今は哀れにさえ思える。男が仕事をしなくなると、こんなに変わってしまうのだ。 お風呂にも入らなくなった。加齢臭を指摘しても、まったく気にならない様子。 バブル時代のおっさんは、毎晩のようにサウナへ行っていた。 サウナの帰りはビシッとスーツで決めて、馴染みの高級寿司店へ行き、品よく飲んで 帰りはタクシーで 寿司折を持って、ぶらっと家へ帰って来たりしていた。 それが唯一、私への罪滅ぼしと機嫌取りだったのだ。 そのまま、家で寝る時と、あちらへ行く時があった。 それがすべてなくなった今、懐かしいと感じる。 一旦 堕ちてしまった者には、どんな薬も利かないのだと悟った。 後は、私の優しさだけなのだと思う。それで 生き生き過ごしてくれるなら簡単な事なのだろう。 しかし、私にはそれは死んでも出来ない。
ただ憎い憎いと思い続けただけじゃなく、私なりの努力も我慢もした。 が、そんなものはもうとっくに限界を超えてしまったのだ。 おっさんがこの世に生きてる限り、癒される事はない。 間違った考えかも知れない。老後を寄り添って行くのが真の人の道かも知れない。 なんとか、私の気に入るようにと 小さな努力はしているみたいに見える。 でもなぁ、今更手遅れだよ… 何をされても裏目に出てる事に気がつけよ〜 おっさん、都合が良すぎるだろ。
夫婦で居る事の意味は、何もない。 娘曰く「どんなに憎んでも傷つけられても、追い出したり離婚もしないのは愛情があるからやん。結局は、優しいんよ〜」
「やめて!愛情なんて、欠けらも無いわ! 仕方がないだけ、世間体を気にしてるだけや」
「癌になった者を捨てるような事は絶対出来んやろ? でも優しくしてやる事も出来んしつらいなぁ…しかも、もう働きもせんと飲んだり釣りに行ったりの生活かぁ。妻としては嫌やろなぁ。でもここまで我慢したんやし、そのうち再発して先に死ぬわ。辛抱しぃ…でも、オヤジさんって憎めんのよねぇ、何でかなぁ」
こんな会話を娘とする事で、私は救われている気がする。 癌になった事で、私に足枷をはめて更に動けなくして自由を奪ったヤツ。 心のバランスを崩したままで、この先何年いびつな夫婦で居続けるのか……
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