夜、彼女の家に向かっている途中、公園のきのこが回っているのを見た。公園の入口
にある、二つ並んだ車止めのきのこだ。子供が好んで腰かけそうな、上が平らなエリン
ギ型のきのこ。通りすがりの人は、立ち止まっている僕をちらっとみて追い越して行っ
たりする。きのこは中心を回転軸にして回っているから、よく見ないと回っているのか
止まっているのかわからないのだ。僕は眼を凝らす。きのこは回っている。普段はざら
ざらしたコンクリートのきのこなのに、縦に走る筋は繊細で、笠のふちっこは花びらみ
たいに柔らかく傷つきやすい。それがドレスのようにわずかに波打っている。そしてき
のこは少しずつ移動している。僕の正面に居たはずなのに、かすかに右にずれて、遠ざ
かっている。公園の中に入っていく。僕はそのまま隣のコンビニに入り、ビールと柿ピ
ーを買う。コンビニは明るく、店員はクリアな笑顔を向けてくる。袋をさげて公園のベ
ンチに座る。足をひらいてその上に肘を乗せ、柿ピーを食べながらきのこを観察する。
柿の種、ピーナッツ、柿の種、ピーナッツ、辛い甘い辛い甘い。外灯は汚れて黄色く光
っている。向こうの方を猫が走って行った。時々後ろの通りを歩いて行く人の声がす
る。でもとても静かだ。きのこたちはうんっと弾みをつけて滑り台の上にのぼる。回転
してるのかわからないくらい高速で回る。笠を目一杯のばして、遠心力で飛んでいるの
だ。ヘリコプターみたいに、下の土ころを飛び散らして浮き上がる。それからごりごり
ざざざと音を立てて滑り台を滑る。着地するときには、僕のところにまで振動が来る。
太鼓をたたいた時みたいに。柿ピーはいくら食べてもなくならない。もとからそういう
食べ物だ。僕は時々ビールを飲む。ごくりと喉仏が動くのがわかる。それからまた柿ピ
ーを食べる。きのこたちは滑り台に飽きたのか、僕の方に来る。遠くでサイレンが鳴る
のが少しだけ聞こえる。僕は柿の種を地面に放ってやる。きのこはジャンプして逆立ち
し、笠でごりごり地面を移動する。移動し終わって逆立ちをやめた時には、柿の種はな
くなっている。笠の方を向けて柿の種を放ってやると、中央の口がぐわっと開く。こん
なに暗いのに、真っ赤な口の中ははっきり見える。ぬらぬら光った喉と、白くてぎざぎ
ざした、秩序のない歯が見える。僕は二匹に順番に、柿の種とピーナッツを投げてや
る。柿の種柿の種、ピーナッツピーナッツ、柿の種柿の種、ピーナッツピーナッツ、辛
い辛い甘い甘い辛い辛い甘い甘い。袋の中身が尽きてしまうんじゃないかと、ふと不安
になる。きのこはがりぽりと骨を砕くような音を立てて柿ピーを食べる。ビールは多分
好きじゃないだろう。柿の種とピーナッツを投げるペースがだんだんゆっくりになる。
でもきのこたちはどんどん腹を減らしていく。口を、はぜたザクロみたいに一杯開けて
は閉じる、その度にたぷんたぷんと音がする。僕は片方に柿の種を、片方にピーナッツ
を与え続けることにする。柿の種、ピーナッツ、柿の種、ピーナッツ。案の定、きのこ
たちはすぐに飽きてしまった。上半身を曲げたり伸ばしたりしながら、持ち場に戻って
いく。僕はビールの缶をゴミ箱に捨てて、彼女の家に向かう。彼女はいつだって賢いの
だ。
|
|