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作品名:uNDERSTANDING tO dISCRIMINATION 作者:雛蹴鞠

第1回   プリズム
「おはよっ♪」
「ん……おはよう」
 午前六時五十七分。平日のこの時間、私は彼女の声によって目を覚ます。
 空いたカーテンからは秋の日差しが差し込んできていた。とても眩しい。
 朝日が入るからと云って、東側の部屋を寝室にするのは考えものだ。
「ご飯とパン、どっちが良い?」
「……コーヒーが良い」
「うん、判った♪」
 彼女はパタパタとキッチンに戻ってしまう。ボーっとしていると再び彼女が起こしに来るので、私は無理矢理身体を起こし、やっとの思いで寝室を出た。
 朝は苦手。昔からこう。身体の先が寒い。寝返りを打った所為で足の先が布団からはみ出てたみたいだ。
 冷たい身体を温めるためにシャワーを浴びることにした。
「急いで浴びないと会社遅れちゃうよーっ?」
「判ってるーっ」

 私たちは毎朝同じ時間に同じマンションを出て、一緒に駅まで向かう。流石に手を繋いだりはしないけど、見る人が見たなら、きっと私たちの関係が、姉妹や親戚やただの友人じゃないことぐらい判るだろう。
 結婚はしてないけど、私たちは左手の薬指にお揃いの指輪をしている。当然だ。そう云う間柄なのだから。
「ねぇ、いち」これが私の名前。市子のいち。
「なに?」
「今日は何時くらいに帰って来るの?」
「うーん、一時か二時。展示会の準備で多分遅くなるかな。寝てて良いよ?」
「やだよ、起きてるよー。じゃあご飯は要らないね?」
「うん、ありがと、ミサ」これが彼女の名前、美佐子のミサ。
 ミサは優しい。ミサはなんでも出来る。ミサの良いところを挙げればキリがない。私は元々生粋のビアンじゃないから、男でもイケるんだけど、彼女はビアンの中のビアン。私なしじゃきっと生きていけない子だ。
 勿論、私だって彼女のことを愛している。普通の男なんかよりよっぽどマシ。ミサと一緒にいると楽しいし、ミサといると心が安らぐ。

 私とミサとの間に、女性同士と云うこと以外、なにも問題はない。



 私の会社の方がミサの会社より遠くにあるので、ミサは途中で電車を降りる。駅のホームのミサは、大きく手を振りながら私の視界から消えていった。
 ミサが見えなくなったところで、鞄を開けると、サンドウィッチが入っている。
 朝食を採らない私のために、毎朝ミサがつくってくれるサンドウィッチを、今日は食べることがあるだろうか。
 私は、パサパサになってしまったサンドウィッチがあまり好きではないのだ。

 会社に着いたならタイムカードを切って、職場のパソコンの前に座る。サンドウイッチを出してパソコンの隣に置き、私はキーボードを叩く。長い爪を切れと上司には云われるが、キーを叩く速度には変わりない。得意でもないし、苦手でもないから。
 今日の職場の雰囲気は重い、展示会前は大体いつもこうだ。新人の私はともかく、今日は上司までもが緊張した面持ち。私は展示会の資料を纏めているが、実際にスピーチすることはない。その分まぁ、他の人に比べて楽な仕事なのかも。
「サイタさん?」
「ん?」
 後ろからコーヒーを差し入れてくれたのは、同僚の黒木。向こうがどう思っているかなんて知る由もないが、好きでもないし嫌いでもない同僚。
 こう云う分類が的確。私が男っぽい女なら、彼女は女っぽい女。
「どうも」
「いえいえ」
 ニコニコ笑いながら、なのはいつもだけれど、彼女は云う。
「ね、前から気になってたんだけど聞いても良い?」
「どうぞ」
「このね、指輪なんだけどぉー、確かね? サイタさんって独身だったよねぇ?」
「はい」
「じゃあこれって、婚約指輪? あぁ、でも、サイタさんって彼氏いないんだよねぇ?」
「……そうですけど」
「ねぇ、これって一体なんでシてるの?」
「……別にイイじゃないですか」
 黒木は知っている。
 だから云っている。私をおちょくる為に。
「まぁ、イイけどー。職場にそう云うの持ち込むのって良くないんじゃない? あぁいや、わたしじゃなくて城野センパイがそうやって云ってるんだけどー」

 城野センパイは結婚してるし、そんなことを云うはずがない。

 なんて判りやすい作り話。それでいて、なんて面倒臭い作り話。この女はどうにかして私のこの指輪のことをおちょくりたいのだ。その似合ってないパーマに触れられるのは嫌がる癖に。
「黒木さんがイイならイイじゃないですか」
「あー、まーねー、でも結構他のセンパイにも評判悪いよー? サイタさんのそれー」

 ――ダッテ、サイタサンノユビワハ、オンナノコトノユビワナンデショ?

 言葉と云うのは、時に口にしなくても心に刺さることがある。雰囲気やら顔やら性格やらで、どう思ってるか判ってしまう。
 女の世界なんてこんなもの。除け者はイジメて、同じくらいの力の者は仲間、強い者にはプライドも捨てて尽くす。と云うかこれで判らなかったら、私は、女じゃないか、よっぽどのパソコンオタクだ。中高女子高で生活してきて女の常識が判らないなんて、そんな訳ない。
 いるのだ、こう云う女は、何処にでも。この女はその中でも、少しガキ臭くて露骨過ぎるけど。
「……外した方がイイですか?」
「あー、いや、外したくないなら外さなくてもイイんだよ? ただ、指輪だって云ってしまえばピアスとかと一緒じゃない。それなら多分外した方がイイんじゃないかなー、って思うんだー?」
 どっちなんだ? 別に、云い返したりはしないけれども。確かに私は我慢する、とは云え、話を聞くのは癪。オナニーに付き合うのなんて面倒臭い。寧ろどうして、香水の臭いをプンプンさせて、格好のイイ男には尻尾を振る、そんな女に私は足蹴にされなくてはいけないんだろう?

 世の中の同性愛に対する偏見は未だ面倒な位置にある。

 嫌いなブルガリからパソコンに顔の向きを戻し、私は、
「……じゃあ外します」
 仕方がないので云ってしまった。

 後から考えれば全くそんなことする必要なんて全くなかった。いちとの関係と職場での自分の立場、秤にかけてどっちが大事か、なんてとっくに決めたはずなのに。
 はぁ、と溜息を吐いて、腕をまわした。それだけで隣に座る同僚が窮屈そうに嫌がった。
 気分が塞いでしまうので、仕方がなく私は席を立つ。給湯室には確か、これまた、美味しくないコーヒーがあったはず。目蓋も眠気が冷め切ってない今の私には、ブラックがお似合いだろう。
 給湯室で一人、新調されたコーヒーメーカーで黒い液体を紙コップに注ぐ。注ぎすぎたので、少し味見。まずい。
 コーヒーのお供のお茶菓子もまずいのだけど、探してみる。別になくてもイイ、蛇足だけど。
 すると、一人の社員に話しかけられた。
「あ、サイタさん」
「堺田くん」
 堺田くんは、黒木と違って変なことは云わない、普通の、ちょっと面白い後輩。会社が終わりに一緒にご飯を食べに行ったりするくらいの、イイ飲み仲間。
「えと、お茶菓子どこ?」
「お茶菓子ですか? お茶菓子は……」
 云うと、堺田くんはすぐにお茶菓子を出してくれた。
「はい」
「あ、ありがと」
 ニッコリ笑いかけると、堺田くんは「あぁ、いや、その」と、ハッキリしない言葉を吐いて、私から目を逸らす。
「堺田くん?」
「あ、いえ、なんでも……ないです」
「?」
 私が堺田くんの顔を覗き込むと、堺田くんはさらに私の顔から目を背けた。
「んー?」
「……」
「んー……?」
「あ、そう、俺もコーヒー淹れに来たんでした」
 どうせ仕事に気乗りなどしていないので、私は堺田くんに話し掛けてしまう。
「ねぇ、堺田くん。さっき私になんか云いかけてなかった?」
「いえ、なにも?」
 どうもウソくさい。
「まぁ良いや、それじゃね」

 そう云うと、私は仕事に戻った。
 後々同僚に聞くと、彼はどうやら私に好意を持っているらしかった。コーヒー片手に聞いたのだが、なるほど、確かに以前飲み会に行った際にはやけに近い場所に座っていた。思い当たる節はあったが、どうにも気にしたことがなかった。
 本人から聞けなかったので少し不満はあったものの、学生時代あまりモテたことがなかったので、正直云って嬉しかった。面白いし、顔もまぁまぁだし、悪い気はしない。
 ランチくらいなら誘われたら行ってしまうかもしれない。
 なんて考えながら、今日もパサパサになってしまうまで忘れていたサンドウィッチをゴミ箱へ捨てた。



 帰りの電車に揺られながら考えごとをした。

 ミサと他の人間を秤にかけたことなんで今までなかったのだけれど、正直云って少し迷ってしまっていた。
 男が良いから、と云うこともないのだけれど、やはり私とミサでは女同士、エッチな話だけど、たまにソレが満足出来ないこともあるし、男の人が欲しくなったりもしてしまう。
 勿論、性的な理由だけで堺田くんが欲しい訳じゃない。実際堺田くんは面白いし、私の彼氏となってくれるにふさわしいと思う。ミサでは時々私の笑いのハードルには達しない。
 そして、なによりも、なのが、堺田くんとなら一緒にいても困らない、と云うこと。腕を組むのもそうだし、手を繋ぐのもそう。綺麗な夜景をバックにキスするのだって。ミサのことが好きか嫌いかはともかく、他人に見られたときのショックはミサといるときの方が大きい。今まで何度か体験したことがあったものの、正直云って我慢がギリギリだったことが私には何度かあった。

 ミサのことは真剣に好きだけど、女の子だけを愛する訳ではない私にとって、どうしてもミサといたくないときだってある。
 ワガママで自分勝手なのは確かだけど、あり方を考えなければいけないと思ったのは今に始まったことではない。多分、私が本当に一緒にいて楽しいと思えるのは、堺田くんと一緒にいるときなのかもしれない。



 と、考えながら帰宅すると、家には全く電気が点いていなかった。
 まだミサが帰ってきてないのかと思い、私は電気を点ける。

 ――違う、ミサは帰ってきていた。
 ただ、おかえりの一言も云えない理由と、部屋の電気を消していた理由は、すぐに理解出来た。

 ――なんだ、私、やっぱりミサのこと好きじゃないか。
 不謹慎なのかもしれないが、彼女のことを目にしたことでそう実感してしまった。
 堺田くんが私のことを好きだからなんだ。私と恋人なのはミサ以外いない。そんなことも判らないで今までくだらないことに悩んでいた自分が馬鹿馬鹿しくなった。 
 あぁ、私は今までどれだけ自分に都合良く生きてきたんだろうなぁ、だとか、あぁ、私はもっとミサのことを考えて生きていくことも出来たんだろうなぁ、だとか。後悔しだしたらキリがない。

「首吊り……」
 それ以外云い表す言葉もない。

 恐らく不器用な彼女だから、私になにも聞き出せなかったのだろう。もしかしたら、私に付きまとう堺田くんのことを浮気相手と勘違いしていたのかもしれない。パサパサのサンドウィッチをバレないように捨てていたことも知っていたのかもしれない。
 我慢していたのは、私じゃない、彼女の方。
 どうせなら私を殺してからにしてくれても良かったのに。そう考えるのに躊躇いはなかった。
 ミサに殺されるなら本望。今なら本気でそう思える。

 ひとしきり冷静になって考えたあと、ようやく涙が押し寄せた。今まで生きていた中で一番泣いた。
 遺書を見つけて、余計に泣いた。私のことを愛してくれたのが判って、さらに泣いた。
 まだ生ぬるい手を握ってあげると、握り返して来なかった。涙を拭うのも忘れて、ぶら下がる彼女を抱きしめた。
「ごめん……」
「ごめんね……」
「ごめん……」
「好き……」
「ホントに大好き……」
「考えてあげられなくてごめんね……」
「私でごめんね……」
「サンドウィッチ捨てちゃってごめんね……」
「指輪、外しててゴメンね……ホラ、いま付けたよ……?」
 答えない、ぶら下がる彼女を見て、私も電気のコードで首をくくった。
 ――あっちに行ったら彼女は私を許してくれるだろうか?

 判らないけど、行ってみよう。
 見えないなら、探ってみよう。

 ミサと同じ柱にコードを巻き付けたなら、私は、登っていた足場から飛び立った。




…… …… ……






あとから聞いたんですが、世のOLはフツウに金髪で指輪もピアスもして会社に行くんだとか。「ビアンだから」と苦し紛れに誤魔化してしまって苦笑(・ω・`;)


読んでくれた方に感謝(・ω・`)
それではまた


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