この様子を憎しみの目で見ていた私の胸の奥に、何か得体の知れないものがモゾモゾとうごめき出した。怒りと殺意で満タンになった頭が、限界を通り超えた。 理性という人間の一番大事なものも無くなっていた。 素早くキッチンへ走り、一番良く切れる刺身包丁を手に引き返した。 まだ階段を上がりきらずにふらついているおっさんの背中に、思い切り突き刺した。 長い刺身包丁は、おっさんの細い身体を、いとも簡単に突き抜けた。 まるで藁人形の身体に刺したような感触が、真実味を無くしていた。 ほとばしる血も無く、返り血も浴びなかった。
こいつの身体には赤い血も流れてないのか…… 殺し甲斐の無いヤツ。ついに、ついにやってしまった! 罪の意識は無く、「あぁぁ…カ・イ・カ・ン……」 やっと酒飲みオヤジと縁が切れた。 私の目の前からうっとおしい者が消えて居なくなった。 これで良かったのだ・・・
翌朝、とぼけた顔のおっさんに言った。
「昨日の夜中の事、覚えてるか? 何も知らんなんて逃げるなよ!」
しらふの時にと、点けっぱなしのテレビや電気の事、歩けなくて何回もこけた事など私は懇々と言い聞かせた。果たしてどれだけ効き目があったのか うなずきながら聞いていたが、それ以後も同じ事の繰り返しであった。
私は、心の中で『もう一回、本気で刺したるぞぉ〜 おまえは一回殺されてるんやし油断してたら今度こそ事件になるわ、覚悟せい!』 刺した事は伏せておいた。
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