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作品名:S・O・S : S-CITY OF SYADOWS 作者:ふ〜・あー・ゆう

第6回   6
その日の深夜、サハリンから高速艇でウラジオストクに抜け、ユーラシア大陸の横断に入る。ゴビ砂漠の西端あたりまでは小型機で移動する。そこからはエンジンとタンクを改造し軽武装した小型のジープを全速で走らせ、いくつかの紛争地帯を抜けて数十時間ほどでタクラマカン砂漠に入る。一昼夜走ったあたりで茂津は特製のGPSを取り出した。「この辺りに本部がある。」特製のGPSが使用する衛星は彼らが秘密裏に打ち上げたものらしい。他の組織や国家的な存在に所在を知られては不味いということだ。アメリカは打ち上げを察知しているが国家の上層部の者で彼らのビジネスを利用したものがあるらしく、特に直接的な害は無いということで見逃されているようだ。「もちろん、俺たちもアメリカを信じきっているわけじやない。隙あらば抹殺しに来るだろうさ。」「そうだな。特に今回のビジネスはロシアの天才の復活なわけだろ。まるでジュラシックパークの発想だが、アメリカも無関心ではいられないだろう。」そう言ってから俺は直感で我が身に迫る危険を感じ始めていた。ひょっとすると俺が手を出すまでも無く、アメリカがこいつの組織の壊滅作戦を展開してくるかもしれない。死に場所を求める俺にとって巻き添えになるのはかまわない。彼らの組織は磐石で巨大だ。砂漠の真ん中に地下施設を隠してあることからも想像に難くない。正直なところ、俺が抹殺できるのは、この男ぐらいだ。そのあとは蜂の巣になるのか実験台にされるのか全く分からない。最悪、俺はそれでもいい。しかし、この事実はなんとしても白日の下に晒してやりたい。いったいアメリカはいつまで沈黙しているんだ。いや、たとえアメリカが作戦を展開したとしても事実が闇に葬られてしまう可能性はある。俺はどうすれば・・・。
と、そのとき暗闇の中から俺たちのジープに向かって銃撃が始まった。人数はそう多くは無さそうだが、暗闇にしては射撃が正確だ。かなりの速さで間を詰めてくる。茂津はジープに備え付けの火器で周囲に機銃掃射する。砂漠の真ん中には隠れる場所は無い。しかし、敵は一定の速度で間を詰めてくる。俺たち同様、防弾仕様の車両に乗って近づいてきているのか。銃撃音でエンジンの音までは聞き取れない。サーチライトをつけたいが、それは自分達の位置を知らせるようなもので逆効果だ。しかし、このままでは確実に狙い撃ちにされる。俺は頭からIRカットシートを羽織って赤外線スコープから見えないようにした。同時にレーザーポインターが照射されていないかを確かめる。「しょっちゅう、こんなことがあるのか!!」俺は叫んだ。「初めてだ!!」茂津も叫んだ。俺たちが叫ぶのとほぼ同時にどこから現れたのか数人の男たちが俺たちの援護に回ってきた。しかし、叫び声が俺たちの正確な位置を相手に知らせてしまったようだ。次の瞬間、茂津の頭が粉々に吹っ飛ばされた。かなり破壊力のある火器による射撃だ。俺は反射的に伏せていた。死にたい男がこの体たらくだ。ふと見ると、5メートルほど先の地面に地下扉が開いていた。彼らはそこから来たのか・・・。俺は周辺警護の者達と共に車ごとその中に収納され大型エレベータで数百メートル降下した。「お前が茂津の戦友か。」警護の男の一人が言った。「ここは大丈夫だ。そう簡単に入ってはこれない。」「あいつらは?」「多分、アメリカの雇った暗殺者たちだ。」「軍隊じゃないのか?」「暗殺旅団ゴルゴダ。裏の世界では有名な連中だ。」「ゴルゴダ?」「依頼を受ければターゲット暗殺に適した規模の部隊を編成し、様々な移動手段で暗殺地点に集結してくる。」「アメリカが自分達の秘密を知っている我々を葬ろうとしているんだろ。だが、暗殺集団ごときに倒せる我々ではない。正規の軍隊でも送り込めば、五分五分だろうが、それでは世界に彼らの秘密がばれてしまうからな。我々を利用したという秘密がな。」男の一人は小ばかにするように言った。「ゴルゴダってのはなぜ、大っぴらにあんなことができるんだ?」「組織の大きさも所属も含め、ほぼ何もかもが不明な暗殺集団だからだろう。捕まりそうになった奴は強力な火薬で自爆して跡形も残さない。アジトもリーダーも見当がつかない。目的の完遂の為にはあんな派手な手口も辞さない。」「暗殺集団ってよりは武力集団・武装集団って感じだな。所属不明の特殊部隊ってとこだな。」俺はつぶやいた。「要人はもとより、強大になりすぎたマフィアのボスの暗殺や狂信的宗教集団の抹殺など何でも引き受ける。これといった思想も何も無く暗殺・殺人のみを遂行する集団だ。成功率はほぼ100%だ。」「気にするこたない。荒っぽい単なる殺人集団さ。」一人の男が嘯いた。確かにあれだけ派手にやって暗殺ってのは無い。上官の指揮下で動く軍隊とも感じが違う。互いの意志の連携で動く薄気味悪い武装殺人集団ってのがぴったりだ。そのうちにエレベータが止まった。「まあ、あの程度の火力で攻めてもここは落ちない。着いてきたまえ。」地下通路をしばらく歩くと巨大な空間が現れ大きな街が広がった。「これは!!」「茂津から聞いていただろ。素材の収容施設だ。施設というよりは街かな。彼らは自分たちの意志で運命を受け入れている。その代わり、以前よりはかなり豊かに暮らしている。」そこは、地下に出来たオアシス、パラダイスであった。拉致された子ども達や若者が地下街を楽しそうに行き来している。地下施設からの脱出が困難と知るや適応して暮らそうということになったのだろう。どのものの顔も笑顔にあふれ、買い物や会話を楽しんでいる。「話しかけてきてもいいか。」「どうぞ。何を聞いてもかまわんよ。」「何を聞いても・・・か。」男達は俺に行って来いと合図した。俺は通りのカフェテラスまで走り、街中を歩く若者たちにストレートに聞いた。「君らはいずれ、実験されるんだろ。平気なのか。」「平気じゃないよ。でも今を十分楽しんでるし、全ては運命だから。」「実験で必ずしも死ぬわけじゃないし、どこへ連れて行かれるのも全て運命さ。だから、今を精一杯楽しんでる。」「前の暮らしじゃ死ぬまで味わえなかった世界だよ。」
俺は判断ができなくなっていった。茂津たちのしていることは正しいのか。彼らは自分の未来を知っている。なのに、ここでの生活を喜々として楽しみ、充実しているという。聞く若者のどれもがほとんど同じ答えだった。いや、しかし何かが違う。彼らは若い。何かにだまされているんだ。その何かが見えてこない・・・。俺は釈然としないまま、ジープに戻った。「どうだった?」一人の男が言った。俺は黙っていた。「茂津も初めはそうだったよ。疑り深いというか、事実を見ないというか。」茂津も俺と同じだったのか。では、なぜあそこまで組織を信じるようになったんだ。「あいつは死んだ。君にはすぐにでも彼の後を継いで欲しい。」「我々は正しい。だからこそ、大国の悪人どもが、こぞって抹殺を目論むのさ。」「しかし、悪事がばれちゃ不味いから、うっかり派手な手出しは出来ない。それで雇った連中に任せる。」「なるほど、じゃ、あんたたちの仕事をもっと詳しく教えてくれ。」俺は本心から言った。「一言で言うのは難しいが、優秀な人間の脳細胞の一部を遺伝子レベルで別な人間に移植し、洗脳を施した後、クライアントに提供する。」「我々によって生まれ変わった彼らは政治・経済・文化の全てを掌握することも可能な人材となる。」男は希望に満ちた目で街の若者達を見ている。こいつらも組織を信じきっている。「しかも、野心・野望・欲望は無いから雇い主も安心して使える。」「・・・・。」俺は判断ができず、思考停止のまま、黙っていた。「今はレーニンの脳からエリートを作り出す計画を遂行している。かなりよい素材もいたのたが手違いで処分することになった。」「この男にそこまで話す必要はあるのか。」一人の男が制止した。「どうせ茂津が既に話しているだろ。同じ東洋人のことだからな。」「ああ、聞いたことがあるよ。でも、もう少し詳しく知りたいが・・・。」実際は茂津から直接、彼女の話を聞いたことは無い。クライアントの代理人との話を小耳に挟んだ際にジェシーかもしれないと、ふと思っただけだ。「彼だって秘密主義の相手を信じられんだろ。」「じゃ、話そう。素材は東洋系の女。彼女はよい素材だった。移植は段階的に進められる。それもうまくいっていた。彼女はちょうど3段階だった。」「全部で何段階あるんだ。」「拒否反応の有無と能力の発現を確認しながら進めていくから最短で5段階だ。」「毎回開頭するのか。」「いや、金属のカバーをつけて開けたままにしておく。最終段階で本人の骨をはめ込む。」「警護部隊がよく知っているもんだな。」「俺たちもスタッフだからな。この施設の人間はみんな医師の資格を持っている。」「夢のビジネスを支える同士だ。」「なるほど、で、どうして彼女は脱走を・・・。」俺は思わず口にしてしまった。「ん?俺たちは処分したとはいったが脱走者だということは言わなかったぞ。なぜ知ってるんだ。」しまった!!俺は心の中で舌打ちした。腕をだらりと下げて左手でこぶしを握り、右手は手刀を構え、後蹴りの準備をした。「よく知っているな。茂津から聞いたんだな。」救いの一言だった。「ああ。」とっさに相槌を打った。俺は臨戦態勢を解除した。さっきは危うくミストの情報までしゃべってしまうところだった。一つはっきりしたのはミストのジェシーをモンスターにしようとしたのはこいつらだということだ。「あの女は異例の早さで順応していった。3段階で終了だ。その分、洗脳が間に合わなかった。」「あっ、言っておくが私達の施す洗脳は本人の為のものだ。悪い意味の洗脳ではない。」「よくわからないな。」「新しい幸福を得る為に貧しい過去・くだらない過去を忘れる洗脳だ。」「世界を動かす立場になりうるのだから当然だろ。過去を忘れる程度の犠牲は。」俺は黙って聞いていた。過去を忘れる洗脳。過去を忘れられる・・・・、今の俺が欲しいものかも知れない。いや、今考えるべきはジェシーのことだ。彼女は何故、あの街の若者に同化しなかったのか。どうして脱出を考えたんだ。洗脳の失敗?。ジェシーは未来を運命を受け入れられなかった・・・。彼女が未開の部族ではなかったからか・・・。自身の信念のゆえなのか・・・。未来は運命が決める・・・・。あの街の者達はそう信じ、運命を受け入れるのみだった。運命、運命・・・・!。そうか、クライアントの意向に沿う為の彼らに対する本格的な洗脳はまだ先で、街に住む段階で初期の洗脳がなされているのかもしれない。全てを受け入れられるように。彼女はそれを受け入れられなかった。彼女は無神論者だともいっていた。加えて、洗脳期間も短かった。「人間の明るい未来について祈りたい気分になってきた。この街に教会はあるのか。」「あるよ。モスクも寺院も自然神を祭る場所も、彼らの信じる神々は全てな。」「ちょっと参拝してきても言いか。」「ああ。」そのとき、彼らは目配せをしていた。顔は笑顔のままだが俺が何かに気づいたと察知したのだろう。彼らは俺についてくることは無かった。俺はいくつかの信仰の拠点を回った。予想通りだった。ジェシー、彼女もそれに気づいたのだ。大抵の人間は信仰対象をあれこれと変えていくつも巡ることは少ない。特に、文明の要素が少なければ信仰の対象も限定されてくるだろう。そう・・・・、どの拠点でも直接的にあるいは間接的に口にされていたのは「運命を受け入れよ。」ということ。これによって彼らは信念や宗派を超えて、一つの方向に洗脳されていたのだ。だから、暴動も反逆も脱走行為もほとんど起こらない。俺はこのまま、街に逃げ込むことも考えたが洗脳された者たちの住むこの街では異端児の俺はすぐに見つけられてしまう。若者達が次々と密告してしまうだろう。戻ってきた俺には予想通り、いきなり銃が突きつけられた。一人が俺の前に透明なケースに入ったジェシーの頭を突きつけてきた。こいつらは初めから俺を試すつもりでいたんだ。茂津の話を鵜呑みにしていなかったってことだ。彼女の顔を見た瞬間、こみ上げるものを感じた。ポーカーフェイスではいられなかった。「顔色が変わったな。この女は高級娼婦だぜ。お前みたいな男の相手はしない。どういうことだ。」「しかも、街の秘密に気づいたようだな。お前は何だ。ゴルゴダでも無い。各国の諜報機関のものでもない。アメリカの手先でも無い。とすると、取り引き完了後に我々を消すのはロシア。そういうことか。」「あんたら・・・それしか調べてないのか。」「いや、正直なところ、お前はそのどれにも当てはまらんのだ。ほんとにただの男なのか。」「その通りさ。この女を愛してしまったな・・・。」答えながら、ズボンのポケットの上に手を当てて中のストロー大の鉄製の筒の先を親指と人差し指で後方に向ける。前から狙っている奴より、後の奴が気になるからだ。ポケットの内側には紙やすりが貼ってあり、下地は石綿で熱を遮断できるようになっている。そのまま、マッチをするような感じでパイプの後端をポケットの上から裏地にこすり付ける。パイプの火薬が点火されすぐにポケットが破れて後方の数人に散弾が命中する。動きを止めるには十分な威力だ。すぐさま、ひるんだ前方の男の腹に足の爪先をめりこませる。あとはどうなるかわからない。とにかく、今の窮地を脱するしかない。前方の男が倒れかけたとき、驚いて逃げていく人影があった。街の住人だろう。一瞬の出来事にさぞ、面食らっているに違いない。蹴りを喰らった男はそのまま、地面に倒れていった。瞬間、男の頭が破裂した。なんだ!俺の蹴りのせいか!!窮地に追い込まれて俺は漫画の技でも身につけてしまったのか。後方の男たちが痛みをこらえて起き上がり、再び俺に銃を向ける。致命傷は無理だが首辺りに後回し蹴りを食らわす。瞬間に男の頭が破裂する。わからねー、何が起きてるんだ。振り向きざまにタックルを食らわした男は背中が破裂して真っ二つに裂けた。施設内には非常サイレンが鳴り響いていた。夥しい数の警護の者達がこちらに向かってくる足音がする。もう、終わりだ。


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