口の中が妙に甘い。 やっぱりシロップを入れるんじゃなかった。ヒロキはそう後悔していたが、同席した相手の気配りを遠慮することなんて出来ずに彼は黙ってアイスコーヒーにシロップを落とされるのを感謝するだけだった。隣のテーブルで何度も席を立ってはシュガーレスのスティックをいれる若い女を眼で追わずに見ながら、ヒロキは相手の話に相槌をうっていた。 シャツの袖口を捲った相手は話に手ぶりを付けながらなにか大きいようで小さいような話を次々に展開していき、ヒロキがそれに相槌を言葉でうつ合間もさらに言葉をかぶせてダンプカーのように喋っていった。 カフェを出てすぐにある改札口を颯爽とした姿で通り抜ける相手に辞儀をして見送るあいだも、口にある冷たい甘さはしつこい。人工甘味料をばかすか入れていたあの女の舌を思いながら見送る相手の背が消失するまでヒロキはそこにいた。 あれではまだ足りない。もっとと命令しているのはあの女の脳みそだ。 取り出した携帯電話に短いメールを打つ間、邪魔な位置に立つヒロキを改札口から出てきた人はじろっと見たがヒロキは彼らを見ていなかった。肩をぶつけられて顔を上げるとぞろぞろ列になって歩く人の一人がヒロキを不快な顔で睨んでいた。 だからヒロキは何も言わなかった。 ヒロキは駅のはじっこに立って目を今より僅かに上にあげた。そうすると吹き抜けになった駅の構内がよく見えるようだった。駅の入り口出口から入ってくる人、改札口から出てくる人が其々の速度で、でも其々の列を進んでいる。人の大体の格好をみれば、この街がどんな街かの大体の判別がついた。それは人の歩く速度でも言えることだけど。ヒロキの前を過ぎる人たちの歩調は速く、大体が一人でいて、格好はふつうの人が多かった。 それで誰もヒロキを見る人はいなかった。 ここで叫ぶか手を振れば誰かが振り向いてくれるだろうか、とヒロキは思ったがそんなことは意味が無いことだとすぐにわかった。どうしてだろうとはヒロキは考えない。ただそんな事は無駄だと言うのは始めからわかっていることだった。 口に広がる金属的な甘さを消すのにもう一度カフェに入ろうか。 けれどまだあそこにはあの女が座っている気がしてヒロキはそのまま帰ることにした。 そういえば、ヒロキが住むのはこの街であった。
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