そこは見渡す限り、緑の風景が広がっている田舎町だった。 この日も青い空をバックに太陽がサンサンと輝いており、酪農を営むそのだだっ広い大地には、ところどころに木造小屋が見えた。 その建物の壁面には星条旗がペイントされ、いかにもアメリカ青年らしい若い男性がせっせと働いている様子が見えた。
アメリカ合衆国オハイオ州 春の訪れを感じる頃、そののどかな生活風景とはまるで似つかわしくない、黒塗りの車が2台・・・、フリーウェイを走り過ぎていった。 『あそこに見える男のように、彼女は平和に普通の生活を送っているのだろうか・・・。』 助手席に乗っている厳つい男性が、じっとその景色を眺めながら、そんな事を思っていた。
やがてフリーウェイを抜け、森の中の一本道に入っていくその車列の周囲には、道路から奥まったところにひっそりたつ民家がポツポツと見え出した。徐々に車はスピードを落とし、1台は道路から右折してはずれ、林の中の未舗装の道路を通り抜け、その奥にひっそりとたたずむ小さな家の前でその動きを止めた。 もう一台はメイン道路で停まったままアイドリング状態だ・・。 隣の家といえば、そう、このまたはるか彼方に見える。
「ここが?」家の前に停まった車から、先ほどの厳つい男が降りて来た。歳は45歳くらいだろうか・・・・、背が高く筋肉質なその男は、ぐるっと家の周辺を見渡した。突然彼の背広の一番ボタンを空けたままだったのに気づき、それを不器用にかけなおした。 「はい。ベンジャミン様、彼女は半年ほど前から住んでいるようです。」 「行ってみよう」2人の男はその足を家に向かって進めだした。もう1台の車には3人ほどの人影が見えるが、車の中から降りる気配は感じられない。 ベンジャミンことベンは、その家の玄関口にたどり着くと、飾り気のない庭を眺めながらドアのチャイムを鳴らした。しかし一向に誰か出てくる様子がない。
「不在か?」べンがそう言うと、その横に立っていた別の男リックが手帳を見ながらこう言った。 「えっと・・・。調べによると、彼女は月に一度しか外出していないそうで・・・。1日のほとんどを家で過ごしていると聞いています。」 リックもドアを4回ほど叩くが、中からは何の反応も聞こえては来なかった。
「私だ!!ベンジャミン・ゴードンだ!」 玄関から遠く離れた林の中にある監視カメラが2人の男を狙っていた。それを知ってか、ベンはわざと林のほうに顔を向け、そう叫んだ。 不思議そうな顔をするリックだった。しばらくすると、ドアの鍵が外れる音が聞こえてきた。
「ああ、ベン、久しぶり・・・どうしたの?」眠たそうな顔をして、くしゃくしゃの髪を後ろで縛り上げながらドアの向こうから顔を出す女性。どことなくけだるそうだ。 「久しぶりだな、軍曹」彼女の視線がベンの胸元へと移る。武器を携行しているかどうかを確認する、軍人としての悪しき習性だ。 「・・・よしてよ、今はそんな風に呼ばないでくれる?」 「May I?」ベンはそういって家の中に入ってもいいかと手をかざした。 「アンタだけねって言いたいけど・・・そうなりそうにもない感じね。・・・知らない人を家に入れたのは今日が生まれて初めてよ。記念すべき日だわ」 そういって、サラはドアを大きく開けた。中に入るなりリックは満面の笑顔とともに彼女に手を差し出した。ここで初顔合わせなのは自分だと気づいたからだ。 「それは光栄だ。はじめまして、サラ・ブルックナー軍曹、私はリックといいます。」 軽く握手をしたサラは、そうそう林の向こうにもう一台の車が止まっているのを見つけた。 「あの車は?」 「心配ない、護衛の車だ。」ベンがそう答えると、そのままドアを閉めたサラだった。不意に彼女は、突然気づいたかのように慌てて、着ていた男物のシャツとジーンズの身だしなみを確認しだした。しばらく他人と接触してなかったかのようだ。
「あの任務の後、すぐここへ?」そんなサラをまるで気にする様子もなくベンは話かけてきた。 「え・・・ええ、丁度いいタイミングで除隊できたし、しばらくゆっくりしたくてね。ベンはあれからなにを?」 「前にも話したとおりこのボディガードの仕事を見つけたんだ。危険な戦場にいるよりかまだましだ・・・・それにしても、君がこんな家で落ち着いているなんて、ちょっと信じられんよ。」 家の内装を見回すと飾り気のない庭と違って、しゃれたカーテンが窓に取り付けられ、花などが飾ってあった。 「少しは人間らしい生活ができてるでしょ? まあ、座って・・・・コーヒーは?」 「いや、結構だ。早速本題に入りたいんだが」 ベンは勝手にソファに座り込むと、これも勝手にテーブルの上にあった花をどかした。 まるで、他人ではないような行動だ。 「いやよ、どうせまた危険な仕事を持ってきたんでしょう?」 「資料を・・・」リックはアタッシュケースから茶封筒を取り出し、ベンに渡した。 「話だけでも聞いてくれないか?返事は後でもいい。こっちもいろいろと困っているんだ。君の助けを借りたい」 「時間の無駄だろうけど・・・」そういってサラもしぶしぶソファに座った。
「ある男の側近ボディガードになってほしい」 「ある男?政治家?それとも・・・」 「南欧にある小さな国、フォイオンの王だ。この国で1年前、新エネルギー鉱石3Xが発見された。物が物だけにこの3Xがもたらすエネルギーの科学的発表はまだ一般的には知られてはいない。もしそれを知ったら世界中のテロリストがフォイオンを襲うだろう・・・・」
「まずは外交の仕事ね。」 「このアメリカでも一部の超VIPしかこの情報は知らないはずだ。しかしこのところどうも王の近辺がざわついている。王であるアンドレを取り込もうと各国の情報部が動き出している。もちろんこの国に忍びこみ3Xを盗み取ろうとする連中も増えている」 「そりゃそうでしょ・・情報なんて完璧に隠せるものじゃないわ。これだけの価値のある鉱石だったら、夜中に忍び込んでいただいちゃおうなんて考える人もいるはず。で、私に王の護衛を?」 「そういうことだ。」 「フォイオン国にもしっかりした軍隊があるじゃない?なんで外国人の私になんかに王の護衛を頼むの?不自然だわ・・・」 「残念ながら、信用できない事例が発生してしまったのだよ。今のところ表ざたにはなっていないが、フォイオン陸軍のカーネルが某国からの口車に乗せられて、アンドレ王の誘拐を画策していたのだ。」 「王だって馬鹿じゃないんだから、それくらい自前で対処できるでしょ?」 話が急展開した。そこにいたリックはその二人の会話に口を挟めず、遠いアメリカまでやってきて、重要事項に何一つタッチできないでいる自分にもどかしさを感じていた。 ここで、勢いよく次の台詞をねじ込んだ。 「しかしながらアンドレ王は聡明、実直で争いごとの好まない男ですから!・・・また3X鉱石についても平和的有効利用を図りたいと考えておいでです。そこで、王は言い寄る各国の首脳陣や研究者に自ら会ってみたいと・・・」 「それに私もついて回れと?・・・肝心なことを忘れてもらっちゃ困るわよ。もし、私がこの鉱石を盗みたがってるとしたら?」 「それはないな・・・君の素性は私が一番知っている。特に我々のような人間は祖国なんてものを持たない・・・。よって母国に加担することもない」 「ま、そうなんだけどね・・・」 リックが資料をテーブルの上に広げた。そこに書かれてあるのは彼女の軍経歴だ。 「軍曹はイギリス陸軍SAS所属後、フランス外人部隊にも所属し、ウクライナに渡り爆破処理の教官として陸軍に雇われていますね。ここはこの経歴を生かして、是非お願いしたいとおもうのですが・・・。」 「・・・・報酬は?」 「申告のままに」 「考えとく・・・」ベンは背広のポケットから何かを取り出しと、テーブルの上に広げられた資料の上にそれを置く。 「携帯電話だ。自由に使っていい。世界中どこででも使える日本製の優れものだ。いい返事を待っているよ。」 「・・・・・・・」ベンとリックは立ち上がると、玄関に向かって歩きだした。 ふとベンは立ち止まり、もう一度部屋の中を見渡すと、そこにあったカーテンを手に取った。 「サラ、君のインテリアセンス、なかなかいいんじゃないか?特にこのカーテンの色とソファの色合いがマッチしていい感じだ。」 「Thank you」サラはソファに座ったまま、短くそう答えた。リックはそんな二人の会話をいぶかしい表情をしてみていた。 「しかし、部屋全体に火薬の匂いがする。それが唯一のマイナスかな。」 「・・・・・・・・」 軽く手を振ったサラを残し、部屋から出て行った2人だった。ソファには残された資料と携帯電話をじっと見つめていたサラは、急にソファから立ち上がるとカーテン越しに立ち去っていく二人の後を目で追っていた。そこから見える二人は、リックがなにやらベンに質問をしている様子だった。 『きっと私とベンとの関係を聞いているに違いない・・・・。』
2台の車が去っていくのを見届けると、テーブルの上の資料を引っつかみ、隣の部屋に通じるドアをあけた。そこには黒光りした数多くの武器が並んでいるのが見えた。 無造作に置かれた机の上のパソコンの隣に、ベンからの資料を投げると、その資料は立てかけられたフォトスタンドにぶつかり、パタンっと音を立てて写真が倒れた。 それを手に取るサラ。ベンと一緒にいたフランス外人部隊当時の写真・・・。
「せっかく普通に過ごそうと努力してるのに・・・・」深いため息をつくサラだった。
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