「何だ?相馬。俺に何か言いたいことがあるのか?」と言って相馬を睨む。やはり井上さんが睨むと迫力があって恐ろしい。 「井上さんに思い当たることがないならそれでいいですけど」悪びれるふうでもなく、相馬が言う。 「何だ?てめえ。言いたいことがあるならはっきり言えよ」 「まあ、まずは相馬の話を聞いてみましょうよ」相馬が何を証拠と言っているのか、まずはそれが気になる。相馬は、僕に話を振られて、話し始めた。 「みなさん、ご存じの通り、僕と間宮は同期でした。そんなに仲良く見えなかったかもしれませんが、たまには相談しあったり、仕事で行き詰った時は励まし合ったりしてました。間宮は自殺する一カ月前から僕によく言ってました。『部長のことを考えると胸が苦しい』『部長の自分への態度は何か心に思うことがあってなんだろうか』って」 「確かに、間宮は部長に目をつけられてたっていうか、ちょっと当たりが厳しかったもんな」 「あれは、部長の部下への愛情表現です。可愛いと思う部下にはああやって厳しく当たるんです。私もかつてそうでした」と課長。 「俺もそうだった」と井上さん。 「僕にはそういうふうには見えませんでしたけど」と僕。 「間宮が死んだ日は12月12日土曜日の深夜でしたね?」相馬の問いに対し、「ああ、賃貸マンションの10階からの飛び降り自殺だった。聞いたところでは発作的に飛び降りたとか」と、僕が答えた。 「その日の夕方。僕は間宮からの電話を受けました」相馬の告白に、みんなが「何?」と驚き、一斉に相馬を見る。 「そんな話初めて聞きましたよ」と課長が言う。 「思うところがあったんで今まで誰にも言いませんでした」 「それで、何を話したんだ?」と僕。 「間宮は言いました。『俺は部長の秘密を知ってしまった。もしかしたら課長と高野さんも関係しているかもしれない。今から直接部長に確かめに行ってくる』秘密とは何だと聞いても間宮は教えてくれませんでした。お前は知らないほうがいいって」 「そして、その日の深夜に自分のマンションから飛び降り自殺をしたってわけか」と僕。 「ええ。どう考えても部長が間宮の死に関係しているとしか思えない。そして、課長。井上さん。あなたたちも何か知っているんじゃないですか?あるいは間宮の死に関わっているんじゃないですか?」 課長も井上さんもしばらく苦しそうに沈黙した後、言った。 「私は関わっていません」 「俺も関わっていない」 しかし、そんなこと納得できない。 「お願いです。本当のことを話してください。このままでは間宮も浮かばれません」 「僕からもお願いします。」 「課長。井上さん」相馬が真剣な目で二人を見る。 「だから、何も知りませんし、関係ないと言ってるじゃないですか」課長も井上さんもあくまでしらを切り通そうとする。僕は二人の顔を見ながらだんだんとイライラしてきた。 「じゃあ、この話を会社内で、いや、警察に話します」 「な!!!近藤。お前本気か?」井上さんが慌ててしゃべり出す。「相馬の言ってることなんて信じるな。俺が関係ないといっているんだから関係ないんだ」それでもまだ話そうとしない。 「相馬の話を聞くと。そして、課長と井上さんの反応を見ていると二人が何かを知っていて隠しているようにしか見えません」 「僕の推理はこうです」相馬が追い打ちをかける。「部長。課長。井上さん。あなたたち3人は何か重大な不正を行っていた。そして、間宮がそれに気付き始めた。間宮が邪魔になった部長は間宮を辞めさせようとつらくあたった。間宮は不正の証拠を握り、部長に話に行った。それが自殺をした日。しかし、結局間宮は部長に、いや、3人に負けて、絶望して死を選んだ。いや、もしかすると死ななければいけない羽目に追い込まれたのかも知れない」 「ばかばかしい。そんなの全て相馬君の憶測じゃないですか」 「証拠だってねえだろう」 「残念ながら物証は何もありません。だからお二人に本当のことをしゃべってもらうしかありません」 「本当のことなんてしゃべって何になるんだ?」井上さんの言葉に課長が驚いた顔をする。 「井上君」と言って止めようとするが、井上さんは構わずしゃべり続けた。 「仮に、俺たちが何かを隠していたとして、それをしゃべったとして、誰一人得をしない。ただ、3人が不幸になるだけだ。お前たちは何も知らなかったことにして、今日のことは忘れろ。近藤。相馬。お前たちはこれからもこの会社で働くんだろう。そしたら、俺と課長を敵に廻すか、それとも、今まで通り平穏な会社生活を送って行くか。どちらが得か考えろ」 「井上さん。それ本気で言ってるんですか?」 僕は井上さんの言いぶりに思わず声を荒げた。「それじゃあ、井上さんが間宮の死に関わっていると言っているようなもんですよ」相馬も鋭く井上さんを睨む。 「お前たちがどう解釈しようと俺は関わっていない。お前が思うような不正だってやっていない。」 「でも、明らかに何かを隠してます」 言われて井上さんはもうそれ以上はしゃべらなくなった。絶対に何か隠している。それだけは間違いない。 沈黙を許さないといったように相馬が口を開く。「部長の転職先はY社らしいじゃないですか。給料だって上がるんでしょう」 「まあ、そうでしょうね」課長が頷く。 「Y社?この前俺達で出資案件をまとめた?」僕が聞くと相馬が「そうですよ」と答える。 「近藤さん。あの仕事をやりながら何かが変だと思いませんでしたか?うちがY社に出資して何か得がありますか?他の案件と比べて明らかにリターンがなさすぎる。しかも、トップダウンで部長から降ってきたオーダーです」 「確かに、それは俺も感じていた」 「そして、普段は意見が対立する課長と井上さんもこの件に関しては、ろくに議論もしないで進めた。これはあくまで推測ですけど、この件については最初からある密約が交わされていたんじゃないですか?」 「何です?その密約というのは?」 「Y社への出資をうまくできれば、何らかのインセンティブが直接、部長に入る。あるいは、課長、井上さんにも。部長はその結果、Y社へ役員待遇で転職する。あるいは、それ以外のもの、平たく言えば現ナマも手にしているかも知れない。」 「くだらない。そんなこと。部長はただ実績を買われてヘッドハンティングされただけです。それに私だって、井上君だって転職なんて別にしません。私たち個人へのインセンティブなんてものだって別にありません」 「僕も証拠があって話しているわけではないですから、そう言われてしまえば僕の妄想と片付けられても仕方ありません。でも、仮に100億もの会社の金を、自分の私欲のために動かしていたとしたら、僕はそんなの絶対に許せません」 「だから証拠がないんだから、全部お前の妄想なんだよ。お前が許すか許さないかなんてことだってどうでもいいことだしな」井上さんが言い切り、僕たちは言葉を失くした。確かに、証拠がなければこれ以上の追及は難しい。しかし、ちらりと相馬を見ると、相馬の目はまだ諦めていないようだった。 「どれだけ言ってもお話していただけないんですね。じゃあ、僕から、さらにお二人に不利な情報があるんでお話しします。12月12日。間宮が死んでから、僕は1カ月以上、毎日部長の業務終了後の行動を調べました」意外な展開に驚く。 「お前。何考えてるんだ。やり過ぎだぞ」井上さんがまた、相馬を睨む。 「僕にとっては真実とはそのくらい大事なことなんです」 「それで?」と僕は相馬を促した。 「12月12日から1月末まで調べたんですが、その間、部長は計5回シティホテルに行っています。3回はホテルパシフィック。2回はホテルセンチュリー。そして、部長がホテルパシフィックに入った日、課長もホテルパシフィックに入って行くのを目撃しました。ホテルセンチュリーに入った日は、その後で井上さんが入っています。一体ホテルで何を話していたんですか?」 「そう言えば」僕の言葉に、相馬が「何ですか?」と聞く。 「いや、課長と井上さんの仲が悪くなったのも12月上旬くらいからだったよな。それまではむしろ仲がいいと思っていたけれど」 「僕もそれはひっかかっていました。12月上旬頃から課長と、井上さんに何かトラブルがあったような気がします。例えばY社のポジションが限られていて、それを課長と井上さんで取り合うとか」 「また、不正をしているという妄想のはなしですか?もういい加減にしてください」 「課長。さらにこの話についてはなんと答えますか?」 「何ですか?」 「先日、偶然お二人が渋谷のコーヒーショップで一緒にいる時の会話を聞いてしまいました」 課長と井上さんに動揺が走る。 「聞こえたのは『ポジションは一つしかない』『部長に決めてもらうしかない』『インサイダー』・・・」 「決定的だ」僕は言った。「課長。井上さん。これでもまだしらを切りますか?」二人は顔を見合わせ黙る。まな板の上の鯉ってわけだ。 すると、課長が静かに話だした。 「相馬君。そして、近藤君。君達は真実を知りたいと言っていますけど、真実とはそこまで大事なことですか?私はそうは思いません。美しくない人に「お前はブサイクだ」と誰が言いますか?頭髪の薄い人に「お前はハゲだ」と言えますか?おそらく言わないでしょう。何故か?それは言っても誰も幸せにならないからです。言われた人ももちろん。言った本人も不幸になります。それが社会です。真実を隠すこと。それが、社会のルールです。そうやって人を不幸にするような真実をカーテンの向こう側に隠して、見えないようにみんなで気を使うから社会が廻って行くんです。私にも家庭があります。妻と子供がいます。彼女たちを傷つけたくありません。わかってもらえませんか?」課長の祈るような言葉に僕は少し心を動かされたものの、相馬は揺るがなかった。 「課長のおっしゃっていることはある意味では正しいことでしょう。でも、課長。真実はどんなことをしても隠し通せるものではないんです。隠しているものほど明るみに出ます。僕にも秘密があります。幼いころにはその秘密を周りによって隠されて、大人になった今は自分の手で隠しています。でも、そんな人生には何の意味もないって気がついたんです。まずは、真実を知ること。そしてそれを受け止めること。そこから本当の人生が始まるんだと今は思っています」 「偉そうに語りやがって、じゃあお前はその秘密とやらを俺達に話せるのか?」井上さんが言った。 相馬は少し躊躇し「僕は」と言って、言葉を詰まらせる。その様子を見て、僕は「無理しなくていいんだぞ」と声をかけた。 「ありがとうございます。近藤さん。でもいいんです。話します。僕は・・・」そこで、もう一度言葉を切る。 「部長の子供です」 「ええええ????」思わず3人が口を揃えて言った。部屋に静寂が広がる。 「これが僕の秘密です」 「ぶぶぶ・・・部長の子供?」 「ええ。部長はたぶん気がついていません。部長が20代のころ、僕の母と結婚し、僕が生まれました。でも、僕が生まれる前にあの男はほとんど逃げるように母と離婚し、行方をくらましました。僕は父が交通事故で死んだと言われて育ち、そして、母も僕が5歳の時に、病気でこの世を去りました。その後は親戚のうちに預けられ、その家の養子となって生きてきました。18歳になった時、今の父親から僕が生まれたいきさつ。そして、父がいない理由を聞きました」 「部長に子供がいたとは。ずっと独身だと思っていました」課長が驚いて言う。 「確かに、今の会社に来る前のことはあんまり聞いたことがなかったけど。そんな秘密があったなんて」井上さんもあまりの驚きに情報を消化できないでいるようだ。 「あの男がこの会社にいることは業界紙で知りました。写真を見ただけではわからなかったのですが、名前や生年月日を知っていましたから。僕は呑気にインタビューされているその男が許せなかった。僕と母を捨てて、自分はのうのうと出世し、いい気になってマスコミに顔を出している。この男の人生を僕の手でめちゃくちゃにしてやりたい。その写真を見ながらそう思いました。でも、その前に、僕は男にチャンスをやることにしました。もしかしたら何か理由があったのかも知れない。もしかしたらそんなに悪い男ではないのかもしれない。どこかで父親を信じたかったんでしょうね。実際に、男を自分の目で見て、許すか許さないか決めることにしました」 「それで、うちの会社に入ったのか」 「まさか、直属の上司になるとは思いませんでしたけどね。でも、おかげで結論が出ました。男はやはりくだらない男でした。男は自分の利益のために、会社の金を100億も動かしていたと、社長やマスコミ、社内のいたるところで話そうと思います。彼は相応の制裁を受けるでしょう。Y社への転職もパーでしょうね」だまって聞いていた課長が意を決したようにしゃべり出した。 「相馬君・・・君は真実が知りたいと言った。でも、真実は君が思っている以上につらいものかも知れません。覚悟はできていますか?」 課長の問いかけに、もちろん、といって首を縦に振る。 「課長!!」井上さんが止めようとする。でも、課長の決心は揺るがない。 「井上君。相馬君は全てを覚悟して秘密を打ち明けてくれたんです。もう我々の秘密も隠し通せるものではありません。井上君も納得してください」 「わかりました。でもな、相馬。本当にいいんだな。聞いたらお前は傷つくだけだぞ」井上さんの問いかけに対し、「たとえ、どんな真実だとしても知りたいんです」と相馬が力強く答えた。
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