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作品名:ジェラシー 作者:k.m.14

最終回   1
特別な子っていうのは、生まれや育ちで決まっているんだ。
親の仕事のせいで海外に住んでいましただとか、親がエリートで金持ちだとか、親の片割れがガイコクジンであることとか。親が貧乏人でもその貧困から抜け出すために不屈の魂を養ったのよ、という子も充分喝采モノだと思う。ザ・ハングリー魂。
しかし、産み落とされて育った環境なんていうのは、自分の意思でどうこう出来るものではなく、完全なる受け身で、くじのようなものではないか。
彼、彼女らはそのくじの当たりを引いたのだ。端に赤いラインが書かれた紙っ切れをすっと、さりげなく神様の手から抜き取ったのだろう。貧乏人が親であろうが、逆にあなたの人生はそれによって目の覚めるような色に彩色され周囲の尊敬を集めるでしょうという契約の赤いライン。
あたしはなんにもない藁半紙みたいな外れくじを持って、そんな彼、彼女らが颯爽と歩いていく姿を嫉妬をもって眺めているのだ。
「雑誌特集者のプロフィールにそこまで考えるのか?」
あたしは思った事を溜めこまない。口の端から考えは飛んでいく。独り言に偏見をもたれるなかれ。これは正しいストレス発散法である。
「女の脳はより感覚的なのよ。受けた刺激に対して悲鳴を上げるのと同じに、ぐるっと感覚が変貌してなった感情を口に出すの。おしゃべりが長いのは当然よ」
「それに女は過去にあった出来事を忘れず、当時覚えた感情を鮮明なまま引き出しから取り出す。ということは今覚えた嫉妬も、10年後にその人間を見ると反射的に思いだすのか。疲れることだ。今、嫉妬を発生させなければ、お前の未来は安泰なのに」
「うるさい」
正しいストレス発散法にも条件がある。独り言は、独りでいるときに行うものだ。
「自分が外れくじを引いたと思った時点で、お前は過去も未来も当たりのないくじを引く。永劫に。」
最初から見下された話しぶりではこちらも拝聴する気になどなれない。(こいつの女が、こいつを尊敬の眼差しでうっとりしながら聞く姿は狂気の沙汰に思う。) あたしは開いた雑誌をめくって次の特集に飛んだ。その特集は人では無かった。ムーミンに嫉妬を覚えるのはカビパラぐらいだろう。
しかし目ざといあたしはめくったページの左端にあったモノクロ写真を見逃さず、トーヴェ・ヤンソンのスマイルにムカついた。両親が芸術家ですって!
ざわっと湧いた感情を、モノクロ写真がさらに掻き立てる。
嫉妬、嫉妬、嫉妬。
「ああ、もう、なんてあさましい。」
ついに雑誌を閉じたあたしは、そう言わずにいられない。あたしだって、気付いてはいるのだ。
「そうだ。簡単に充足を覚えぬ者は目に見えて破綻するぞ。心の飢餓は底がないからな。」
生き方の処方術を言うにはその顔は狐のように生臭い。訓示を垂れたい上司のようだ。
「あんたは本当口ばかりよね。あんたがあたしのとこにくるのは、あんたがインテリジェンスを気取ったケチくさい男だとあたしが見抜いているからなんでしょう?」
テーブルの上に水滴を垂らすコップを持ち上げ、随分溶けた氷で薄まったアイスコーヒーを相手は黙って呑んだ。
「当たったか。」
「うるさい。独り言は独りのときに言え。」
そんなことは知っているあたしは雑誌を放って、食事の支度にとりかかる。ラタトゥユのトマトを取り出し、昨日研いだばかりの包丁で果肉を潰さずに切るあたしにさっきまでの感情は無い。ああいうのは結局一瞬で、またあたしが取り出すときまでピカピカのまま引き出しにしまわれるのだ。
トマトのぬるっとした黄緑色の種を取り出しているときにあたしが思ったのは、このキッチンの後ろでコップに残った氷をがりがりと食べるこいつの彼女がこの現場を知ったらどう思うだろう、ということだった。
「あ、やばい。」
される方って、いいかも。
それはあいつの耳に聞かせるものか。そういうことは独り言として発さないということは、なんでも知っているようなあいつでも知らないことだろう。




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