そして、ある日、また以前のように薫が譜面を落として行く
恵太 『あの、落としましたよ』
薫 『あっ、すみません。ありがとうございます』
手渡す恵太に薫が
薫 『・・・この前も拾って下さった方ですか?』と切り出す
恵太 『・・・』
薫 『すみません、変な人と思われたでしょうね。 シャンプーの匂いが同じでしたからつい、すみません』
そこからだった、薫と恵(めぐみ)との出会いは
何回か挨拶を交わすとういうか、声をかけるうちに、 薫と面識がある人になった でもどうしても、恵太だと名乗れず、恵をめぐみとよんで、名乗った
薫は苗字と思ったらしく、恵さんとおっしゃるの? 何をなさっているの?と聞くから、思わず課長と答えたら・・・ 薫は恵課長さんはと自分の事を呼ぶようになった
見えない薫についた嘘 でも恵太だなんて言えない
自分が恵太だと知ったら、薫がどんな反応をしめすか恐かった
『恵ちゃんなの?なぁんだ』と言われるのが恐かったのかもしれない
何もなかったかのように、笑顔で久しぶりねと言われるのが恐かった
だから、毎週水曜日薫の前では「恵課長」になる
演じた自分がいつの間にか薫に、バリバリ一線で働いていた頃の 話ばかりをしていた
薫は恵課長さんはすごいんですねと黙ってずっと聞いてくれた
薫を見返す為に、がむしゃらに働いた過去の栄光を 今の自分が語るのは辛かったが、あんなにやる気をなくし、 生きていくのに疲れてたのが嘘のように、薫との一時が 退屈な毎日の特効薬となった
毎週薫と会う、水曜日が楽しみで楽しみで待ち焦がれるようになった
そして会ううちに自分が今も昔も変らず薫を愛していると実感した
でも、どうしても失明したことを聞けずにいた
薫の今はあまり知らなくて、薫は自分の話はいいから、 恵課長さんの話を聞かせて下さい、楽しいですと 自分の事を話したがらなかったからだ
最初は気になったが、今は現在の薫に興味があり、 そんな薫に好意を抱いている自分がいることを否定できなかった
やはり自分には薫しかいない
薫の為にもう一度働いて、もう一度頑張ってみたい
日に日にそんな思いが強くなり、薫と会う日以外は、 再就職活動もした
そして、小さな会社だが、一から営業をする仕事を見つけた
新しい一歩を踏み出すにあたり、 そんな自分の傍に薫がいてくれたらなと強く思うようになった
今日は薫に付き合って欲しいと告げよう
そして薫が受け入れてくれたら、
その時は自分が恵太だと名乗ろう
受け入れてくれたなら・・・
恵太と名乗ろう・・・
名乗りたい、恵太だと・・・
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