この瞬間が一番嫌いだ。 「あれ」を口に入れた瞬間が。
なんともいえぬ匂いがする。
・・・嫌いだ。
少女は空を見上げ思った。 少女がいる部屋の中、唯一外の世界は「空」。
「鳥になりたいなど言わん・・・だがな、」 「だが一度でもいい。外に出たい。外とはどんなものなのだ?」 「外は・・・・濁ってないのだろうか。」
少女の自問自答はただただ虚しいだけ。 少女は部屋の中心にある噴水に近づき、自分の顔を水に映す。
「・・・不細工。」
忌々しく現実しか映さない無能な水鏡など割ってしまいたい。 少女は水を激しく揺らす。 波打った水面はそれを嘲笑うかのように再び少女の顔を映す。
急に叫び声の様な大袈裟な音が鳴る。 部屋の鍵が開いて誰か入ってきたようだ。
「姫様、新しい召し物を持ってきましたわ。」
「・・・鳰(にお)?」 「はい。におで御座いますよ、姫様。ささっ着替えてくださいませ。」
鳰と呼ばれた女は少女の赤い着物を慣れた手つきで脱がし、白い着物を羽織らせた。
「鳰?鳰は私のことどう思う。」 「どう思う・・・ですか?姫様は美しくて優しくて、にお大好きですわ。」
「美しい・・・?」 「はい、とっても。」
女は少し照れながら笑っている。
「鳰。私はお前が羨ましい。」
少女はそっぽを向いて歩き出し、遠くから女・鳰を見つめた。
「あれ?姫様?あの・・・どこに・・・」
鳰は赤い着物を強く握り、きょろつき始めた。 その内鳰は姫を諦めたようで、部屋の外に出て行った。
鍵の閉まる音が大袈裟に鳴る。
「鳰。お前が羨ましいよ。お前は空想の中で生きられるのだからな。」
少女はまた空を見上げた。
ズルッ
「ん?」
鍵を閉めた鳰は自分の持っている着物のほうに目を向けた。
「今日の人、穢れ・・・重いなぁ。さぞかし黒くて真っ赤なんだろうなぁ。」 「でもにおはそんなの見たくないし、見れないもん。ふふっ」
着物を握った手に紅い液体がたれた。
■
鍵が開く。
部屋に入ってきたのは女と男。 珍しそうに部屋を見回し、最後に少女に視線を合わせた。
「あなたが穢姫?」 「そうだ。他に誰がいる。」
女と男は互いに顔を見合わせる。
「こんな小さな童(わっぱ)が生き神様なんて・・・」 「しっ聞こえたらどうするのよ、ほら。」
女に叱られ男は仕切りなおしというばかりに咳払いし、話始めた。
「・・・姫様に会えるなんて光栄です。そのお願いなのですが・・・」 「そんなこと言わなくとも分かるわ。さっそく始めるぞ。」
女と男は顔を見合わせた。今度は安堵した表情で。
「さぁその男(お)の子を寄こせ。そうしないとできるものもできないぞ。」 「そうですね。・・・さぁ行きなさい。」
「・・・や・・・嫌だよ」
女の手にしがみ付く子供が声を絞り出す。 震えた体に青い顔。普通なら優しい言葉をかけるべきだろう。 だが女の柔らかく慈愛に満ちた表情が鬼のように変わった。
「何度言ったら分かるの!?あんたはここで穢れを祓って貰うのよ!!」 「・・・嫌だよ、かか様・・・怖いよ・・・」 「駄目よ!!姫様の前で駄々を捏ねるのは止めなさい!!みっともない!!」
子供は何度振り払われようとも女の手にすがった。 涙など流さない。涙などは、流せない。そんな余裕この子供には、ない。
「今度からっ・・・・いい子にする・・からっ・・・」
絞り出す言葉と一緒に涎(よだれ)も出てくる。 それは涙の代わりに出てるのか、止めどなく流れる。
「二度としないから・・・ね・・・かか様・・・とと様っ」 「だからっ・・・みみ見捨てないで・・・助けて・・・」
女は子供の手を振り払うのをやめた。
「かか・・・様?」 「大丈夫よ・・・・見捨てたりしないわ」
子供は女の顔を見つめ、そして現れた希望を確かめようとする。 だが子供が確かめの言葉を発する間も無く、女は子供を少女の前に投げ飛ばした。
「うっ」
「大丈夫。大丈夫よ。」
「かか・・・様・・・?」
少女は手に持った斧を振り上げる。
「次も私達の子として産んであげるからね。」
女の顔は慈愛に満ちー・・・
ど ちゅ
あぁ嫌だ。嫌だ。
「・・・姫様このたび有り難う御座います。」
女と男はふかぶかと礼をし、笑顔で言った。
「あの子は来世で現世の穢れ無しに生まれ変わることができます。」 「そう・・・よかったな。でもまだすんでない。」
血の付いた冷たい顔、少女は床に倒れてる子供の側に座り込んだ。
「・・・おい。まだいるつもりか?これは常人には辛いぞ。」
女と男はまだ笑顔だ。
「いえ、大丈夫です。最後まで見たいのです。」
あぁ嫌だ。何が常人だ。 少女は二人を睨む。
「?姫様?なにか?」
こいつら狂ってる。
そう思いながら少女は悲しくなった。
私も・・・狂ってる。 こんなことをして狂わないのが狂ってる証拠だ。
手を伸ばし食らいつく。 そうして少女は一番嫌いな瞬間に耐える。
この瞬間が一番嫌いだ。 「あれ」を口に入れた瞬間が。
なんともいえぬ匂いがする。
・・・嫌いだ。
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