部長は、君のお父さんは・・・」課長が相馬の目を見る。「ゲイです」 課長の告白の後、静寂した部屋でアナログ時計の秒針だけが動いていた。 「ええええーーーー!!!!!」一瞬遅れて相馬と僕の二人が上ずった声を出す。しかし、それだけでは終わらなかった。 「私もゲイです」課長が言った。 「ええええーーーー!!!!!」 「俺もゲイだ」今度は井上さん。 「ええええーーーー!!!!!」 「ちなみに、間宮君もゲイでした」 ゲ、ゲ、ゲ、ゲイ???「ゲイってあのゲイですか?」僕の間抜けな問いに、「そのゲイだ」と井上さんが力強く答えてくれた。相馬は目を白黒させて自失してしまっている。 「間宮君が死んだ理由はですね」課長が再び話し出す。「ただ単に部長にふられたからです」 「え?じゃあ、部長の不正は?」 「だから、そんなものはねえんだって。何回も言ってただろう」 「えええ!!!じゃあ、じゃあ、部長が間宮につらく当たってたのは?」 「間宮はしつこかったからな。あきらめさせるためにもつらく当らざるをえなかったんだろう。あいつはちょっとストーカー的要素があったらしくてな。一方的に部長のことを好きになってから、部長の家に押し掛けたりしていたらしい」 「あいつ。ゲイだったなんて」 「あいつの言葉を思い出してみろ。ゲイだとすると納得がいくから」 「『部長のことを考えると胸が苦しい』」 「一方的に恋をしていたからだろうな」 「『俺は部長の秘密を知った』」 「ゲイだってことを知ったんだろうな」 「『今から部長に確かめに行ってくる』」 「行ったんだろうな。そして、部長に拒絶された。おそらく、それで絶望して自殺したんじゃないか?」 「た、確かに、そう考えると説明はつく。でも・・・課長。井上さん」 「何だ?」 「お二人にも部長の秘密が関係しているって。一体どういうことですか?」 「それは・・・」と言い淀む井上さんをさえぎり、「私が説明しましょう」と課長が言った。「私と井上君は、いわば部長を取り合う恋のライバルなわけなんです。12月から」 ははは。恋のライバル・・・もう驚きすぎて声も出ない。相馬はまだ、情報を消化しきれず目を白黒させたままだ。 「確かに部長は悪い男なんです。複数の相手を同時に相手してしまうというか」 「もともと部長と付き合っていたのは俺なんだ」 「それが、12月に入ったくらいから私とも仲良くなって」 「そこからはもうドロドロだ。間宮の問題も加わってきてな」 「じゃあ、シティホテルで部長と会っていたっていうのは?」僕は聞いた。 「男二人でラブホテルに入れるか?シティホテルしかねえだろう」 「じゃあ、相馬が聞いたコーヒーショップの会話は?ポジションがひとつしかないっているのは?」 「まあ、部長のステディというポジションというか」課長・・・ステディって。 「待て待て待て待て、ちょっと待ってくださいよ」急に相馬が覚醒した。 「すっかり騙されるところでしたよ。くだらない話でごまかさないでください。僕はコーヒーショップではっきり『インサイダー」って聞いたんです。これについてはどう言い訳するんですか?」 「『インサイダー』ですか?ちなみに、相馬君。本当に『インサイダー』ってはっきり聞こえました?実はコーヒーショップの喧騒であんまりはっきりとは聞こえなかったんじゃないですか?」 相馬が黙る。 「『インサート』って言ってませんでした?」 「インサート?」僕が繰り返した。 「そうだ。『インサート』だ」井上さんが言う。 相馬も『インサート・・』とつぶやきうなだれた。 これで全て説明がついた、しかし、何だろう苛立ちは、虚しさは。不意に僕の胸の底から笑いが込みあげてきた。それは、当然、楽しさからくるものではない。自分でも消化しきれない笑いだった。 「何だ。これ?」僕がくくくという笑いを噛み殺しながらつぶやくと「どうした?近藤?」と井上さんが聞いてきた。 「何でしょう?何だか、もう、可笑しくて。部長、課長、井上さん。間宮までゲイだったなんて。こんなにゲイに囲まれていたなんて。うちの課はどうかしてる。6人中4人。約70%のゲイ率ですか?」 「近藤君。それは違います」言ったのは課長だ。 「何が違うんですか?何も違わないでしょう」 「近藤君。70%じゃなくて、おそらく100%ですよ」 「どういうことですか?」 「だから、そういうことです。おそらく近藤君も相馬君もゲイなんです」 「ええええーーーー!!!!!!」再び、僕と相馬が絶叫した。 「まさか・・・」 「いや、おそらくそうだ。第二営業課の人選は部長自らがしてるんだ。そして、どういう基準で人を集めると思う?」 「もしかして?」 「そうだ。社内のゲイを集めてくるんだ。部長のお眼鏡にかなったんだ。今は自覚がないとしても、お前たちもおそらくゲイだ。知ってると思うが、第二営業課は扱う金もでかい。社内では出世コースだ。同志への愛情なのかな?少しでもゲイが生きやすくなるように、ゲイを集めて出世させてやるのが部長の趣味なんだ。まあ、たまたま間宮は例外だったが」 「でも、部長には相馬っていう子供が。課長にだって家庭があるじゃないですか」 「そうですね。部長は子供がほしかったんでしょうね。その気持ちはわかります。子供がほしい場合、女性と性行為をします。しかし、きっと部長は実際に女性と人生を一緒に歩んで行くのが怖くなったんじゃないでしょうか?無理して、女性と家庭を持った失敗例がここにいます。私も家庭を持っていますが、ずいぶん前から家庭内別居です」 「家庭内別居。最低だ。部長も、課長も。最低だ」 「そうですね。最低です。私は最低なんです。自分のわがままで妻と結婚し、子供を作り、結果二人を幸せにしていない。私も幸せになっていない」 「どうだ?相馬。これがお前の知りたがっていた真実だ。知れてよかったか?」 相馬は何も答えない。 「近藤はどうだ?」 「自分がゲイだったなんて・・・」 「言われて見ると思い当たる節はあるだろう」 確かに、そう言われるとそんな気もしてくる。僕はこれまで恋愛感情を持ったことがなかった。女性と恋愛をしたいと思ったことがなかった。 「ゲイっていうことを自覚して、自分に正直に、好きな男を探せ。きっとそこに本当のお前の人生がある」 「そんなこと急に言われても・・・」僕の混乱も収まらない。 「しかし、私は逆に良かったかも知れません」課長が妙にすっきりした顔で話し出した。 「どういうことですか?」 「私は今まで真実からずっと目をそらして生きてきました。でも、自分がゲイだっていうことはきっと家内にはばれているでしょう。それでも、家内も気づかないふりをし、自分でも気づかれていないふりをする。そんな生活です。誰も幸せじゃない。しかし、離婚はしたくなかった。彼女たちを不幸にしたくないからという理由を、自分に言い聞かせていたけれど、本当は違うんですね。自分のちっぽけな世間体を守っていただけなんですね。そして、そのことで、これまで家族を傷つけてきただけだって、やっとそのことに向きあう勇気が持てました。今日、家に帰ったら家内に正直に話してみます」 「課長」井上さんが目に涙を浮かべて聞いていた。ご勝手に、どうぞ。 その時、会議室のドアがカチャリと空いた。入ってきたのは、渦中の人。部長。部長は優しい目をしてゆっくりと言った。
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