ドードリ川はちゃいろい泥水をごうごうと流していた。昨日の大雨のせいだ。かんちゃんのばあちゃんは「テーボーがケッカイする」と言ってかんちゃんのおかあちゃんを困らせた。「にげよう、にげよう」と言って風呂敷包み片手に嵐の中を出ようとしたからだ。朝になって帰ってきたかんちゃんのおとうちゃんはそれでばあちゃんを叱りつけた。「むかしといっしょにするんじゃなかっ」と朝食の場で怒鳴りっぱなしだったし、ばあちゃんもばあちゃんで「それで川にのみこまれたらどうする」とがらがらした声で怒っていた。てっちゃんのおかあちゃんは何も言わずにちらちらと2人を見ているだけだった。だからかんちゃんは朝食に出た大好物のウインナーが出てもあんまりおいしくなかった。もそもそと食べるごはんはまずいとかんちゃんは知っている。 ドードリ川がどうして『ドードリ』なのかは、かんちゃんの隣りで橋の欄干にもたれて川を見下ろしているてっちゃんが教えてくれた。『かいしゃでいちばんえらいひと』の名前らしい。「おまえ、そんなこともしらないのかよ」とかんちゃんは笑った。あんまり腹が立ったのでてっちゃんがかんちゃんを殴ると、それがあとでかんちゃんのおかあちゃんがてっちゃんの家に怒鳴りこんできたのだった。それ以来てっちゃんとかんちゃんは遊ばなくなった。今日、朝食を食べ終えたてっちゃんとかんちゃんが橋の上に並んで川を眺めているのは偶然だった。先に橋にいたかんちゃんにてっちゃんは足を止めたけど、そのまま足を進めて橋の真ん中から川を眺めた。どうしてもそこがよかった。かんちゃんがいたって構わなかった。 ごうごう言いながら茶色い水を溢れかえらせるドードリ川は、橋の直ぐ下まで水域を高めていた。泥の匂いと冷たい空気が下から湧きあがって、てっちゃんは水が臭いと思った。 「ばあちゃんが、ドードリ川はむかし、とりのかたちににていたからつけられたんだって」 「うそだね」 かんちゃんは一言そう言った。てっちゃんは黙って下唇を噛んだ。 「ドードリってトリのなまえがつけられたんだよ」 かんちゃんはまた言って、てっちゃんは黙ったままだった。 「ふうん」といった声は川の濁流が呑みこんだ。 ごうごう、ごうごうと泥水は流れ続ける。冷たい曇り空とくすんだ山の緑を遠くに眺めた景色にてっちゃんとかんちゃんが溶け込もうとしだした頃、先に気付いたのはてっちゃんだった。 2人がいる橋のたもとを近所の子が通ろうとしていた。その子はてっちゃんたちとはあんまり話したことはない、大人しい子だ。 「あいつもみにきたんかな」 「まさか」 かんちゃんは首を振ったが、誰も通らない橋に来た珍しさにたもとの方へ眼をやっている。てっちゃんもそうしていた。その子は2人にまだ気づいていないようだった。てっちゃんたちがそのまま見ていると車道から車が通ってきた。四角くて大きな車だ。車は橋のたもとで停まった。それは近所の子の側だった。開いた窓から出た手が、その子においでと手を振っている。近所の子は急に来た道を走って、結局橋を渡らなかった。車だけが橋を渡っていった。 「なんだあれ」 「しらね」 てっちゃんとかんちゃんはもう川を見るのも飽きていた。てっちゃんが橋の欄干から体を離して歩き出すと、かんちゃんも同じ方向を歩きだした。てっちゃんは後ろにかんちゃんがいるのに気付いていた。でも、なんにも言わなかった。 「なあ、さっきのなんだとおもう」 「おじさんじゃない」 「ちげえよ、あれはここらでしんだゆうれいだよ」 「そんなわけないよ」 「ほんとうだよ。おまえしらねぇの?」 てっちゃんが横をみるとかんちゃんはにやりと笑っている。てっちゃんはじろっとかんちゃんを睨んだ。 「おまえ、ゆうれいがこわいんだろう」 言うなりかんちゃんが走りだし、てっちゃんはその後を追いかけた。 ごうごう流れたドードリ川のせいで、てっちゃんとこうちゃんの会話はそこから聞きとれなくなった。
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