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作品名:S・O・S : S-CITY OF SYADOWS 作者:ふ〜・あー・ゆう

第5回   5
空き缶のふちに置かれたタバコの先が灰になって奈落の中に落ちていく。缶の底のよどみの中に薄汚れた塊が積もっていく。「お前、タバコはやめたのか。」茂津が俺の顔を覗き込んできた。「俺はタバコを吸ったことは無いよ。」「そうだったな。お前がやってたのは景気づけの葉っぱだったな。」「俺は少しハイになる程度しか吸わなかった。お前みたいにやたらと吸ってラリッた勢いで仕事に行けるほどクレージーじゃなかったからな。」「言ってくれるなぁ。そういや、お前、俺に借りがあるだろ。」「命の恩人だってことは忘れちゃいねーよ。一度や二度じゃねー。」「だろ。でも、俺もお前には何度か助けられてる。俺の方がほんの少し、貸しが多いだけだ。」茂津は俺同様、東洋人のエキスパートとして名の売れた傭兵だった。そして、共に死線を越えてきた戦友でもある。「それにしてもこの狭い部屋でよく暮らしていたもんだ。」「悪かったな。で、その空き缶はちゃんと持ち帰ってくれよ。狭い部屋の環境がさらに悪化しちまう。」「だからさぁ、また、俺たちの腕を使って金を稼ごうぜ。」「腕を使って?」「俺たちはああいう状況にいるときが一番やりがいがあるんだよ。平和ボケじゃ、ふぬけちまうだけだろ。」茂津は俺の顔を覗き込みながら続けた。「お前もロシアの紛争地域に度々行ってたよな。」「ん。あ、ああ。ソ連の崩壊後からは稼ぎ時だったな。」俺は茂津の言葉にぼんやりと答えていた。話の進む方向が見え見えだったからだ。茂津は倉石のときのようにいずれ自分のいる組織のことをしゃべりだす。そのときに俺はどう対応するのがベストか。俺はポーカーフェイスで必死に考えていたのだ。「そのあと、どこへ行った?」「南下してアジアへ向かったな。」「ぴったりだな。それはロシア・コネクションのルートでもある。」「どういうことだよ。」「こんな狭い部屋、早く出たほうがいいってことだよ。」「お前だって似た様なもんだろ。しがないパチンコ屋の店員じゃねーか。」「バカ・・・・。だから、言ったろ。俺には組織がついてる。あれは隠れ蓑だよ。」「にしても、人の頭の中を勝手にいじくるような連中は信用できねーし知り合いにもなりたかねーな。」「軽蔑するような言い方すんなよ。俺たちがしているのは超一流のシンク・タンクだ。闇のシンク・タンクだがな。それに闇の人材派遣。こっちは暗殺屋の斡旋と勘違いされるんだが、違う。この前のテストパイロットのような技術・技能をもった人間を派遣する。」「それなら十分、表の仕事になるじゃねーか。」「クライアントは影の右腕が欲しいんだよ。表舞台に出ない優秀な人材がな。その素材を確保するのにロシア・コネクション・ルートは有効なんだよ。」「マフィアが警備するルートだからか。」「まっ、そういうことだ。奴らが臭いものにふたをしてくれる。俺たちの取り分の一部をまわしてやるだけでな。」「一部だって。奴らは骨までしゃぶるだろ。」「俺たちのリーダーは奴らのボスとも国の元首とも対等に話をつけられる。それだけ魅力のある大きなビジネスをしているんだ。」「医師や科学者も加わっているんだな。」「もちろんだ、みんな優秀な人間を生み出す理想を持っている。そのための実験に積極的な人達だ。」「人権は無視か。」「名も無い人間を国家や企業のトップの側近にしてやるんだ。文句はあるまい。」「クライアントの言いなりにさせるんだろ。」「だが、元の住処にいるよりはずっと文明的な生活が出来る。それに言いなりに動くというなら俺たち傭兵も似たもんだ。そこはギブ&テイク。大きなメリットと小さなデメリットがあるというだけだ。」「どっちが幸せかな・・・。」「なら、お前は傭兵を辞めて幸せだったのか。今のお前は幸せに生きているのか。」「・・・・・。」「決まりだな。ここを出る準備をしとけよ。お前と組めるなら俺もこの街に用は無い。代わりのものを呼んでもらう。」「代わり・・・。」「札幌は仲間や顧客との連絡をとるためのベース、または前泊地になっている。」「もう戻ってこないのか。」「代わりが来ればとどまる必要は無いな。ちょこちょこサポートに来る必要はあるがな。」
その日、俺と茂津はサーフボードを抱え夏間近の札幌を発ち、ひたすら北へ向かっていた。おんぼろのレンタカーで羽幌まで走り、フェリー客の宿泊するホテルの駐車場で組織の用意したフィアットに乗り換えた。レンタ・カーは業者が引き取りに来る。フィアットのトランクの下には通信装置と非常時の武器の類が積載されている。その割りには何の緊迫感も無いまま、俺たちは羽幌を後にした。
「ロシアの辺境地区では白人やカムチャッカの少数民族、アジアでは東洋系、さらにそこから東西にルートが分散する。」「かなり広い範囲から集めてくるんだな。」「大陸に点在する貧民街や太平洋の島々、果ては南米の高地帯などから収集してくるんだ。でも、しょっちゅう小競り合いがあるような問題を抱えている集落が中心だ。でないと、人がいなくなってかなりの騒ぎになるからな。それにアジアの貧民街では臓器提供に売られる子ども達もいる。俺たちはそういう子ども達をある意味、救っている。」俺は黙って聞いていた。・・・・救っている・・・自由な意志を奪っておいて豊かさと引き換えに飼い殺しにしているのが救っていることになるのか、まぁ、確かに生きていられる点ではそうだが・・・・、そんなことを思いながら俺は眠そうな目で茂津の話を聞いていた。稚内からはフェリーで礼文島に向かう。本気で眠くなっていた俺は船の中でメモを見せながらぼそぼそと話す茂津の声をぼんやり聞いていた。彼は今後の行程について話していたようだった。俺を無理に起さないのはカモフラージュに都合よかったからだ。観光客の少ないこの時期の乗船は人目を気にしなくてよい反面、目立つ要素も多い。早朝に出発して目的地を前に疲れが見えてきたサーファーと言う設定にぴったりだったのだ。俺は茂津の用意したショートボードのサーフィンを裏返して枕代わりにしながら横になっていた。船内に持ち込めたのはたまたまだ。サーフィンをしたことの無い俺が車庫を閉めた後にボードを持って船内に入ってしまい、客も少ないので見逃されたのだ。俺たちは道内のサーファーとして乗船しているわけだ。北海道の有名なサーフポイントはこんな北の外れの小島にあるのだ。ただし、本物のサーファーたちが多数、乗船しているときにはこの手は使わないらしい。とにかく顔を覚えられては困るのだ。とは言え、かえって目立つ結果となったかもしれない。俺がボードを持ち込んでしまったからだ。それでも茂津は気にせずに話を続けている。「俺たちが本部と行き来するのはこのサハリン径由のロシアコネクションルートなんだ。島から彼らの船でサハリンに向かう。国境警備隊は賄賂を渡してあるからフリーパスだ。その後はクライアントのエージェントと会って依頼を確認する。」「クライアントはロシアの元首か。」「今の大口はな。最も見つかりにくいのがこのルートと言うだけで顧客は全世界にいる。」「拉致した人間もこのルートで運ぶのか。」「バカな。札幌に潜伏するのは目立ちすぎる。このルートはクライアントとや本部・仲間との連絡に使うルートだ。」「俺たちが働くルートはどこなんだ。」「お前のことは本部の了解もとってあるし黙って着いてくりゃ分かるよ。お前の庭みたいな場所さ。」「俺の庭?」やがて、フェリーは小さな港に着いた。
俺たちは旅館に泊まり、翌朝までぐっすり眠った。
茂津は昼間はサーフィンに興じていた。付き合わされたにわかサーファーの俺は全く立つことができない。当然、波にも乗れはしない。傍から見れば先輩サーファーが初心者の後輩を連れてこっそり練習に来ているような風景だ。「刑、もっとパドリングを速くすんだよ。」「無理だ。立つ暇もありゃしねーし。」「だろうな。ところで、島民には遠巻きに見られてもいいが、サーファーはおせっかいに向こうから近づいてくる奴もいる。。そのときは恥ずかしそうに退散するからな。まともに顔を見られ無い様にしろよ。」「それにしちゃ、お前随分楽しんでるじゃねーか。」「仕事だよ、し・ご・と。」彼はこの仕事のために独学でサーフィンを覚えたと言う。サハリン・ルートを利用するのに他人から目立たぬ方法を自分から提案するためだ。このほかにも複数のカモフラージュを考え出したと言う。おかげで組織の信頼も厚いらしい。だが、それも意味がなくなる。彼は組織と共にいずれ始末する。おれはそう決めていた。

深夜、島端の岬にダイバーが着いた。彼らからウェットスーツを受け取り、水先案内をしてもらいながら水中バイクで沖の船まで向かう。そこからは高速艇でサハリンに向かい、夜明けまで島の小屋で仮眠をとる。茂津は昼過ぎから通信機とさかんに交信し、小型のノートパソコンを忙しくチェックしていた。俺には伝票や在庫確認の作業のように見えていた。恐らくそんなことなんだろう。人身売買の段取りに違いない・・・。夕方、二人の男が小屋を訪ねてきた。依頼者の代理人と通訳だ。「復活はいつになるか。」目つきの鋭い男が小声で囁いたロシア語を隣の通訳が日本語に翻訳して伝えた。周囲のロシア人にこの言葉を聞かれるのは不味いようだ。それに対して通訳の声は聞き取りやすい音量だ。日本語を解せる者は今ではほとんどいないからだろう。加えて茂津が通訳の音量を下げる指示を出さないのは俺に仕事を理解させるねらいもあるのだろう。時おり俺に合い槌を求めたり目配せをしたりしてくる。「今、DNAは取り出せた。あとは脳細胞を活性化させて植えつけるだけだ。だが、移植対象の素材が不足している。めったに手に入らない先進国の東洋系の女がいたが事情があって処分した。」東洋系の女・・・・処分・・・、俺は一瞬、ジェシーのことを思い出した。茂津の組織がミストと絡んでくるというのか。まさかな・・・。「大統領には我々から人材の斡旋という形であなた方の努力の結晶を紹介したい。従順で優秀な者を頼むよ。もちろん、その者の脳の中での、かの人の復活が必須条件だがな。」「我々はあなたたちの理想の為にがんばっている。期限までまだ半年はあるはずだ。」「信じている。オセアニアの未開部族に短期間でステルス戦闘機の操縦技能を移植できるあなた達の仕事ぶりは信頼に足る。非公開のテスト飛行なら猶のこと、ああいった人材が貴重だ。」「論より証拠ですよ。今、別ルートでも優秀な人材を集めていますから。」二人の男はビジネスの進捗状況を聞くと近くの飛行場から小型機で夜の空に飛び立っていった。「お前もいずれこの仕事をするからな。中国語や英語よりもずっとマイナーな日本語は仕事上、重宝だぜ。」茂津は俺にしたり顔で言った。俺はそれには答えず、知りたいことを確認した。
「別ルートってのが俺の庭ってわけだな。」「そんなとこだな。転戦でお前はそのルートを熟知しているはずだ。」「中東、中央アジアだな。」「チェチェン・ウズベキスタン、紛争地帯だからな。」「そのルートが奴隷を運ぶルートってわけだ。」「奴隷じゃない。優秀な素材だ。」「わかったよ。なら、お前も頭をいじってもらえばいいんじゃないのか。」「適材適所だ・・・。」茂津の目が伏し目がちになった瞬間、喉元がひやりとした。ガーバーナイフが押し当てられていた。組織を散々持ち上げる茂津にも迷いがあるのが伺えた。自身に組織を信じるように仕向けることで仕事を冷淡にこなしてきたのだろう。傭兵の頃と少しも変わっていない。組織を掌握する為政者や上官の、すばらしい理想や命令を信じ込むことで仕事を遂行してきたのだ。俺との違いはそこにある。俺は組織を信じない。自分の判断が優先する。


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