この世界がどれだけ下らないか、そんなことを語るのはとても簡単なことだった。 人を見下して、哂いながら、酒を飲む。それが仕事終わりの唯一の楽しみだった。そんなことしか、楽しみがなかった。 だけど今、楽しみと言えるものはなにひとつとしてない。 住んでいた東京某所の高級マンションから、地図上ではゴマ粒より小さな島へと越してきて三日目。海と山に囲まれたこの小さな島で、青年・西嶋圭はアパートの自室でぼんやりと外を眺めていた。 歳はまだ二十五歳。男前でもなく、悪い顔でもなく、極々平凡な顔。背は高く体つきもわりとしっかりしているが、印象としてはやや頼りない感じがする。それは彼がいつも覇気のない顔―――というか、つまらなさそうな顔をしているからだろう。 「おい兄ちゃん。相変わらず暗い顔してんなぁ、大丈夫か?」 ふと、声がかかる。 視線を地上にずらせば、裏庭の畑で作業をしている男が笑っていた。 歳は今年で三十五歳の、小柄な男。髪はいつも寝ぐせだらけで服装はつなぎの作業着。お世辞にも清潔とは言い難い男である。 「なにしてるんですか、一体」 「なにって、トマトの収穫だよ。今夜の晩ご飯。期待しとけよ、美味いもん食わせてやっからな」 男はそう言うと、また農作業に戻った。 あの男の名は、千寿院音光―――職業は、不明である。 普段はずっと部屋にこもって怪しげな発明品を作り続けているが、それが仕事なのかどうかはわからない。ただ言えることは、その発明品が、安全ではないことである。なぜなら、昼夜問わずよく爆音を轟かせているから。 そしてこの日も―――隣の部屋から突然爆音が轟き窓から黒煙が噴き出してきた。 「うわ! しまった、またショートしやがったのかっ?」 音光が慌てて立ち上がり、しかし別に急ぐわけでもなく、なんだか少し面倒くさそうに頭を掻きながらのらりくらりと歩き出した。 本当に一体、彼はなんの仕事をしているのだろうか。 いや、そもそも仕事をしているのだろうか。そんな疑問が浮かんだが、どうでもいいことだと思って再び窓の外に目を向けた。 そう。どうだっていいこと。この世界で起こってることなんて、全部どうだっていいこと。戦争だって、政治のことだって、隣人のことだって、全部どうだっていいことだった。気にしても仕方がないし、気にするだけ疲れてしまうから。なにも気にしなければ、それだけで少しは楽に生きれるんじゃないかと思うのだ。 「面倒くさい………」 呟いて、ぼんやりと空を見る。 誰とも関わらずに、ただ一人きりで生きていく。これ以上に楽なことなどあるだろうか、幸せな事があるだろうか。虚しいとか哀しいとか言われても、誰かに関わって痛い目をみるくらいなら徹底した守りだけの生き方だっていいじゃないか。それを間違いだなんて、誰が断言できるだろうか。 そう。 人は皆、弱い生き物なのだ。 だから、そんな選択肢だって必要なのだ。 だから、それを誰かに否定されたくはない。 そう、そういう生き方だって悪くはないのだ。 だから、そんな生き方を選んでこの島にやってきた。 今日も明日もずっとずっと、一人きりで生きていくために。
|
|