あれは、確かに薫。でも自分の知っている薫とは違う 薫は、服装も今より全然派手だったし、 化粧もバッチリメイクで茶髪だった ミニスカートをはいても、足をかくすロングスカートを はくことはなかった そんな薫が、今は髪は黒く、化粧もナチュラルメイクで控え目で 服装もどちらかというと地味で目立たなく そして何より視力を失っている 自分と気付かれなかったのはショックだが、姿も見えず、 声は長年の労働でかれはてて、自分とわかれというのが 無理だろう わかったところで、今の自分を見たら、薫じゃなくても、 落胆するだろう 今の自分を見られたかったか?そんなわけがない 目の見えない薫の現状に少しホッとした自分がいた 髪には白髪もまざり、無精髭、びしっと決めてたスーツはしわしわ クビになってから、意味もなく町をさまよい、バリバリ働いていた頃の 面影すらない
とは言っても薫がバリバリ働く自分を想像できることもないのだが… 薫と付き合っていた頃は、まだ働きだした頃で、仕事より薫といたい、 薫にとってただの都合のいい優しいだけの男だった だから、薫に会うことがあるなら、課長と呼ばれていた、誰からも 尊敬される男としての自分を見せつけてやりたかった 最初はそのためだけに、がむしゃらに仕事をして、薫を忘れるために のしあがった それがだんだん、やればやるほど成果の出る営業に没頭し、人を 蹴落としながら、人を使って働く事に快感を覚え、仕事一筋の毎日だった
それなのに、たった1回の商談ミスで、会社は、自分をあっさり切り捨て、 若い野心にあふれる後輩に課長を任せ、そいつのサポートにまわるように 指示をしてきた
事実上、「君は必要ない」と言われたようなものだった
それは、自分がのしあがる為に、散々人にしてきたことだったが、 自分がやられるようになるとは思ってもみなかった
それぐらい、自分に自信もあったし、誰よりも上にたてると自負していた 自分が会社にとって必要ないと知り、そのことで、路上で見ず知らずの男 と喧嘩になり、警察を呼ばれ、気がつけば、会社に席はなかった
そんな自分の現状を受け入れられず、次の仕事を見つけることもなく、 毎日スーツを着て、ビジネス街をうろつき・・・そして、今日薫に会った
あんなに変った薫だったのに 自分が愛していた薫とは全然違う薫なのに 薫が頭から離れない そのぐらい薫は自分にとって大きな存在の女だったのだと、年月がたった 今更再確認だ
恵太 『・・・会うのが遅いよ・・・薫・・・』 ボソッとベンチに座りながら呟く
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