、あとの人々はきえたようにいなくなっていました。その老いたコロポックルは、わかものにきびしい目でふしぎなことばを、おそらく呪文(じゅもん)(のろいのことば)でしょうが、ひとこといったあと、かれがまばたきしている間にきえるようにいなくなりました。そして、のこされているのは、わかものの足もとにある大きなアメマスだけだったのです。 (わかものとつかまったコロポックルのむすめの絵を描いてください)
こんなことがあってから、村(むら)の家のどこにも、こっそり食べ物をもってきてくれるなどということは、もうありませんでした。また山でコロポックルの笑い声を聞くこともなくなりました。そのご、どんなに村に食料(しょくりょう)がなくなっても、山には木(こ)の実(み)もならず、シカもおらず、川には魚がいなくなっても、だれもこっそりもってきて、たすけてくれるひとはいなくなったのです。それはいまもやっぱりおなじで、コロポックルは、にどと私(わたし)たちのまえには、その小(ちい)さくて美(うつく)しい姿(すがた)をあらわしてはくれませんでした。
あとがき
世界中(せかいじゅう)にはいろんな顔(かお)のひと、色(いろ)の黒(くろ)いひと、白(しろ)いひと、背(せ)の高(たか)いひと、ひくいひと、目(め)や鼻(はな)が大きいひと、逆(ぎゃく)に小さいひとがいますよね。それに言葉(ことば)もちがうし、食べる物だってちがう。こうしたことを文化(ぶんか)のちがい、といいます。 コロポックルとアイヌのひとたちは、まさに文化のちがいで、アイヌのひとはコロポックルをいじめてしまいましたが、こういうことって、夕依ちゃんの学校(がっこう)でもあるかもしれない。たとえば友だちどうしのいじめとか、あるいはひとのものなのにだまって使(つか)ってしまったとか、でもこれはいけないことですよね。おとなの世界(せかい)では、このことで戦争(せんそう)になることもあるのです。 だから文化(ぶんか)のちがいこそ、おたがいに大切(たいせつ)にし、つねに文化のちがう相手(あいて)をうやまい、けしてバカにしてはいけません。この童話(どうわ)はアイヌ民族(みんぞく)が昔(むかし)から言(い)い伝(つた)えてきた話しを、私が少しわかりやすくおもしろく書きなおしました。アイヌのひとたちは、いまでもコロポックルを追(お)い出(だ)したことに反省(はんせい)しています。なぜなら、かれらもまたあとから北海道に来た和人(わじん)(私たちの先祖(せんぞ))にいじめられ、追い出されそうになったからです。 ということを、この童話(どうわ)はこっそりおしえてくれています。あとは、夕依ちゃんがたのしんで読(よ)んでくれて、絵もかいてくれたら、私はとってもうれしいです。それから、絵(え)も描(か)きおわったら、千佳ちゃんにも見せてあげてね。これでふたりが作(つく)った絵本(えほん)は完(かん)成(せい)しましたから
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