「今から行って、偶然ライオンに会えるかなぁ……
ライオンに何か言うてやろかな…」
「何を言うてやるの? 相手は手強いよ、風貌で負けるかもね、ハハハ」
「まだ見てないけど、父さんてそんな趣味やったん? 信じられんわぁ」と笑う娘。
「経理を任せてて、バリバリやってるし行動的やし、そこがええのかもね」
「経理なんて任せてて、お金乗っ取られたら困るなぁ、でも負けたらあかん! 所詮は愛人やし、本妻の方が強いわ、なぁ…そうやろ?」
「今から行ってもライオンが見られるか分からんよぉ」
と盛り上がって病院へ行った。
娘は結構楽しそうだった。おかしな図ではあった。 入院してる父親の側に居るかも知れない愛人を見に行こうとしている。 見物でもする感じの、ウキウキ感が伝わってくる。 娘婿は遠慮気味に後ろから付いて来る。 娘婿は、結婚する時に おっさんから中古だけど、いい車をプレゼントされている。
「お義父さんのお見舞いに来ました〜」
の雰囲気満載で花束を持たされている。 そっと覗き込むようにして病室の様子を伺ってみた。 おっさん一人だけだった。 娘達の突然の見舞いに驚いてはいたが、慌てる様子も無く平然としている。 身体はもう楽になったらしく、ベッドに居ることが不自然に見えた。 さっと見渡した私の目には、ちゃんとバッグが見えていたし、プンといつもの匂いもした。 堂々と開き直っているのか知らないけれど、いずれ家族が来るのは分かっているのだから、隠すとか持ち歩くとか気遣いをしろよぉ〜と言いたかった。 おっさんも無神経この上ない! 娘と目配せしたら突然
「ライオンはどこ? 来てるんやろ? 隠れてるんか」
と言った。おっさんは娘の言葉に一瞬たじろいたけれど
「ライオンて何や? 知らん……」
と言って話をそらせた。 ここでは何も話せないし、退院後にきちんと話しがしたいと思った。 が、そんなに簡単なものではない事は、娘にも私にも分かっていた。
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