「なにを書いていたんですか?」 「静音……いたの?」 「いましたよ、三十分くらい前から。一生懸命描かれてるようですから声を掛けるか迷ったんですけど」 「三十分、全然気付かなかったわ。何処にいたの?」 「其処のベンチに座ってました」 「……其処のベンチ、さっきペンキを塗り替えたばかりなのだけど」 「もう乾いていましたよ? レテさん」 「あれ、ほんと?」 「あらあら、一体何時から描いていたんですか? 随分熱中していましたけど」 「そう云えば、なんだか服の中がもの凄く暑い……本当に熱中してたみたい」 「着替えは必要ですか?」 「それじゃあ、お願い」 「判りました、それでは取ってきます」
「……失礼します」 「お帰り。ねぇ静音、今日の服はどんな色なの?」 「今日は青いドレスをお召しになってもらいます」 「其は、私がもう何十年も着ているドレスね」 「そうなんですか?」 「そうよ、世界中で戦争が起きててね、大変だったわあの頃」 「その頃はレテさんのご両親は生きていたんですか?」 「お母様だけは近くにいたけれど、お父様は戦争に行っていたわ、もっとも、夜だけね。それで帰って来なかった」 「帰って来なかったんですか?」 「そうよ、お母様も何年かして死んでしまって……何も見えないし何も出来ないから何十年も其処の棺桶で眠らざるを得なかったわ」 「レテさんは……最初は目が見えたんですよね?」 「えぇ、でも太陽に焼かれて、見えなくなってしまったの。小さい頃にね」 「今も十分小さいじゃないですか」 「失礼ねぇ、私はもう二百歳よ? 貴女なんてまだ、十五かそこらでしょ?」 「わたしは今年で十七になりました。もうレテさんはお婆さんなのか子供なのか判りませんね」 「仕方ないじゃない、ヴァンパイアは育ちが遅いんだから、四百歳にもなればナイス・バディよ」 「その頃にはもうわたしは生きていませんよ……っと、出来ました。とても良くお似合いですよ」 「ありがと。静音は人間だものね、私のナイス・バディを見せられないのは残念ね」 「本当にナイス・バディになるなんて限らないじゃないですか。それに、わたしは自分の体格には満足しているんで」 「どれ……うん、背はあんまり高くない……私より胸は……ある」 「あはは、もっと触っても良いですよ」 「い、いや遠慮しとく。本当に貴女って健康そうね」 「はいとても健康ですよ、レテさんが余計な病気を吸ってくれるから」 「貴女の血に余計な病気なんてないわ、とっても健康じゃない」 「それはそれは、ありがとうございます。レテさんは腰の細いところが素敵です」 「ば、ばかっ」 「他にもまだありますよ、髪も綺麗ですし……指も細いし……」 「あら? 髪を解いてくれるの?」 「あぁ、そうですね。それでは櫛を用意します」 「ありがと、お願いするわね」
「ほんと、レテさんの髪は綺麗ですね」 「そう? あんまり気をつけてるつもりはないけど」 「本当に……うらやましいです」 「私は、貴女が羨ましいわ」 「どうしてですか?」 「目は見えるでしょ? 太陽には焼かれない。水も怖くない。臭い物も平気。血なんて吸わなくても良い。おまけにナイス・バディ。私は貴女が羨ましいわ」 「わたしなんて全然ナイスボディじゃないですよ、それに、人間は人間で大変なんです」 「なにが?」 「うーん、レテさんには判らないと思いますので、云いません」 「なによそれ……」 「それに、わたしはレテさんを羨ましいと思うんですよ?」 「私が?」 「とても自由じゃないですか、すごく羨ましいです」 「貴女だって、私の面倒を見なければ自由じゃない」 「人間社会は色々決まりが多いんですよ、その分レテさんは、好きな時に絵を描いて、寝て起きて……わたしだってそんな風に生きたいです」 「なんだか、私、ぐぅたら星人みたいじゃない」 「良いじゃないですかぐぅたら星人、憧れます」 「貴女って変わってるわね……」 「レテさんほどじゃないですよ」 「うーむ……」
「静音」 「はい」 「静音……貴女も人間よね」 「はい、そうですよ」 「貴女はきっと、私より早く死ぬわ。多分だけど……それはそれは、とても早く死ぬでしょうね」 「はい」 「ねぇ、静音……静音は怖くないの? 貴女のその短い人生は、私なんかに使って良いの?」 「……どう云う意味ですか?」 「私なんかに構わないで、もっと他の友達がいるじゃない、別に良いのよ私なんて」 「うーん、それは確かにいますけど……」 「でしょう? どうせ私は棺桶で寝ていれば死なないんだから、もっと自分の好きなことをすれば良いじゃない」 「うーん……」 「ねぇ? どうなの?」 「……やっぱり駄目です」 「どうして?」 「だって、レテさんすぐ無理するから」 「……」 「寂しがり屋なのに寂しいって云わないし、なんでも自分で出来るって云ってなにも出来てないし、血を吸わないと起き上がれないのに吸わないでいようとしてるんですか?」 「だって、私は静音にも自分の時間を……!」 「それなら考えなくても。わたしが勝手に来てるだけですから、レテさんはなにも責任なんて感じなくて良いんです」 「静音……でも、でもね、静音だって……好きな人とか出来たら……」 「それなら、わたしの好きな人はレテさんですから」 「……!」 「あはは、レテさん真っ赤ですね」 「もう……!」 「だいじょうぶ、わたしはレテさんの側にいますよ。もしもわたしが死んだ時一人ぼっちになったレテさんが悲しく思わないように、レテさんの頭の中をわたしでいっぱいにしておきます」 「……すきにしなさい」 「はい、好きにします。わたし、優しいレテさんは大好きですから」 「私は、優しくなんてないわ……」 「優しいですよ。わたしの不味い血を、元気な美味しい血って云ってくれるし……」 「……」 「嬉しいです、嘘だって判ってても……」 「静音、別に私は嘘なんて――」 「最近心臓の調子が悪いんです、判ってます。きっと長くないんでしょう? ……血を吸ってるレテさんなら判りますもんね」 「……」 「でも、この短い間だけ、わたしはレテさんの側にいたいと思ってるんです。入院なんてしたらレテさんに会いに来れなくなってしまいます。そうなったらわたしには、耐えられません」 「静音……」 「ご迷惑でしょうか?」 「……好きに……しなさい」 「……はい」 「でもね……貴女の血は、美味しいわ。だから、一人ぼっちになったら……残念よ……」 「……」 「また貴女の血を呑ませてね? 判った?」 「……はいっ」
「レテさん、そう云えばなにを描いていたんですか?」 「鯨よ、大きな鯨。水に触れないし、海になんて行ったことがないから全部想像だけど……どう? 形になってるかしら?」 「はい、ちゃんと」
…… …… ……
ヴァンパイアと身体の弱い少女の話です。 今回、セリフだけと縛りを入れてやってみました。 難しいです。誰か手本を見せてほしいくらいです(・ω・`;)
でも執筆速度はたぶん自己新記録くらい短い(・ω・`;)
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