恵美子は、走る列車の窓際のシートに一人で座り、 さっきからじっと外を眺めていた。
その日の週末の電車は空いており、彼女の周りにあまり人はいない。 彼女はその中で、リラックスして長い脚を伸ばしてくつろいでいた。 彼女の、憂いを含んだような横顔はどこか寂しげだが、 その顔は美しかった。
艶やかな長い黒髪を後ろで軽く束ね、それが車内に流れる風で揺れている。 長めのまつ毛は見つめる眼を引き立たせ、 その唇には上品なルージュが光り、 頬は何を思うのか微笑んでいた。
彼女は首に淡いラベンダー色のスカーフを巻き、 ブラウン色の落ち着いたジャケットを脱いだ少し細めの体には、 スカーフと同色のブラウスが良く似合う。
更にスカートをモカブラウン色できめ、 ウエストには、イタリア製のブロンズベルトをさり気なく巻き付け、 彼女の細いウエストを強調していた。 その姿は、全体的にシックでトレンディな大人の雰囲気を漂わせている。
ファッションから抜け出たような洒落た装いと、 その美しさに、街を歩くとき行き交う男達は彼女を振り返る。 彼女に声を掛け、誘う男もいるがさり気なく断るのが常だった。
しかし、恵美子はいつでも、それを誇示することはしなかった、 自然のままに振る舞い、 優しく、自然の流れの中で素直に生きてきた普通の女性だった。
その彼女が昔の小さい頃、母から教わったことがある。
「ねえ恵美子、可愛い恵美子は大人になると美人になるわよ・・ きっと・・ でもね、人は見た目だけでその人を判断してはいけないのよ。 どんなに綺麗でも、どんなに美しくても、その心が美しくなければ、 優しくなければ・・綺麗とはいえないの・・
逆に、美しくなく例え醜いと思う人の中にも、 仏のような優しい心をもった人はいるわ、 そういう人の心の中は輝いて、生きる喜びに満ちている人もいるの。
だから、本当の美しさとは、 心からにじみ出る優しさと、素直さが一番・・ 難しいかもしれないけれど、大人になれば分かるときがくるわ、 きっとね・・」
そういって恵美子を抱きしめてくれた母のことを時々思い出す。
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