ようよう起き上がった私に狐は言った。 「やれやれ、彗星の尾を捕まえる日だというのに。西天にはもう明星が出ているぜ」 「わかっているよ。だけど星が降りるのは予測では零時ぴったり。オールトの雲から生まれた彼が我々の前に姿をみせるのにはまだ時間がたっぷりあるじゃないか」 「そんなことはハナからわかっていることだ。けれど仕込みにゃ時間が足りない。そら、その釣り針を月にひっかけろ」 樹齢2千年。大銀杏の大五郎の枝に掛けていた針をひっつかみ、ぴゅいいとなげると上弦の月に見事にかかった。どうだと自慢げに狐に見せるも、やっこさんは鉄台の上にガラス瓶を並べるのに忙しい。狐には顔ほどに、私には手の平ほどにしかないガラスの小瓶は丸かったり、四角だったり、ねじれていたりとさまざまだ。 「ひとつとして同じものが無いのは作が飽き症の山猫だからだ。同じものを作るなら猿に頼めばいいが、いかんせんやつらの作品は田舎臭い」 狐は一つ一つを大事そうにススキの穂で磨いていった。私は蜘蛛の糸を大五郎の幹にくくりつけ、強く引っ張り固く結ぶ。 「おや、強く結び過ぎたみたい。月が伸びてしまっている」 「どれ・・・。まああの具合なら問題ない。ぴんと張った月に弾かれて、彗星も尾についたたくさんの宝石を落とすだろう」 狐は自前の茶色い瞳でガラスの小瓶から空を透かし見る。 「それに火花も弾いてプラチナの糸が生まれる。落ちた玉石たちはこのガラスに写されて瓶を飾るのだ。見ろ、瓶がどんどん夜の色に染まっていく」 紺青に染まり出した瓶を見せる狐に私はただ頷いた。 「けれど狐の旦那。あんたの手も染まってきてるよ」 「おお、いけない、いけない。おまえ、洞の中から香水を取りにいってくれ。今回はとっておきの3番だ」 「おや、あの谷から採った野薔薇じゃなくて?」 「そうだ。同じフローラルだが今夜似合うのは白い花から採れた香りだ。さあ、急いで採ってこい」 洞の中は存外片付いている。天井に吊られた鈴蘭の甘い蜜をひっそり舐めて、棚から出来たばかりの香水を持ち出した。 「旦那」 「ああ、急いで入れて、蓋を閉めてくれ。匂いもこぼさないようにな。おや、お前、間違えていないか?」 「間違えていないさ。3番だよ」 「確かに。だがどこかから5番のトップに使った鈴蘭が香っているんだが・・・」 「気のせいでしょう。旦那。それで我々の仕込みは星に間に合ったのか?」 最後の蓋を閉めて聞けば、仕込みの点検を終えた狐が頷いた。 「そうだな。ついにこれで完成だ。神々も夢見る香水がまた一つ出来あがる。 ・・・ほらみろ、彗星が月に弾かれた」
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