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作品名:ぼくのなまえ 作者:浅井 健二

第2回   2.右手のない人
しばらく行くと、道は奇麗な黄色のイチョウ並木に変わった。イチョウ並木は季節が10月だったので、すごく色鮮やかで黄色で奇麗だった。
そして、イチョウ並木の途中に右手のない人が座っていた。僕はとくに右手のない人と話す必要もないし、先を急いでいるので何も話さずに通り過ぎようとすると向こうから「こんにちは」と話しかけてきた。
「わたしにはこのとおり、右手がありません」
「はい。あなたには右手がありません」
 僕は一瞬、右手がない人に右手がないことをバカにしようかとも思ったけれど、そんなことをしても何の得もないのでやめておくことにした。
「実は右手がないということが大問題なのです」
「右手がなくても何も問題はありません」
「実はそのイチョウの木の穴の中に宝物を落としてしまったのですが、わたしにはこのとおり右手がないので拾えないのです。このままでは一生宝物のないまま過ごすことになります。そんなのはさみしいことです。あなたには宝物はありますか?」
「はい。あります。僕は名前が宝物です」
「名前はなんていうんですか?」
「名前は知りません」
「知らないのに宝物なのですか?」
「はい。これから北の国にお母さんを連れ戻しに行って、名前を呼んでもらうんです。あなたは左手があるから。左手で宝物を拾ってくだい」
「これは左手ではありません」
「じゃあ。なんなんですか?」
「これは、イチョウの木の枝です」
確かに見てみると、それは左手ではなく、イチョウの木の枝を左手の付け根にしばりつけただけのものだった。
「このとおり、わたしには両手がありません。だからあなたに宝物を拾ってもらうしかないんです」
僕は面倒くさかったし、イチョウの木の穴に手を入れるのなんか嫌だったけれど、もしかしたらいいことをした見返りを何かくれるかもしれないと思った。
「そんなの面倒くさいですし、そんなイチョウの木の穴に手を入れるのなんて嫌ですけど。もしやったら何か見返りをくれますか?」
「いいですよ。何か見返りをあげます」両手のない人は言った。見返りをくれるというので、僕は嫌な顔をしながら、イチョウの木の穴に手を入れた。イチョウの木の穴は深くて僕の手じゃ底まで届かなかった。
「ねずみ。イチョウの木の穴の底に手が届かないんだけどどうすればいいと思う?」困ったので頭のいいねずみに相談した。
「じゃあ、俺がとってきてやるでちゅよ」とねずみは言った。そして、僕の肩をポンと蹴ってイチョウの木に飛び移り、穴の中に入って行った。木の中から「ちゅちゅちゅちゅ」と聞こえるのが面白かった。今、この穴の中にどう猛なヘビを入れたらねずみはびっくりするだろうなと思ったけれど、近くにヘビはいなかったのでできなかった。
 しばらくするとねずみはあまがえるを口にくわえてちゅちゅちゅちゅと穴から出てきた。
「あ、あまがえるだ」と僕は言った。
「ああ、わたしの宝物。やっと出てきた。」両手のない人が言った。
「あなたはあまがえるが宝物なんですか?」僕が聞くと「そうです。このあまがえるがわたしの宝物なのです」と両手のない人が言った。あまがえるが宝物だなんて変な人だなと思ったけど口に出しては言わなかった。あまがえるはねずみの口からぴよおおんと飛び跳ねて、地面に降りて、そのままぴょんぴょんぴよおおんと遠くまで跳ねて行った。
「ああ、待て!わたしの宝物」と両手のない人が追いかけていくけれど、両手のない人には両手がないので、追いつくことはできても捕まえることはできなかった。
「早く宝物をイチョウの木の穴から出した見返りをくださいよ」僕が言うと、「このままではわたしの宝物が逃げてしまいます。何かで宝物とわたしをしばってください」と言われた。
 うるさいなあと思ったけれど、言われたとおりにポケットに入っていたわらでかえると両手のないひとを結んであげた。
 かえるは、結ばれても結ばれたことに気がついていないのでぴよおおんとジャンプしては、わらがつっぱて空中でびたっと止まって、そのまま地面にコロンと落ちて、それを繰り返していた。
「ああ、これで何の心配もなくなりました。」両手のない人は嬉しそうに言っていた。
「はやく見返りをくださいよ」僕は言った。
「わたしの見返りは北の国について教えてあげることです」
 僕は北の国についてはほとんど何も知らなかったので教えてもらうことにした。
「北の国にはきれいな心を持った人しか入れません。」
「僕はきれいな心を持っています」僕はきれいな心には実際自信があった。
「いえ。そのままではきれいな心ではありません。きれいな心を持っていることの証明に北の国に行くまでにいいことを三つしないといけないんです」
「僕が両手のない人の宝物をとってあげたことはいいことに入りますか?」僕は聞いた。
「はい。だからあといいことを二つしないと北の国には入れません」説明を聞きながら「へええ、そうなんでちゅね」と頭のいいねずみが言った。それを見ながら、僕は「なんだ頭のいいねずみは頭のいいふりをしているけどけっこう何も知らないんだな」と思った。
「ねずみは頭がいいふりをしているけどけっこう何も知らないんだね」
「ちゅちゅちゅちゅちゅ。今のはたまたま知らなかっただけでちゅ」
 僕はなるべく疑っているということがわかるように「ふううん」と冷たく聞こえるように言った。
「さあ、もうこんなところに用はなくなったから先を急ごうぜ」と全く何の役にもたたなかったストーブが言った。
「そうだそうだ」と何の役にもたたなかった扇風機が言った。こいつらは全く役にたたないし、人にかつがれているだけなのに本当にえらそうなだけでどうしようもないやつらだ。
 でも、確かにもうここには全く何の用もない。僕は再び右手にストーブを、左手に扇風機をかついで、肩にシルクハットをかぶったねずみをのせて再び北の国へ向かって歩き出した。
 あまがえるは相変わらずぴよおんと飛び跳ねてはわらがつっぱって、空中でびたっと止まり、ころんと地面に落ちていた。


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