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作品名:◆会議◆ 作者:浅井 健二

第1回   第一部
 3月20日。僕は憂鬱だった。
 今夜7時から営業第二課の担当内会議がある。会議の内容自体はなんてことないのだが、最近、担当内の空気が著しく悪い。僕を含むメンバー4人が1時間も顔を突き合わせて議論をすれば、どんな事態になるかわからない。
できれば今日の会議は中止にしたい。みながそう思っているはずだが、僕等はサラリーマンだ。あるべき課題があれば、それに真摯に取り組まねばならない。はあ・・・
 時計の長針がもうすぐ12の字を指す。7時だ。僕は相馬が予約を入れた小会議室Cへ向かった。
「お疲れ様です」と声をかけてくれたのは相馬。24歳。痩せ形イケメン。若いのに、真面目で信頼できる男だが、少し度が過ぎる。所謂、融通の利かないタイプだ。
 こちらをチラリとも見ず、自分の携帯電話をいじっているのは40歳、高野課長と32歳、井上さん。少しでも物理的距離をとろうと6人掛けテーブルの端と端に座っている。ここ一カ月、何が原因かわからないが、この二人の仲が目に見えて悪い。先週も、何でもない仕事の話がいつの間にか怒鳴り合いに発展していた。こんな雰囲気で会議ができるのだろうか?やっぱり憂鬱だ。
「井上さん。髪切りませんでした?」僕が場の緊迫感に耐え切れず、井上さんに話しかけると「俺の髪型のどこが変わってんだ?適当なこと言ってんじゃねえぞ」と睨まれた。元ラグビー日本代表の井上さんは声にドスが効いていて、その迫力に簡単にびびってしまう。
「つまらない話をしていないで、早く進めてください」高野課長からも指摘が入る。しまった。課長の前で髪の話は禁句だと忘れていた。高野課長は40歳という年齢のわりに若作りで、また、紳士的な雰囲気、話し方が女子に評判が良く、「イケメン課長」という名誉あるあだ名を持っている。しかし、もうひとつ「ヅラ課長」という影のあだ名もある。センター分けにされた豊かな黒髪は年間を通してデザインも長さも変わることなく、風が吹いても揺れない。真相を確かめたことはないがおそらく噂通りなのだろう。
「じゃあ、進めさせていただきます」相馬が言った。僕は慌てて空いている席に着いた。
「ええと、部長の送別会が3月27日に決まりましたが、今日は営業第二課の出し物を何にするか決めたいと思います」
部長は3月いっぱいでこの会社を退職し、どこかの会社に転職をする。数々の出資案件をまとめてきた実績を買われてのヘッドハンティングらしい。人徳も備えた上司だったため、今度の送別会は、営業部全員参加となるだろう。他の課も気合を入れた出し物を用意してくるはずだ。僕たちも恥ずかしいものは出せない。
「我々は人数が4人しかいないので、団体芸をするにはちょっと分が悪いです。泣き系の出し物がいいと思うんですけどいかがですか?」確かに、歌や踊りといった団体芸であれば人数の多い第一営業課や第三営業課が有利だ。
「それでいいんじゃないか?」井上さんが同意する。僕もそれでいいと思う。
「君達、バク転とかできませんか?」突然課長が突拍子もないことを言い出した。僕たちがぽかんとしていると、「人数が少ないなら派手に動くしかないと思いますが」と人ごとのように言う。
「この体じゃあ、バク転はちょっと難しいですね」井上さんが、胸囲120センチの胸を手のひらで叩きながら言う。井上さんがデブではないが、元ラガーマンの名に恥じぬどっしり体形だ。「やはり泣き系がいいと思います」
「井上君。さっそく否定ですか?君はブレインストーミングのルール知ってますか?一番大事なのは否定しないことです。君のように否定していたらいい案なんて出ませんよ」いきなり来た。高野課長の嫌味攻撃だ。心配しながら井上さんを見ると「なるほど。さすが課長」と表面上は冷静を装ってくれた。仲が悪くとも井上さんもサラリーマンだ。上司の言うことに一応は納得したふりをする。「おい。議事録にちゃんと書いとけ!!」そして、苛立ちは下の者に持っていく。
「はい。書きました。『バク転』と・・・」丁寧にバク転と書く相馬。こいつもサラリーマンだ。
「近藤君は何かありませんか?君は若いんだからどんどん意見言ってください。そうしないと何も決まりませんから」今度は自分に振ってくる。正直まだ何も思いつかない。
「そうですね。ちょっと時間ください。相馬。何かないのか?」僕もやっぱりサラリーマンなので困ったら下に。だ。
「ええと、そうですね。メッセージビデオはどうですか?」
「どんなやつだ?」
「部長の写真とか、僕たちの写真とか、部長へのメッセージを編集して、泣ける音楽に乗せてムービーにして流すんです。選曲とメッセージ次第でいい感じに仕上がると思いますけど」
「それって、結婚式で流すみたいなやつ?」
「結婚式に出たことがないのであまりわからないですけど、たぶんそういうやつです」
「うん。いいじゃないですか。それで行きましょう」高野課長があっさりOKを出した。これは、意外に会議が早く終わるかもしれない。
「置きに行っている感はあるけど、大きく外すことはないだろうな」井上さんも一応納得のようだ。
「じゃあ、第二課の出し物はメッセージビデオの放映ということでいいですか?ええと。ここから具体的に決めないといけないことは、楽曲と写真のチョイス。あと、メッセージを何にするかと、尺をどのくらいにするかですね」
「尺は自然と決まってくるから後でいいよ。楽曲は難しいな。選曲のセンス次第で、感動作にも糞にもなるから」と僕。
「じゃあ、先にメッセージを書きますか?」相馬の言葉に対して、高野課長が「今ですか?」とやや面倒くさそうに言った。
「ええ、スケジュールもタイトですし、なるべく早いほうがいいです。メッセージは後で差し替えてもらってもいいんで」そう言って、みんなに紙を配った。
「いきなり書けって言われても難しいですね」高野課長はぶつぶつと言いながらもペンを握った。
「今の段階ではアテでいいのでお願いします」相馬にそう言われた後も、しばらく悩んでいたが、少しして、「よし、できました」と完了の意を表した。「俺も書けた」と井上さん。「俺も」と僕。
「ありがとうございます」といいながら全員のメッセージを回収し、それを見た相馬の顔に驚いた表情が浮かぶ。そして言葉失くした。
「どうしました?誰か恨み事でも書いてましたか?」呑気そうに言う課長に対し、「いえ、そういうわけではないですけれど」と言いつつ、やはりとまどった表情のままだ。
「どうした?」と僕。
「みんな書いてることが同じなんです」
みんなも相馬と同様に驚いた表情を浮かべ、顔を見合わせる。
「ええと、まず課長が『私はあのことを決して忘れません。ありがとうございました』次が井上さん。『部長。あのことは決して忘れません。ありがとうございました』そして、近藤さん『部長。大変お世話になりました。あのことは決して忘れません。ありがとうございました』そして、僕が『自分はあのことは決して忘れません』」
「これじゃあメッセージビデオは作れないな」井上さんがぶっきらぼうに言う。
「『あのこと』って言ってもみんな内容が違うでしょうから明確にしないと駄目ですね」と僕も同意する。しかし、高野課長が鋭く異を唱えた。
「そんな必要ないと思います。いいじゃないですか。そのままで。部長に伝わればいいんですよ。『あのこと』って書いとけば部長には伝わるでしょう」
「駄目ですよ。『あのこと』だけだと、悪いメッセージを含ませてるようにも取られかねません。見ている他の課の人も変に思うかも知れないですよ」
「みんなが尊敬する部長です。悪いメッセージが書かれてるなんて誰も思いません。このままで大丈夫です」高野課長はかたくなに意見を変えない。
「みんなが尊敬する部長ですか・・・」相馬がぽつりとつぶやく。
「何ですか?相馬君。何か言いたいことでもあるんですか?」と課長。
「本当にみんなが部長のことを尊敬してましたか?」相馬の問いかけにみんなが沈黙する。
「確かに悪い噂も聞こえてはきましたね」と僕。部屋が少し不穏な空気になってきた。
「そんなのただの噂です」高野課長が厳しく否定する。「近藤君。部長に失礼だと思いませんか?サラリーマンを長くやってると、特に人の上に立つと、悪い噂の一つ二つくらいは立ちます。どんなに人間が出来ていても、人当たりが良くっても全ての人に良く思われるなんてことはありえません」課長に言われたけれど、僕はどうも納得がいかない。
「特に間宮は部長のことをよく思っていなかったでしょうね」間宮という名前に、またみんなが沈黙する。
「みなさんが書いた『あのこと』って言うのは間宮のことなんじゃないですか?僕はそうです。確かに部長はいい上司だったし、人間もできていたと思います。でも間宮にしたことだけは僕は未だに納得できていません」
「部長は間宮君を真剣に指導していただけです。近藤君が思っているようなことは何もありません」
「指導で人が死ぬんですか?」と僕。
「そういうことだってあるかも知れません。しかし、そもそも間宮君が死んだ原因だって部長だっていう証拠はどこにもありません。他の原因で死んだ可能性だって十分あります。真相はもうわかりません。それを部長が原因であるかのように言うのは乱暴ですよ」
「どう見たって部長が原因ですよ」
「だから証拠はあるんですか?」
 証拠なんてない。僕が下を向いた時、「証拠ならありますよ」と相馬が言った。「証拠はあります。課長。井上さん」その言葉に井上さんが反応する。


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