宮殿の玄関前で、突然起こったハプニング サラからの電話がなければ、ドライバーはまっすぐに変更されたレストランへ向かっていたことだろう・・・。 まだそこに心拍数をかなり超えたフランツの姿があった。まるでベンと対峙しているかのようだった。 「・・・・・・・」フランツをじっと見つめるベンの視線は、彼がポケットの中で必死に握っている何かに注目した。 『フランツは信用の置ける男だ・・・。なにか理由があるに違いない・・。あの時、サラがあの大男パブロを信用したように、ここでは彼をとがめることはしないでおこう・・。仲間・・・いや同僚が見ている。』 「ではアンドレ王、空港に行きましょう。」ベンは体を翻してそういった。 「ベン、ありがとう」アンドレ王はドアが開かれた後部座席に乗り込むと、ベンは車の後方を回り、そこにいたフランツの肩に手をやると、アンドレ王と同じ車の助手席にその体をうずめた。 それと同時に警察車両に先導され、2台の黒塗りの車両は、宮殿を後にした。
助手席ではベンがシートベルトもせずに、胸元から携帯電話を取り出し電話をかけた。 「私だ。フランツの身体検査をしろ。見慣れない代物が出てきたら報告せよ。」 そういって電話を切ると、再びどこかに電話をかけだした。アンドレは後部座席でその様子に耳を傾け心配そうな視線を送っていた。 「失礼・・本日そちらでイタリア領事館からレストランの予約をしているものですが・・・」 静かな沈黙が流れた。そしてそのまま静かに電話を切った・・・・。 「ちょうどいいタイミングでサラが来てくれたもんだ・・・」 「ベン?」 「今、空港でのセキュリティをチェックさせています。それと今夜の大使との会食はやはりレオナードイタリーレストランだそうです。一名参加人員を増やしておきましょう。サラもいっしょに・・食事を楽しんでください。」そういうとアンドレは、嬉しそうに微笑んだ。 フォイオン国際空港に舞い降りた旅客機が、そこに乗せた観光客を一気に解放すると、あちらこちらで久しぶりの再会を果たした家族の姿が見えた。ホウィはそのほほえましい様子を見てにこやかな笑顔を見せたが、先を歩いていくサラには全く無縁のものとでも言うように、彼女の眼中にその光景が映ることはなかった。 イギリスで生まれてすぐ、親に捨てられ孤児院で育った彼女には、そこで喜びの再会をしている家族の心中など知る由もなかった。そんなことより気になることがある。 なぜ、こんなにも警官の姿が多いのか?? 壁にもたれているあの男・・・背広の一番ボタンが外れている・・。拳銃を空港内で携行できるのは彼らしかいない・・・。やはり、あのリポートのように、この国の要人を人質にとって、石っころ(3X)を奪い取ろうとする悪党がこの近くにいるかもしれない・・・。 サラとホウィ、そしておばさんが辺りを見回していると、不意に厳しい表情をした警察官の何人かがサラの背後に回った。 『警察官??いや・・それは断定できない・・・。』 その場から慌てて歩き出したサラに、ホウィも怪訝そうにその後ろを歩いていった。すると、別の男たちが動き出す・・・。 「・・・こいつら・・・」その緊張したサラの表情から、なにか異変を感じ取ったホウィも、あたりを警戒しだした。 サラはわざと荷物を床に落として、それを拾い集めだした。ホウィも長年のカンからか、その場のサラを無視して、より前方へそのまま足を運んでいった。 『一緒に捕まることはない・・・二手に分かれたほうがいい・・・』
やっと荷物を拾い集めたサラは、ゆっくり立ち上がるとホウィの向かった方向とは別方向へと歩き出した。 そこでおもわず彼女の足が止まった・・・・。ベンがひとり彼女に行く先を解っているかのように立ちふさいでいたのだ。 「よく来てくれた」先ほどの男達がベンのそばに立っていた。 「私をボディガードするなんて話、聞いてないわよ。ベン」 突如、空港ロビーに大声がとどろく・・。あのおばさんの声だ。 「サラ!こっちよ!!ほらほらダンナが送ってくれるって!!」 その大声に恥ずかしそうに身をすくめた。 気がつくと、彼女の周辺には物々しい私服警官が取り巻いていた。なぜ、こんなにも私を警戒しているのかわからない・・・。 「サラ!!」その声の持ち主は突如として彼女の目の前に現れた。背の高い男は黒のタキシード姿に長めの金髪をなびかせて、手に花をもって歩いてくる。今まで見たこともないような、まるで映画に出てくるハンサムな俳優のようだ・・・。厳重な警備の中、その男はサラの前まで来るとひざまずき、サラの右手にそうっと触れ、まるで映画のような美しいキスをしてみせた。 「あなたは・・・」 遠くでおばさんがまた大声で騒ぎ出した。慌ててホウィも駆けつけ戻ってくる。 「きゃーーー!!!!思い出したわ!!アンドレ王!!あなた!あの人がアンドレ王よ!!まさか空港でばったり会うなんて!!かっこいいーわーーー!!」 そう叫んだ瞬間、私服警察官になだめられ、ここから去るように言われている様子が見えた。
サラはただ呆然とその場に立ち尽くしていた。 「アンドレ・・王?」ネットで見たひげづら国王と違うじゃないか・・・。 「クビを長くして、あなたが来るのを待っていました。私はアンドレ・ウィルヘルム・スタインベック5世。この国の王です。ようこそ、私の国へ・・・My fiancee」 「My・・・」彼はそういうと、サラの体をそうっと抱きしめた。 背の高いその男の胸元にいるサラは、唖然としたまま、右手に持った荷物をまたフロアーに落としてしまった。
サラは空港の更衣室に案内され、そこで着替えるように指示された。いやいやながらカーテンを閉め、中で用意された箱をあけると、そこにはサラの好みの色である深緑のドレスが入っていた。 「どういうこと?ベン」更衣室の壁にもたれていたベンに声をかけた。 「君はこのMissionに参加した。ということは私の指揮下に入ったということだ。部下をどのように使うかはわたし次第ということだ。わかるな?」 「一国の王の婚約者役だなんて、私には無理だ。」 「普通の生活がしたいって言ってたじゃないか。一石二鳥だと思ったんだが違うか?」 「傭兵生活から普通の生活をしたかっただけ」 ベンの隣に突っ立っていたホウィが口を開く。 「まあ、確かに傭兵生活から、王様生活なんてちょっといきなりなんじゃない?ベン?」 「・・・・お前が来るなんて話、聞いてなかったぞ。ホウィ」 「いやその・・・」
ホウィは一時期、カステルノダリにある外人部隊で事務方として雇われていた。探偵業を開業したが、女性問題でトラブルを起こし、あわてて雇用してもらった・・いや逃げてきたといったほうが正解に近い。 「まあいい。王の宮殿内で情報収集も必要だということもわかった。」 「この俺も王の宮殿に住めるの?マジ?やったねー!サラー頑張ってちょうだいねー!」 「他人事だと思って・・・」カーテンの向こうでふてくされるサラだった。
「実は、宮内庁の幹部が何者かに脅迫され、今夜の夕食会の行き先を変更させやがった。多分、そのルート上でアンドレ王を襲撃し、例の鉱石を奪うか契約を結ぶか、そんな計画だったのだろう」 「今夜の夕食会?」 「だいたいの目星は付いている。王室から変更されたホテルラッジーナまでのルート上で、やつらが襲うとなると・・・場所的に見て好都合なのは中央映画館の前あたり・・・」 「そこへアンドレ王を連れて行くつもり?」 「まさか・・・君が夕食会について王を守ってくれ。俺たちはやつらに一芝居うつさ」 カーテンがガラッと開き、ドレスを着たサラが出てきた。その姿にホウィが口笛を鳴らす。 「マシューとジョルジュも元傭兵よ。しかもあなたは右足を負傷してる。だから私がそっちに・・・」 「まだまだ、老いぼれているわけじゃないんだ。任せておけ」 更衣室のドアがノックされベンが扉を開くと、3人の女性がいそいそと鞄を片手に入ってきた。 「プリンセス、ではわたくしが髪を・・・」 「お化粧はわたくしが担当いたします」 「この汚い服は洗濯しておきますね」
「プリンセス?・・汚い服?ちょ・・ちょっと・・・」3人の女性たちはサラを無理やり椅子に座らせると、問答無用で彼女にまとわりつき始めた。 「ハハハ!サラ、知ってるか?サラという名前はヘブライ語でプリンセスなんだそうだ。」 『そんな事知ったこっちゃない・・・。それにこの私の名前も本当だかどうだか・・。』
ホウィはさっそく女性たちの近づくと、かっこつけながらしゃべりだした。 「君、かわいいねー、名前は?俺、これから宮殿に一緒に住むことになったホウィ・ラマルク。仲良くしてね。フランス男は情熱的だよ!」彼女の肩を抱き、顔を近づけるたその瞬間、ベンが彼の背広を引っ張りあげた。 「行くぞ!」 「あらららら!!」そのまま部屋から出ようとしたとき、サラがベンを呼び止めた。 「気をつけて」 「お前もな。宮殿で会おう」
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