架空の残業。 架空の休日出勤。
翔ちゃんとの時間を作るために。 言い訳は、増えていく一方だった。
「人事で、人が少なくなったから。」 「会社が、事業の拡大を図ってるから。」 「自分の成績を上げたいから。」
あっちゃんは、これらの言い訳を。 どう思っていただろう。
そして私は。 翔ちゃんと一緒に過ごす時間が増えるたび。 夢中になっていった。
車に乗れば、手をつなぎ。 外を歩けば、腕を組んだ。
季節は春になった。
今日は、架空の休日出勤・デート。 朝一で待ち合わせ。 「今日は、ビール工場に行こう。」と翔ちゃんが言う。 「うわ!いいね。テンション上がるー!」 「出来立てが、飲めるぜ。」 「ちょっと、時間が早いかな。」 「遠回りして調整しよう。昼飯はジンギスカンだ。」
車を走らせると。 街が消え、景色は変わり木々が増える。
「新緑もキレイだろー?」 「へっ?」 「天気もいいしサ。」 「翔ちゃんて、新緑がキレイ。なんて感性あるんだ〜?」 「ナンだよ?」 「だって。全然、そーいうタイプに見えないよ?」
私は半分、からかって窓の外を見た。
「そーだね。太陽の光が新しい葉に反射して、キレイ。」 「だろーーー?外に出れば、空気も旨いぜ。」
やっぱり、そんなこと言う人に見えない。 社内にいる時は、上司顔。 そのギャップに。 思わず、笑った。
到着して駐車場に車を止め、工場内へ入ると係りの人が大きな声で言う。 「ドライバーの方は、シールを胸に付けてください!」 「飲酒されるのは、シールを付けてない方だけで。お願いします!」 促されてシールを付ける翔ちゃん。 「仕方ないよな。…覚悟してたし。」
歩きながら、私は黙って。 翔ちゃんの胸からシールを外した。 「ほら。コレで、送迎バスで来た人達と同じ。」
続けて言った。 「あ、でも。泡だけね!」 と、ニヤケて見せた。 「子供みたいな事をするな。」と、翔ちゃんが笑う。
海の見えるレストランと、出来たてのビール。 ジンギスカンと、楽しい会話と、目の前の大好きな笑顔。 こんな日は、特に離れるのが辛かった。 夕方、部屋の近くで車が止まる。
私は翔ちゃんの手を握った。
「もう、戻らないと。マズイだろ?」 「ん。。。」 「ほら、また明日。」 翔ちゃんの手が滑る様に離れる。
「今日は、ありがとう。明日ね。」 私は車を降りて。走り去るのを見送った。
心があっちゃんへ、スライドする。 「ただいま。」 あっちゃんは、出掛けて帰っていなかった。 カバンを置いた時、メールが入った。 [ まだ仕事?] あっちゃんだ。
[ 今、帰ったとこ。] [ コッチも、もう帰るけど。晩飯どうする?] [ まだ考えてないし、買い物もしてない。] [ じゃ、近くのスーパーで待ち合わせて。簡単に作るか?] [ そうだね。今から行くよ。] [ OK ]
あっちゃんと顔を合わせると。 簡単に。 『あっちゃんとの自分』に、戻れるようになっていた。
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