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作品名:ぼくのなまえ 作者:浅井 健二

第4回   4.100人の子供たち
それから、100日間歩き続けた。出発するときは秋だったけれど、季節は冬に変わっていた。その間、お母さんも見つからなかったし、北の国にもまだ着かなかったし、いいことも、あれからひとつもできていなかった。たまに道の途中で人に会ったりしていたけれど、会う人を蹴っ飛ばしたり、会う人の大切にしているものを盗んだりばかりしていたからかなかなかいいことはできなかった。それはどちらかというと悪いことだった。
歩いているとねずみが「このままでは明日には北の国につくでちゅね」と言いだした。
「なんでそんなことがわかるんだ?」と僕が聞くと
「北の国には101日間歩けば着くんでちゅ。そういう決まりでちゅ」と言った。
僕は本当かなあ?と思ったので「本当か?嘘に決まってる」と聞くと、ねずみはねずみの大学を卒業した頭のいいねずみだから間違えないとか、ねずみの大学に入学するには、ねずみの小学校から勉強しないといけないから大変だとか、ねずみの大学に入学しても、卒業できるのは10人にひとりくらいだから、ねずみの大学を卒業した自分は本当に頭がいいとかしゃべりだした。相槌でも打とうものなら話が長くなるに決まっているので僕は完全に話が聞こえないふりをして、ねずみが話し終えるのを待った。
それにしてもねずみの言う通りならば明日には北の国に着いてしまう。でもまだ僕はいいことを二つしかしていない。今日中にいいことをひとつしないと、北の国に入れない。北の国に入れないと、お母さんを見つけることはできないし、お母さんをも見つけることができないと、僕は名前を呼んでもらうことができなくなる。そんなのは嫌だ。
「おい。ねずみとストーブと扇風機。だれでもいいから困ってくれよ。僕が助けるから」僕が言うと、ねずみとストーブと扇風機はどう困っていいのかわからずにおろおろするばかりで、全く困ることができなかった。困ることひとつとってもねずみもストーブも扇風機も全く役にたたないだめなやつらだ。
季節は冬なので、そうこうしているとぼたんみたいな大きな雪がぼつりぼつりと落ちてきた。僕は雪はきれいだから好きだけど、寒いから嫌いなので「寒い寒い」というと、ストーブが「ここは俺の出番だな」とゴオゴオオオオオオと燃え出した。
扇風機も「ここは俺の出番だな」とカララと回りだしたので、「ここはお前の出番じゃあないからお前は何もしなくていいところだ」と優しく教えてあげた。
僕たちがストーブを囲んで雪が降るのを見ていると、100人の子供たちが集まってきた。僕は足もとの石を拾っては子供たちにぶつけて、側によれないようにしていたけれど、足もとの石はすぐになくなったので、結局100人の子供たちは大きな円になってストーブをかこんで座った。
「おい。子供たち」
僕は子供たちを驚かしてやろうとできるだけ大きな声で言ってみた。「お前たちは何か困っていることはないか?あれば助けてやるぞ」
「じつはわたしたちは困ってるよ」100人の子供たちが声をそろえて言った。中には血を流している子供もいた。
「何も困っているんだ?」
「北の国に帰りたいよ」
「じゃあ、帰れ」
「大きな川を渡れないよ」
「川があるのか?」
「川があるよ。とても大きな川だよ。川を渡れなくて北の国に帰れないよ。渡たったら凍えてしまうよ。」
 川があるということは僕も渡らないといけないということだ。でもこんな冷たい季節に冷たい川を渡るのは冷たいから嫌だ。
「ねずみ」僕はねずみに言った。
「本当に川があるのか見てきてくれないか?」
ねずみはちゅっちゅちゅ〜と小走りで北のほうに小走りをして行った。
それからずいぶんと待った。僕たちは100人の子供たちと一緒にストーブを囲んでずっと待っていた。日も暮れそうになったころにねずみが小走りで帰ってきた。
「ちゅちゅちゅちゅちゅちゅちゅ」
「ねずみの言葉じゃわからないから人間の言葉で話してくれよ」
「ちゅちゅちゅ。確かに北に少し行くと大きな大きな川があったでちゅ。ものすごく大きな川でちゅ」
「そんな大きな川があるんじゃあ僕は北の国に行けないよ。そうしたらお母さんにも会えないし、名前も呼んでもらえないよ」僕が言うと、僕の目から涙が落ちてきた。
「それがでちゅね。いい考えがあるんでちゅ。これを見てくださいでちゅ」
見るとねずみの口には大きな布がくわえられていた。それは本当に大きな布で、10メートルくらいはあった。そして、その先には人が3人くらいは乗れそうなかごがついていた。
「こんな布が役にたつわけないだろう」
「これはただの布ではなく気球でちゅ。ストーブが空気を熱して、扇風機でこの中に温かい空気を入れたら気球は空を飛びまちゅ。そうしたら、扇風機でプロペラみたいに北に向かえばいいんでちゅ」
 僕は気球というものを知らなかったのでねずみがおかしいことを言い出したとは思ったけど、ストーブと扇風機は「また俺たちの出番だな」とよろこんでいた。
「空気をこの世で一番熱くできるのは俺だ」ストーブが言った。
「この世で一番強い風を起こせるのは俺だ」扇風機が言った。
そのままストーブも扇風機も自分がどれだけすごいかをえんえんとしゃべりそうだったので、僕は面倒臭いなあと思って、ストーブと扇風機を気球の空気が入る穴に運んで行った。
 ストーブは自分でゴオオオオオオと言いながら燃え出して、扇風機がピュウウウウウウと言いながら熱い空気を気球に入れだすと、しばらくして気球がむくむくむくと持ち上がりだした。
「さあ、乗り込むでちゅ」とねずみが言ったので、僕が気球のかごに乗り込むと、「これで帰れるよ」と言いながら100人の子供たちも乗り込もうとした。
 こんなせまいかごに100人も乗られるのは窮屈で嫌だったので、「お前たちは乗るな。乗ると石をぶつけるぞ」と言って脅してやったら、100人の子供たちはかごの底に一列になってぶらさがった。気球は100人の子供をぶらさげてぐんぐん空へと浮かんでいった。100人の子供たちの中には血を流している子もいた。僕は約束どおり石をぶつけてやろうと思ったけれど、空には石がないので石をぶつけることはできなかった。
「さあ、扇風機は南に向かって風を思いっきり吹くでちゅ」ねずみが言って、扇風機が風をピュウウウウウウと吹くと、僕たちを乗せて100人の子供をぶらさげた気球はぐんぐんと北へ向かって動き出した。
「ああ、これで帰れるよ」100人の子供たちは声をそろえていった。
 大きな川の上に入り、川の中ほどまで来たとき、僕はなんだかおかしかった。胸のあたりがトクトクするし、今まで見ていたものがなんだか見える範囲がせばまって目の前しか見れなくなったし、川は光を反射してキラキラするし、風は冷たくて、ストーブの温めた空気は暖かかった。
「僕はなんだかおかしいや」僕は言ったけれど、ねずみもストーブも扇風機も何も言わなかった。


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