空は白い。水の結晶とあの火山の噴出物が混じった雲に覆われている。どこからともなく烏が一羽、黒羽に潤いの艶を増しながら飛来した。凍てつく気流に押されるように飛んだ烏はやがて海辺に辿りつき、そこで翼をたたんだ。 烏は海を前にして砂浜に足を埋めながら首を振る。右目に海を納めるとつぎは左目に海を流し込むために烏は忙しなく首を振った。 海は囁くようにちゃぷんちゃぷん言いながら満ち引きを繰り返した。波に舐められる度に砂浜の砂は灰のようになった。波が引いた跡はぷつぷつと泡がふき、それが弾ける前に次の波が泡沫たちをさらって行った。 烏は海に向かって翼をはためかせ身を震わすと、波が届かぬところをけんけん足で歩いた。 海は濁っていた。空は白く、海は灰色で、浜を闊歩する烏は黒だった。彼らは全くひとつのモノクロームだった。 浜の端から真っ赤な点が見える。 烏が「ぎゃあっ」と叫んで空を飛んだ。だんだんそれは小さな人間の形になって、子供になった。子供は鼻を垂らしていて着ている厄払いの赤い着物で拭う。袖は鼻水でぴかぴかひかり、丈もまったくつんつるてんで着物はぼろぼろだった。垢でくすんだ裸足をずぼずぼと砂に埋めて子供はぶらぶらと歩いている。時折しゃがんでは貝柄を拾ってそれをしゃぶった。 足を止めた子供が見つけたのは烏の足跡。その側に打ち上げられたなにかだった。 それはがらがらと喉を鳴らしながら喋った。 (やあやあ私は海のもの。リュウグウノツカイの父とオニイトマキエイを母に持つ立派な2人の子にしてイッカクの友であります。里を飛びだし太古の氷を舐めたあと、艶やかな珊瑚に戯れ、マングローブの木陰の下をたゆたいました。途切れる事の無い海の無限のなか、さまざまなものを見たと自負した私はついに海に飽きました。私は未開の陸に上がるため、ほらこうして2本足になりました。裂いた体は今も血がながれております。けれど海にいるよりはなんとましなことでしょう。海のものは海でしか生きれぬとは残酷な事でございます。鳥は空のものでありながら陸にも海にもいけましょう。それが海のものに出来ぬ道理はありますまい。だから私は) 子供は恐ろしくなってそこから逃げた。拍子で落ちた貝に「あ」と思うと背中から、潰すような轟音がとどろいた。 それは波だった。 子供が振り向くとあのなにかは浜から消えていた。 子供は落とした貝をまた拾って口に入れるとぶらぶらと浜辺を歩いていった。 烏はその足跡が波から遠くなったのを空の上から眺めながら、雲の中に呑み込まれていった。 海はまたちゃぷんちゃぷん言いながらぷつぷつと砂にふく泡をさらっていった。
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