ああこれはきっと夢なんだなと女は思った。 淹れていたコーヒーの香りはいつもと同じだった。ダイニングテーブルの上には小皿にミルクポーションがあって他にちらしやリモコンがごちゃごちゃと置いてある。物の隙間から見えるテーブルカバーがビニールレースで、置いていた肘をみると花柄の跡がくっきりとついていた。テレビでは名前も知らない若い女の子がご飯を食べてばかりいてそれを誰も観ていなかった。 「吉岡さんのお母さん、今度検査入院らしいわ」 隣に座る人が話しかけているのは自分ではないと女は分かっていた。話しかけられているのはダイニングに続くソファにどっかりと背を凭れて新聞を読んでいる人なのだ。彼女は段々舌に重くなってきたコーヒーにポーションを入れて椅子に凭れた。凭れるとはずみでぎいいと鳴るあの椅子だ。 「結構な御高齢だし、本人もあったとしても仕方ないなんて言っているらしいけど。でもやっぱり、ねえ」 ソファの人は新聞から顔を上げない。それでも気にしないのか隣の人はずんずん喋っていく。 「でも、元気と言ってもねえ」 「としなんだよ、とし」 ソファの人は気難しげな顔で簡単な単語を言うだけであとは冷めたコーヒーを飲んでしまう。こういう人なんだよなぁ、と女は思いながら空になったマグにポットの中身を注いだ。隣の人がそう言われてむっとしているのに気付かないのか、気付けないのか、気付いているのか。一体どれだったんだろう。 もうすぐ終わる時間のなかにいる登場人物たちは若くも老いてもいなかった。2人はあの日曜日の遅い午前のなかにいて、そのうち出かけるのだろうか。 「ねえ、今度は私が連れていくよ」 そう言うと2人はおかしな顔をする。 そこで女の夢が覚めた。 顔を洗い鏡を覗きながら夢の中の自分は何歳だったんだろうと女は思った。
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