どこの誰が最初に云ったのか、もうこの世に「世界再建計画」を知らない者はいなかった。名前の通りの計画で、人類を一度滅ぼし、世界を再建すると云う計画。私だって最初に聞いたときは驚いたものの、案外その計画は的を得ていた。
人類は、最早終わっている。 この先人類が生き続けていたところで、良いことなどなにひとつない。 そう、人類は一度終わりを迎えなければいけない。 人類は終わり、この世を動物たちの世の中に戻さなければいけない。 そうすれば、人間に代わる統治者が、今度はきっと、正しい統治をしてくれるに違いない。環境にも優しい、争いのない、闘いのない、そんな世界が出来るに違いない。
あと三日でこの日本も再建計画がはじまる。既に北アメリカとヨーロッパは全滅している。核保有国など危険な国から潰していくと云う話らしい。 再建計画の概要は簡単。人間をとにかく殺して殺して殺すだけ。危ない国はとっとと殺す。危なくない国も後に殺す。殺し終わったあとに自分たちも殺す。それだけ。 どこかの漫画なら、絶対に食い止めないといけない運動なんだろうけど、驚くべきは、この運動に肯定的な人間が世界的に大多数いると云うこと。情報操作されていると云う話も出たけど、そんなこともないらしい。みんなが死を受け止めていたなんて知らなかったけど、友達もそのまた友達も、別に死んだって良いと思っていたのだった。 でも国もずるいもので、国民が世界再建運動に反対できないような圧力をかけていたり、運動・キャンペーンをしてたりしていた。もしかしたらそう云うところが作用されているのかもしれない。
再建計画には爆弾をつかう。ただし爆弾は核爆弾以外のものを使用することになっていた。マーク77はナパーム爆弾ではないと云う論議も起こったが、別に核爆弾でなければなんであっても関係ないだろう、と云うことになると、それを使うことは承認された。 不思議な話だと思う。 核爆弾を使えば放射能が出るとかなんとかなんて、そこまで世界のことを考えられる知識を持っているのも、地球上では人類しかいないのに、人類は滅びなければいけないのかな。
ところで、世界再建計画には例外が存在する。 世界再建計画が終わっても、人類が滅びても、自分の命が枯れるまで、地球上の生命を観察出来る立場の人間をつくる、と云うのがこの計画には存在する。しかしそれも権利があるだけで、私はいつ死んでも良いと云うこと。 そう、それが私。なんの変哲もない一般高校生。会田みつ。高校生をやっていながら作家活動をするのを趣味として生きてきた私だったけど、腹を切りたくなるくらいの恥ずかしさを我慢してそれを有名な出版会社に投稿したところ、見事新人賞。口コミで私の小説は広まり、どこかでお偉いさんの目に留まったらしい。私の文章は、高校生の割には、あまりにも客観的なんだとか。その、物事を客観的に考えられる能力を買っての選考らしい。 だからってこんな役目、大役と云えば大役。別に私でなくても良いはずなのになぁ。
私は、飛行機に乗っていた。すごい、こんなのはじめて乗った、グリーンだ。 飛行機の客席に乗っているのは、四人。みんな知らない人。三人とは話したけど、みんながみんな私のことを知っていた。代わりに、私はみんなのことを知らなかった。仙台ちよ子さん、ドル柳★ベガさん、美濃剛太さん、そして会田みる。私が一番弱々しかった。 驚いたことに、全員が全員作家だった。こんなに多くの作家さんとはじめて会った。なんでも、選考した人が小説ファンだったとかなんとか……まぁ、それも、ドル柳さんの推論だけど。 仙台ちよ子さんとは会ってすぐに仲良くなった。いまも隣の席に座っている。本名は佐々岡よし、って云うらしいんだけど、名前が嫌いらしい。なんとなく判る。ドル柳さんはとても変わった人だった。ペンネームは教えてくれたけど本名は教えてくれなかった。美濃さんは対照的にすごく普通の人だった。会社員のようなスーツに、会社員のような髪型だった。 色んなスターと会って感動、のはずが、私の気分は晴れていなかった。 「……ぶぅ」 「あれぇ? みるちゃん、ご不満〜?」 「あ、仙台さん、聞いてましたか?」 間延びした仙台さんの言葉が、私に。 「聞いてたわぁ、とってもイヤそ〜なため息。どうしたのぉ? なにが不満なのぉ?」 「……そりゃあ、この計画ですよ」 私は、鬱陶しくそう応える。仙台さんは、ずうっとニコニコしていた。そのニコニコが、私にはよく判らなかった。 「だって私たち、この先どうするんですか? これを運転してるパイロットさんだってこの先死んじゃうんでしょうし、私……正直この先生きていこうって思えないんですよ」 「あらぁ、弱気なのねぇ」 「弱気って云うか、うーん……そうなんでしょうか?」 「自信がないのかしら? 自信もなにも、権利は貴女にあるんだから、この先どう生きるも死ぬも貴女の自由じゃない。世界再建計画の重役を任された気になってるならそれは違うわぁ、貴女は別に、貴女らしく生きたり死んだりすれば良いのよぉ。別に私は、貴女より強い立場にいる訳でもないしねぇー」 「……」 「私、貴女の文章を読んで思ったわぁ、これほどまでに残酷に、それでいて正確に物事を考えられる人間がいるものなんだなぁー、ってねぇ。私ひとりの見解だけど、貴女はそんじょそこらの人の脳味噌とは違うの。それなのに、そんなことで深く考えこむなんてぇ、馬鹿馬鹿しいと思わない? 。って……みるちゃん聞いてるぅ?」 「……」 「みるちゃん? みるちゃーん?」 「そうですか、そうですよね……私が間違ってました」 「……みるちゃん?」 「私、死にます」 「……えぇ?」 四人のうち、三人が驚いた声を挙げた。 「ちょっと……本気ぃ? みるちゃん」 「はい、本気です。今からパイロットさんにお願いして、一旦引き返して貰います。大丈夫です、皆さんに死んでもらおうとか、そう云う気はないので。私を降ろしてもらったら、すぐに飛び立ってもらって結構です」 「……」 「……」 「……」 沈黙が流れた。が、みるは空気を読まずに云う。 「……なにかいけませんでしたか?」 「……うぅん、でも、貴女やっぱり変わってるわぁ。どうしてそんな風に思ったの?」 「私は、私が今まで生きてきた人生が好きなんですよ。私はこの先、色んな作家さんと一緒に暮らして生きたいから本を書いてた訳じゃないんです。人々の死を客観的に見たいから本を書いていた訳じゃないんです。私は、私の一番大事な人に見て貰うために本を書いたんです」 「でも貴女の芸風じゃないじゃない。とても主観的な考えね」 「……そうかもしれません、でも、ちゃんと考えた結果です。私は、好きな人がいます。私は、好きな人のためにもっとたくさんお話したいんです。その人が死ぬのなら、これ以上客観的になる必要はありません」 「……陳腐ねぇ。死ぬのよ? 貴女。理解してるぅ?」 「大丈夫、死ぬことなんて、怖くありません」 それから私は、パイロットさんに云って引き返してもらった。パイロットさんは難なく了承してくれた。 飛行機は道路に着陸した。車は一台も走っていなかった。あと三時間で、爆弾が爆発する、そんな時間だった。 私を降ろして、飛行機は本当に行ってしまった。
私は、港へ走った。
港には一隻の船が船舶していた。これから船は人々を乗せて港から離れて行く。そして、国連軍の爆撃を受ける。 私は「ひまわり号」と云う船を捜した。「ひまわり号」に、私の目的はあった。 「ひまわり……ひまわり……ひまわり……あった!」 私は、船の乗り口がもうそろそろ閉まりそうだったところに、無理を云ってそこに乗せてもらった。私が其処に乗り込むと、何人か、特に同じ高校の人は私の顔を知っていて。ざわつく。 「あれ、会田みるじゃね?」 「うそっ、アイツ特権もらったんだろ?」 「ガセじゃね? どうせ高校生なんかに特権なんてもらえる訳ねぇんだよ」 「いや、ホントにもらったんだよ、アイツの本読んだか? 滅茶苦茶面白くてさ……」 「でも、いま乗り込んできたってことは、特権辞退して此処まできたのかもよ?」 「なんで?」 「知らないのかよ、アイツ六組の花岡のこと――」
「ナナミッ!」 私は、菜々美の後ろから彼女を大きな声で呼んだ。 菜々美が振り返った。 花岡菜々美。 私の大好きな菜々美。 私は、貴女のために死ぬ。 「……みるちゃん?」 「菜々美……っ!」 私は菜々美に抱きついた。 菜々美は私を受け止めてくれた。 「……みるちゃん」 「菜々美……間に合って良かった」 「みるちゃん……さっき飛行機乗ってたじゃん? 良いの?」 「良いのっ、菜々美が良いっ、菜々美がいないのは嫌っ」 「……みるちゃん」 「……」 「……」 「……ねぇ、みるちゃん」 「なに?」 「人、こっち見てる」 「良いの、見せ付けてやる」 「そう?」 「私は全然平気、菜々美は?」 「私も、全然平気」 そして私たちはキスを交わした。
生きることにおいてなにが起こるかなんて判らない、生きることにおいてなにが正しいことかなんて判らない。ただ、私が思うのは、この世に生まれてきた以上、私たちは自分たちの思うままに生きていかないといけないんだ。 私は菜々美が好き。菜々美も私を愛してくれた。それが私のなかで一番嬉しいことなんだったら、私は別に、飛行機に乗る必要なんてなかった。それが死ぬと云う結果に結びついていたとしても、私は後悔しない。 狂っていると誰かが云うだろうか、でも、誰かが狂っているかを決めるのもまた人。なにが正しいかなにが間違っているかなんて、人のこころの中にしかないことなんだ。
そうして、私たちは死んでいった。
…… …… ……
頭がオカシイからなのか、かなり書きやすかったです(・ω・`) 私の短編の中で一番振り返らずに書いたのがこの話かも
この中の登場人物で私がいるとしたら、きっと私はドル柳
…一言も喋ってないけど
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