南欧の地中海に浮かぶ小さな島国フォイオン 3月初旬にはもうすでに、大勢の観光客が早々と夏の気分に酔いしれている様子が伺えた。 気候も温暖で経済的にも豊かなこの国は、例年この国で長期休暇を楽しもうと大勢の外国人観光客が訪れる。 島の中央付近から北に向けて切だった山々がそびえ、その最高峰から一気に急勾配な坂が下り、そのまま海に突入している。その山の中腹辺りまで伸びている道路のその先には、華やいだフォイオンの首都全般を見下ろすかのように、大きな宮殿がそびえたっていた。
そこへ大きく旋回してきたヘリコプターが、その宮殿の敷地内に舞い降りた。ドアが開き、中からアメリカに渡っていたベンと、その他4人の男たちが、次々と前かがみになって降りてきた。 「アンドレ王は?」ベンは荷物を受け取ろうと、駆け寄った女性のメイドに耳元でそう尋ねた。ヘリから巻き上がってくる強風に、黒いメイド服のスカートを気にしながら、小さい手荷物を受け取ると、長旅で疲れているであろうベンに向かって精一杯の笑みを浮かべてこういった。 「お部屋にてお待ちしています。」その台詞を聞くと同時に、ベンは小さく微笑むと疲れた様子も見せずに、目の前に聳え立つ豪華な宮殿建物に向かっていった。 宮殿の前には、これまた豪勢な噴水が、滴る水を光らせながらベンを迎えた。その向こうから、若いスーツを着込んだ男性が現れた。 「フランツ、異常はなかったか?」 この男は国王の第2秘書および側近だ。ベンがいない間、彼の仕事を一切任されていた。ベンが帰ってきたことを、2番目にうれしく思っているに違いない。 もちろん、第1秘書および側近はこのベンジャミン・ゴードンだ。役職はこれだけでなくボディガードも兼任していた。 「はい、王には何も。・・・しかし入国管理局からの連絡によると、不法入国しようとした者の数がここ1週間で数倍に・・・」 「だろうな。あとでリポートを。」 「はい わかりました。」 ゴージャスな宮殿内の廊下を突き進んで行くベンは、大きな白い扉の前で立ち止まった。3回のノック後、部屋の中へと続く重層な扉を開けた。 「失礼、ベンジャミンです。」 ちょうどその時、メイド達が部屋の片づけを終え、開いたドアからベンとすれ違ように出て行った。 「おかえりなさい・・・」 窓辺にもたれていたその男は、読んでいた本のページにしおりを挟み、机にそうっと本を置いた。肩まで流れるような金髪が、窓から差し込まれる太陽の光に反射してキラキラ輝いていた。年齢は24、5歳くらいだろうか・・。 「どうでしたか?少し滞在期間が短すぎたのでは?せっかくアメリカまで行ったのですから、ゆっくりされてもよかったのに・・・」 「いえ、要件だけ済ませてきました。」 「律儀な方ですね。彼女は僕のところに来てくれますか?」 「まだ具体的な返事はもらっていませんが、彼女は大丈夫です。わたしの勝手な勘ですが・・・。」 その言葉を聞いた彼は少し微笑むと、きれいに片付けられた机にもたれた。きちっとスーツを着こなし、上品なそのしぐさと語り方には、王室育ちのオーラを醸し出していた。 背の高いこの男こそ、若くしてこのフォイオンの国王になったアンドレ・ウィルヘルム・スタインベック国王だ。 「彼女の素性を聞いて、僕はすっかり気に入ってしまいました。ベンの勘が当たっていることを期待します。」 そう言うと机の上に飾ってあったサラの写真を手にとった。迷彩服を着て顔には塗料を塗ったフランス外人部隊在隊当時の彼女の写真・・・・。 こんな写真しかなかったのかといいたくなるほど、周りのこの宮殿の雰囲気とはマッチしない写真だ。 「・・・・・よかったらこれを」ベンはそう言って、アンドレの机の上に携帯電話をおいた。 「これは?」 「彼女からの返事が来るはずの電話です。」 「これが鳴ったら・・・」 「いい返事ということです。」にこやかに笑いその携帯を握り締めるアンドレ王だった。屈託のない笑顔が人の良さを現わしているようだった。 そこへまたドアがノックされた。そばにいたメイドがドアを開けると、さっきの第2秘書フランツが書類を手に持ちながら顔を見せた。 「失礼します。・・ベン、少し話せますか?」ベンはそれを聞いて黙って王に挨拶すると、二人して部屋から出て行った。
二人は廊下に出ると、周りを警戒して、壁を背に話をしだした。 「かなりの情報屋がこの国にもぐりこんでいる様です。例のものの情報を知りたがっているのでしょう。これがその詳しいリポートです。」 「早いな・・・。どうだ?フランツ・・・現場のセキュリティは十分だと思うか?」 「いや・・・もう少し人間を増やしたほうがいいとは思います。・・・軍にも危険人物が多いとは聞いていますが・・・この前の件もあるし・・・。明日陸軍大佐に依頼しておいた、ここフォートフォイオン警備強化策についての会議があります。できれば他国の軍人から見ていかがなものか確認してもらいたいのですが。」 フォートフォイオンとは直訳してフォイオン要塞だ。フォイオン国王のいるこの宮殿は、昔は軍事要塞として使われていた。 「他国といっても外人部隊だが・・。わかった。参加しよう。ま・・この敷地内で発見されたから、まだセキュリティ対策はしやすいだろうが・・・」 そういってベンは窓から外を見下ろした。 その視線の向こうには、王室敷地内の裏庭にある、まるで工場現場のような、とても豪華な建造物とは似合わない3X発掘現場だった。
数日後の夜、観光でにぎわうこのフォイオンでは、日が暮れだすと同時に昼間は静かだったバーやパブが一斉に光を放ち始めた。そんな通りでは観光客が通りすぎていく中、数人のスーツを着たビジネスマンの姿もチラホラ見えた。 通りに掲げられたパブの看板 Roseと書かれた看板の下を、若い男女がくぐっていった。 パブ内では、薄着の女性がせっせとビールを運び、所狭しと並んだテーブルの間をすり抜けていくと、彼女はタバコをふかしている男のテーブル横でぴたりと止まった。 「ごめんね、カッコイイお兄さん。この国はどこもかしこも禁煙なんだ」 「おっと、それはすまない・・・」そういってタバコを飲み干したビール瓶の中に投げ捨てた。笑顔で去っていくウェイトレスの代わりに3人の男が近づいてきた。 「ジョルジュ、一発でこの国の人間でないことがわかちまったな」 「マシュー、・・・・ん?その男は?」 「宮内庁の幹部だ。やっと俺たちの味方になってくれるそうだ、そうだな?フランツ・・・」 「わ・・・私は・・」無理やりフランツを椅子に座らせた。 マシューとジョルジュと名乗る男 いかにも悪者らしい顔つきをしていた。どこの国のものとも判別しにくいこの二人は、少々粗雑で荒々しい雰囲気をかもし出していた。 どちらかというと、身だしなみにも気を使わない性格か、ジョルジュのはやした髭は、もう何日かそられていない様子だった。 椅子に無理やり座らされたのは、宮殿で働く第2秘書のフランツだった。ベンの不在間、彼に代わって国王アンドレの1番秘書という大役をやり遂げたところだった。 しかし、今彼はこの不精な男マシューとジョルジュに、なにやら脅されている様子だ。 「私を、如何する気です・・・警察に・・」 「いいのかい?そんなことを言って・・奥さんや子供たちのことを考えろ」そう言われると、黙って何もないテーブルに視線を落とすフランツだった。 「こいつ知ってるのか?3Xのことを?」 「どこにあるのか話せよ。それを知らないんだったら、アンドレ王を拉致する計画がある。それに一役かってくれ。そしたら妻と子供は助けてやる。」 「・・・・・・・」 楽しげなパブの片隅に座っている3人は、周囲の雰囲気とは相容れない、暗いムードだった。
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