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夜中にめくるページと コースターの複雑な関係性について
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作品名:夜中にめくるページと コースターの複雑な関係性について
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作者:しまうま
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第1回
夜中にめくるページと コースターの複雑な関係性について@
僕は自分の人生を夜虫のようなものだと思っている。 それは僕の左斜め上空を飛びまわり、あざけ笑いながらひとつとして同じと ころに留まることもなく、ただ間違いなく僕のまわりを飛んでいる。 だから僕が歩けばその虫は必然的に移動することになり、僕と同じ景色を眺 めたり、かと思えば僕には見えない真後ろのほうを向いてたりするらしい。 「らしい」というのは、それは僕には見えないからだ。 できれば小難しい言葉は使いたくない。 例えばさきほど使ったばかりの「必然的」なんていうのも遠慮したい。 僕は自分の書くものを文学だとは思ってないし、文学ぶるつもりもない。 ただ僕にとって文学とは駅の階段などに貼られた矢印のマークのようなもの で、僕の目の前に忽然と存在し、僕の行くべき道を示してくれるというものな のだ。文学よ、ありがとう。 そうすると不思議なもので、文学のほうからすり寄ってきてくれたりするか もしれないじゃないか。 そういえば芭蕉的俳諧が第二芸術論なるものに「日本の近代文学のさまたげ」 などと揶揄されたときに高浜虚子はこう答えたらしい。 「俳句なんてものはそもそも第十三芸術くらいのものだと思っていた。庶民 の詩である俳句が第二芸術までいったのか、よしよし」 文学そのもの、も人によっては同じことが言えるのかもしれないし、違うか もしれない。 昨年はレヴィ・ストロースが死に、今年はサリンジャーが死んだ。 一人は百歳で、もう一人は九十一歳で。 僕はそのあいだもひたすら馬鹿のひとつ覚えみたいに彼らのまわりを飛びま わっている。そのように、まるで対話するかのようにしてこれから僕は書いて いきたいと思う。
そしてもうひとつ大事なことがある。 僕は夜虫というものをまるで知らない。
*
話は僕が電車に乗っているところから始まる。 西武池袋線の各駅停車にて、僕は平日の午後の街を見下ろしていた。 ぼんやりと電線の下にある街は「町」でも「まち」でもなく、やはり街とい う気がする。 僕は電線の上を渡る遊びを考えてみる。 「そんなことしてどうするの?」 と名前の知らない友達が僕に聞いた。 「わからないけど、なんかおもしろそうだろ」 と僕は返した。 やっかいなことに僕は友達の名前を聞きそびれていた。 これはまずい。 まさか今さら 「ごめん、君の名前ってなんだっけ」 と聞くのも間抜けすぎる。 さらにまずいことに一度タイミングを逃すとなかなか聞きづらいもので、結 局は今のいままで僕はその友達の名前を知らないで遊んでいることになる。 「ところでさっきからやたらと接続詞や指示語が多く出てるけどだいじょう ぶ?」 「いいんだ。確かに僕は文章において接続詞の多出を避けてきたけれど、そ もそもこれは文学なんていう高尚なものでもないし、小説ですらないかもしれ ないんだから」 彼(性別もはっきりしないけどその友達はなんとなく男のような気がするの で「彼」ということにする)は 「ふぅん、そんなものかね」 と言って、隣で吊り輪をつかんでぶらぶらと身体を揺らしながら、僕と一緒 に街を眺めている。 僕はそのあいだも目では電線を渡っていた。 江古田は電信柱が少ないせいで渡るのに苦労する。 これが高田馬場辺りであればもっとうまくいったのに。 「ほらまた。体言止めであったり、言葉の言いかけで文末を結ぶことを中途 半端にやるとよくないよ。そんなんだから彼女の一つも出来ないんだよ」 「うるさいな」 今のうちに言っておくけれど彼は『海辺のカフカ』における「カラスとよば れる少年」でもなければ『ピアニッシモ』における「カオル」でもない。 彼は歴然と存在している。 「ところで仕事はどうするの? まだ見つからないの? それとも見つけて ないの? もしかして探してないの?」 「うるさいな」 僕は絶賛求職中だった。 この前急に自分を探してみたくなったので社長室へ行き、えらそうに革張り の椅子の上でふんぞりかえっている社長のおでこにぴたんと「退職届」を貼り つけて帰ってきたのだとでも言えば、さすらいの風来坊みたいでかっこいいか もしれない。 現実はというと、なんだかいろいろが面倒くさくなって会社に行く気がなく なり、だらだらと家で寝ていたらいつの間にかクビになっていた。 そもそも僕は社長室が何処かも知らない。 退職する正式な手続きもすっ飛ばしたために失業保険も降りなかった。 「仕事は探してるよ。なかなか合う条件がなくてね」 「ぜいたく言ってら」 嘘だった。 本当はちっとも探してなんかいない。 いや、一応はインターネットなるものを駆使して求人サイトにアクセスはす るのだけれど、気がつけば画面は賃貸物件などの住宅情報サイトに切り替わり、 引っ越しする勇気も気力も費用もないくせに間取り図と睨めっこをしながら 「ここはちょっとキッチンが狭いなぁ、二口コンロじゃないとな」 とか 「南向きじゃないのはまだいいとしてベランダがないのはきついな」 とか 「コンビニが近いけど通りがうるさそうだな」 とか文句を言っているという事態になっている。 家賃などから生活費用を算出したりもする。 とても不思議なことではあるが、それはおそらく住宅情報には何らかの魔法 がかかっているせいで、僕の時間はそれに奪い取られてしまったのだと考えれ ば説明がつく。 やがて電車は池袋駅に着いた。 僕はさっさと降りて後ろを振り返ると、彼はくるくるとバレエダンサーのよ うに、それほど優雅ではないけれど回りながら僕のあとをついてくる。 僕は止まった。 「どうした?」 「迷った」 池袋駅は僕にはちょっと広すぎた。
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