いつの間にか大きな川をこえていて、北の国に入っていた。北の国は一面雪で覆われていて、真白な世界だった。北の国に入ってすぐに下にはもう焼けた城があった。 僕は苦労していいことを3つもして本当によかったと思った。 焼けた城はずいぶん前に焼けていて、ほとんどが焦げたむき出しの柱とか、壊れた壁しかなくて、屋根はまったくなかった。 焼けた城の中心に来ると、ストーブは燃えるのをやめて気球は地面におりた。100人の子供たちは下におりると、すぐにちりぢりになってどこかへ行ってしまった。 焼けた城ではたくさんの人と幽霊が働いていて、みんなもくもくと石や木材をあっちからこっちへ移動したり、積み上げては崩したりしていた。たくさんの人と幽霊は一言もしゃべらずに働き続けていたので、焼けた城の奴隷なのかなあ?と思った。 その中にひとり優しそうな女の人がいた。まるで、お母さんみたいだった。でも、その人の姿はぼんやりしてよく見えなかった。まるで幽霊がぼんやりしているのと同じくらいぼんやりしていた。そのぼんやりした人は自分と同じくらいの大きさの石をフラフラになりながらあっちからこっちへ移動したり、たまに倒れて石につぶされたりしていて、それを見ていると、なんだか胃のあたりを冷たい手でぎゅっと握られたような落ち着かない気分になったし、悲しい気分になった。 試しに「お母さん」と呼んでみたけれど、お母さんみたいに見えるぼんやりした人には聞こえていないみたいで、何も言わずにもくもくと働き続け、石につぶされていた。 僕はその場にしばらくいたかったけれど、それよりも一番えらい幽霊を探さなくちゃいけないと思い出した。 焼けた城に入ってから、ずっと心細かった。けれどねずみもストーブも扇風機も川を渡る途中から一言もしゃべらなくなっていたし、ストーブと扇風機はずっしりと重くなってしまっていた。なんだかねずみもストーブも扇風機もこのまま一生話してくれないんじゃないかって気がした。そんなことを考えたらなおさら寂しくなった。 焼けた城はとても大きかったので一番えらい幽霊を探すのは大変だ。そう思った。でも、すぐに簡単だと思いなおした。なぜなら壊れた壁のいたるところに「一番えらい幽霊はこちら⇒」という案内が出ていたからだ。僕はその案内にしたがって、右へ曲がったり、左へ曲がったりしながら進んでいった。そうしたら壊れた大きな両開きの扉があって、扉の片側は完全になくなっていたけれど、残っているほうの扉を内側に開けて、焼ける前は部屋だった部屋に入った。 「待っていたぞ」 部屋に入ると今まで聞いたことないようなえらそうな声が聞こえてきた。声は部屋のいたるところから聞こえてくるけれど姿は見えなかった。 「しゃべっているのは誰だ?」僕は言った。 「わしは一番えらい幽霊だ」 「一番えらい幽霊は何で姿を見せない?隠れているのか?」 「一番えらい幽霊とはそういうものだ。見ようと思っても見えない。お前はここに来る前にいいことを三つしてきたな。だから焼けた城に入れてやった。願いをひとつだけかなえてやるぞ。ただし、願いを聞いてやる代わりにお前は幽霊になって、焼けた城の奴隷になって永久に働きつづけるんだ」 僕は考えた。今ここで願いを聞いてもらえばお母さんに名前を呼んでもらうことができる。でも、その前に、お母さんは一体どうしたんだろう?あのぼんやりした人はお母さんだったんだろうか?お母さんは焼けた城にたどりついて一番えらい幽霊に願いをきいてもらったから幽霊になってしまったんだろうか? 僕とお母さんの思い出が胸によみがえってきた。僕が庭で雲を見ているとお母さんはお父さんのために編み物をしていた。僕が窓から家の中をのぞいている時、お母さんは弟をだっこしていた。一度も名前を呼んでもらったことはないけれど、僕にとっては全部が大切な思い出だった。 「おい。一番えらい幽霊。お前は僕のお母さんを知っているか?お母さんの願いを聞いて幽霊にして奴隷にしたのか?」 「そのとおりだ。お前のお母さんはこの焼けた城にたどりついて、わしに願いを言った。そして幽霊になって奴隷になって働いている」 「僕が見たぼんやりした人はお母さんだったのか?」 「そうだ。お前が見たのはお前のお母さんだ」 やっぱりそうだったんだ。幽霊になってたって僕が僕のお母さんをわからないはずがないんだ。 「お母さんの願いはなんだったんだ?」 「お前のお母さんの願いは・・・・」一番えらい幽霊は言った。 「お前を人間にすることだった」 僕には意味がわからなかった。生まれてから一番意味がわからなかった。 僕を人間に?そう言えば僕は川の途中でなんだかおかしかった。その時から胸がトクトクしているし、それにねずみとストーブと扇風機と話すことができなくなった。 「僕は川を渡る途中でなんだかおかしかった。その時に人間になったのか?」 「そうだ。その時にわしがお前のお母さんの願いを聞いてお前を人間にしてやった」 「川の途中でなんだかおかしくなって、僕はねずみとストーブと扇風機と話せなくなった」 「人間になったらねずみやストーブや扇風機なんかと話せなくなる」 「じゃあ、僕は人間になるまでは一体何だったんだ?」 「お前は死んでしまった子供だった」 僕はまた意味がわからなかった。けど、とにかく、びっくりしてしまった。今まで生きてきた中で、いや、一番えらい幽霊が言うには生きていなかったらしいけれど、一番びっくりした。 「お前のお母さんはそのことをずっと悲しんでいた。悲しくて悲しみながら暮らしていた。そしてこの焼けた城まできてお前を人間にした。そして自分が幽霊になって奴隷になった。言っておくが幽霊は一番えらい幽霊を除いて人間の姿が見れない。お前のお母さんにはもうお前の姿は見えないし、声も聞こえない。それでもお前のお母さんはお前を人間にしたがった」 僕はお母さんに名前を呼んでもらいたかっただけなのに、お母さんの願いで人間になった。でも、もうお母さんは僕の姿も見れないし、声も聞こえない。そして、お母さんはこの焼けた城で永久に幽霊のままで奴隷になって働かなくちゃいけない。 「おい。一番えらい幽霊」 「お前の願いは決まったのか?」 「僕の願いはたったひとつだ」僕は言った。 「まずお母さんに僕の名前を呼んでもらうこと。そして、お母さんを人間にもどして、奴隷じゃなくすることだ」 「それでは願いは三つだ。お前ができる願いはひとつだけだ」 「そんなのはずるだ」 「ずるじゃあない。お前がずるだ」 僕は願いがひとつしかできないというのと、ずると言われたことで悲しくなった。ねずみとストーブと扇風機に相談したかった。僕の友達ならきっとなんとか助けてくれると思った。でも、僕は人間になってしまったからもう友達と話すことはできない。考えてみたら、この旅でも僕がひとりでやったことなんてひとつもなかった。全部友達に助けてもらっていた。今になってそのことに気がついて、そしてねずみとストーブと扇風機と話せないことを考えて悲しくなった。 一番えらい幽霊はとてもいばっているけど友達はいるんだろうか?もし友達がいないなら、いばっていてもあんまり楽しくないだろうなと思った。とてもそう思った。 「おい。一番えらい幽霊」 「何だ?」 「僕はいいことを三つして焼けた城に入れてもらった。でも僕がひとりでいいことをしたわけじゃあない。友達と四人でやったんだ。ねずみもストーブも扇風機も僕と同じように願いをひとつ聞いてもらえるのか?」 「かまわないぞ。ひとりにつきひとつ願いをかなえてやる。でも、ねずみもストーブも扇風機も願いを口に出して言うことができないだろう」 「僕の願いが決まったぞ」 「何だ?」 「ねずみとストーブと扇風機をしゃべれるようにしろ」 「なるほどそうきたか。願いをかなえてやるとお前は幽霊になるぞ」 「かまうもんか」 言った瞬間に僕は幽霊になった。胸のトクトクする感じはなくなったし、目からは全部の色が消えてパサパサした世界になった。 「ちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅ」 すぐに興奮したねずみの声が聞こえてきた。 「何を言っているかわからないから人間の言葉で話してくれよ」 「お前はお母さんを助けたいんでちゅね」 「うん。そうなんだ。僕はずっとお母さんに名前を呼んでもらいたいと思っていた。でも名前はもういいんだ。僕はお母さんに2回命をもらった。2回ともだめにしちゃったけど。でも、2回もお母さんから命をもらえる子供なんて僕ぐらいしかいないんだ。今度は僕がお母さんになにかしてあげなくちゃいけないんだ。僕がお母さんを助けなくちゃいけないんだ」ねずみもストーブも扇風機も黙って聞いてくれた。 「それと、僕はお前たちとずっと友達でいたいんだ。僕の願いはそれだけだ。その二つだけなんだ。ねずみならいい考えが浮かぶだろう。僕の願いをなんとか叶えてくれないか?」 「よしわかったでちゅ。俺にまかせておくでちゅ」 ねずみはストーブと扇風機と相談しだした。3人は本当に頼れる友達だ。ねずみは頭がいいし、ストーブも扇風機もいざというときは必ず助けてくれる。僕も相談に加わろうかと思ったけれど、僕の友達がまかせておくでちゅと言ってくれたんだ。僕が口を出すことなんてひとつだってないんだ。僕はただ待った。 「よし、一番えらい幽霊。願いを言うでちゅ」ねずみがしゃべりだした。 「お母さんを人間に戻してくれでちゅ」ねずみが願いを言うとねずみはすぐに幽霊になった。 お母さんは人間にもどった。僕の好きなお母さんに戻った。僕はとても嬉しかった。 「次は俺の番だ」ストーブが言った。 「俺の願いはお母さんを奴隷じゃなくして家に帰すことだ」ストーブが言うとストーブはすぐに幽霊になった。 お母さんは幸せに暮らしていた家にもどった。幸せに暮らしているお母さんを想像して僕もうれしくなった。 「よし次は俺の番だ」最後に扇風機が言った。 でも。お母さんは元に戻ることができたけど、僕たちは幽霊だし、奴隷だ。もう僕のことはどうでもよかった。でも僕の友達がずーっと幽霊で奴隷なのは悲しかった。それに、ねずみもストーブも扇風機も自分のことなんて何一つ願っていやしない。そんなのってなんだか悲しいし、悲しいじゃないか。 僕は扇風機の目を見た。もう僕の願いはいいから自分のことだけ考えてほしいと思った。だって、どうあったって僕たちは友達なんだから、僕の願いはもう全てかなってしまったんだから。 「俺の願いは。」扇風機が言った。 扇風機はそこまで言って僕たち3人をちらっと見た。その眼は大丈夫だと言ってくれているように見えた。 「俺たち4人を奴隷にしないということだ」扇風機が言うと扇風機はすぐに幽霊になった。 こうして僕たち4人は全員幽霊になった。幽霊になって扇風機は僕たちを見て笑った。ねずみも笑ったし、ストーブも笑った。僕も笑おうと思ったけど泣きそうな顔になった。僕が泣きそうな顔をしているとねずみが言った。 「俺たちは友だちでちゅ。俺たちは命は失って幽霊になったけど、でも、今までもそうだったし、これからも友だちでちゅ。そしてお前の好きなお母さんは人間にもどって幸せに暮らすんでちゅ」 僕はこくんこくんとうなずいた。するとストーブがゴオオオオオオと言ってくれたけど、扇風機がカララと回ってくれたけど、2人はもう幽霊だから熱くもならなければ涼しくもならなかった。 見ると3人は笑っていた。そんな顔を見ているとそれでいいじゃないかって気がした。僕たちは人間だろうと幽霊だろうとねずみの言うようにこれからも友達だし、僕には家族がいて、家族は幸せに暮らしていけるんだ。 「じゃあ、もうこんなところに用はないでちゅね」ねずみが言った。 「家に帰ろうか?」ストーブが言った。 「俺たちの物置に帰ろう」扇風機が言った。 そうだ。もうこんなところに用はない。僕たちが暮らした家に帰って友達とお父さんとお母さんと弟で仲良く暮らせばいい。
僕たちはまた101日かけて家に帰った。帰るときもきっかり101日だった。来る時に気球で渡った川はみんな幽霊なので飛んで渡れたので楽だったし、飛びながらみんなが好きに自分がどれだけすごいか自慢しながら帰った。
そして、僕たちは今もあの物置で暮らしている。 たまに夜とか、家の中をのぞいてみるけど僕たち幽霊には人間の姿が見えないからお父さんもお母さんも弟も見えない。でも3人が幸せに暮らしていて、よく笑ったりしているっていうのは幽霊でもわかる。 お母さんは時々僕の名前を呼んでくれている。僕は幽霊だからお母さんの声は聞こえないけど、僕にはわかるんだ。 いつか僕がお母さんと話せる日が来るのなら、僕はまず始めに友達を紹介するんだ。
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