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作品名:S・O・S : S-CITY OF SYADOWS 作者:ふ〜・あー・ゆう

第4回   4
北緯43度。新千歳空港のゲートを抜けるとまだ少し冷たい風がコートの中をすり抜けた。一瞬、清々しく爽やかな気分になれた。こんな気持ちになるのは十数年ぶりだった。空港周辺には防衛庁の施設が隣接する。その南側には森林が広がり、北側には市街地が拓けている。森も街も雪解けが始まっていた。俺はレンタカーに乗り、わき目も振らず札幌に向かった。風景を見る余裕が無かったわけでもないが取り立てて関心も無かったからだ。窓の隙間からすりぬけてくる風もあの一瞬以来、癒しにはならなかった。大自然を目の当たりにして心和むのが普通の人間なのだろうが俺にとって、そこは演習場所であり、敵とのゲリラ戦を展開するポイントにしか見えてこなかったからである。その点ではこの国の自衛隊員とも通ずる感覚があるのかもしれない。そんなことをぼんやりと考えながら、俺は高速をひたすら北へ向かった。札幌の街はリラ冷えで寒さの中の新緑が眼に突き刺さってきた。この街も車で少し走れば自然の懐に包まれる。都市と自然が融合した街。中央アルプスの自然とは違う風景が北海道にはある。都心より数分の地点には自衛隊の駐屯地がある。実際は基地なのだが、平時と言うことで駐屯地と言うらしい。基地は思っているより自然に街に溶け込んでいて国境に近い街と言う緊迫感はほとんど無い。俺は学生時代にも住んでいた基地周辺にアパートを借りて住むことにした。さるルートから手に入れた無線器で内外の緊急情報をある程度リアルタイムで傍受できるのも魅力だ。倉石はお前ごときにと否定するだろうが、ミストが俺を絡めとるために軍事施設に介入するのは考えられることだ。とにかく過激派やスパイなんかに間違われぬように普通に暮らすことが肝要だ。この普通というのが今の俺には難しいがニューヨークでの生活を可能な限り真似ていれば、変に力が入ることも無いだろう。とは言え、掃除人をやるわけにはいかない。それに裏の掃除が必要なほどにこの街は曇ってはいない。少なくとも、俺はそう思っていた。とりあえず廃品回収の下請け業者に雇ってもらい、電気製品等のリサイクルを始めることにした。俺1人だけ目立つことの無いよう、同じぐらいの腕をもつ仲間とチームを組んで仕事をした。たまに手に入るゲーム機からはチップを取り出す。チップは組み合わせることでかなりの能力を引き出すことができる。それらは無線機や対人センサーの能力を格段に上げてくれる。こうなると、俺がしていることはどこかの国のスパイ並みだ。だが、俺にはそれをする確固たる目的は無い。ただ、眼に見えぬミスト・・・、とりわけ倉石達の思惑通りになりたくはないというプライドがそうさせているのだ。札幌に来てから、数ヶ月。何事も無く月日は過ぎていた。そんなある日、両親のことを思い出す機会があった。正確には両親のことを思い出すというより、両親の住む地の傍でかなり強烈な状況が発生していたのをしってしまったということだ。無線が道東方面の情報を傍受したときだった。そのときの俺の無線機は警察無線はもとより、航空交通管制局の情報も受信できるようになっていた。それで、スクランブルの情報を取得できたのだ。ただ実際、スクランブルは日常茶飯事であり、一般の人達が知らないすぐそばでは影のように人知れずエキスパート達による暗闘は続いている。だが、その日のスクランブルはやや深刻であったようだった。道東の内陸深く進入した国籍不明機は大雪山系に墜落。脱出したパイロットは血痕を残し失踪。機体はロシア製のようだが、他国の技術も取り込まれているようで国を特定できない。民間の組織が勝手に飛ばして進入させた疑いもあると言うのだ。これだけ詳しい情報を多方面の情報網から収集できる俺の諜報能力もたいしたもんだと自負するが、事態は深刻そうだ。パイロットが見つかれば、相手国への文句も言えようが遺体も無ければ行方も知れず。血液から人種をほぼ特定できたようだが混血の経歴の無い有色人種らしいのである。しかも、かなり少数の民族でつい最近まで未開の部族と呼ばれていた樹上生活者達と同族らしいのである。となると、生粋のはるか南方系の人間が全く交流の無い北方系の国のハイテク戦闘機で飛んできたことになるのである。もちろん、俺の両親はこんな事実は知る由も無い。真っ当な普通の市民だからだ。二人は道東地方の帯広という街に健在だ。もちろん、消息は知らせていない。姿を見せずに会いに行くことは可能だが、今の俺にはその気は無い。無数の子の親を殺めてきた俺にとって自身の親に会うなど許されることではない。しかも、ミストとやらが影のように、霧のようにそこ深い静寂の中、俺を見つめているのだ。俺はこの街に潜伏し続けるしかない、俺にとっての余生は潜伏という形でしか許されない。法で裁ける罪は犯していないが、倉石達のように開き直ることはできない。別に開き直ると言うことではないのだろうが、ミストの任務などと言いながら、すれすれ合法的に非合法を遂行するもの達と同列になりたくは無い。そんなことも思いながら、一般人は知らない闇の事件のことが頭のどこかに引っかかったまま、数日が過ぎた。俺は気晴らしに近くのパチンコ屋に出かけた。もともと、ギャンブルは好きではないが周囲に下手にマークされぬ為にふらりとパチンコ屋にこもるふりをするのである。今日も店番の眼帯の男がふやけたような表情をしながら幽鬼の様に席と席の隙間をゆらりゆらりと歩き回っている。ボーっとしているように見えるが、玉の出具合、ピンの傾き具合など慎重に見定めてコンピュータ管理室などに伝えているのだろう。先週は二日ほど姿を見なかったがそれ以外はほぼ毎日、見回りをしている。この店での信頼が厚いのだろう。やがて、日が暮れてあたりが薄青く染まりだした。今日もたいして儲けは無かった。もともと、その方面の才能が無いというか、意欲も低いので人並みに稼ぐことは出来ないたちなのだ。つまらない時間を過ごし、肩を落としながらアパートに向かう。街灯が途切れ、小路に入ったその瞬間、肩に鋭い痛みが走った。物盗りか・・・、ここで朽ちるのも、それはそれでいいか。心ではそう思いつつも、体は獣のように反応する。振り返りざまに相手の喉下を片手で締め上げる。それでも相手は冷静に俺の頭に得物を振り下ろす。咄嗟に左腕でそれを受けると鈍い音がした。折れてはいないが、ひびが入ったようだ。相手を突き放すと、次は腹を目掛けて低い姿勢で突いてくる。かなり敏捷な動きだ。半身で交わし、手刀を振り下ろす。首を直撃すれば、この暴漢の命は無い。同時に痕跡の残る殺しをした俺も法によって裁かれる。道理だ。ニューヨークのダウンタウンのように暴力沙汰が日常の街での捜査とは比べ物にならない。あの街での掃除はある意味、容易かった。だが、そんな危惧もつかの間、相手は得物で俺の喉元を突き上げようとしてきた。ただの物盗りや暴漢じゃない!。こいつの持っている物は暗くてよく見えないが特殊警棒だ。だから、携帯していても目立たない。万一、警察に職質を受けてもナイフ類よりは軽い処分だし、こいつの仕事場や住居の敷地内ならお咎め無しもありうる・・・。そして、この動きには覚えがある。対ゲリラ戦でのナイフによる攻撃への第一級訓練。それを体得してる奴は日本にはそうそういない。「茂津(もづ)か!!」「やはり、刑(けい)だな。お前でなけりゃ殴り殺すつもりだった。俺たちのことをかぎまわってるようだからな。」相手は顔を見せない。暗がりから声だけがする。「どういうことだ、茂津。」「傭兵仲間ならわかるだろ。あんなこと、いつまでも続けてられねーし。他の才のある連中は事業始めたり、本出したり。でも、俺みたいな戦闘バカはやめたら腑抜けるだけだ。」「それで、物盗りになったってのか。」それにしても戦闘エキスパートが何故こんなところにいる・・・・、偶然にしちゃ、出来すぎている。これもミストの仕業か。そんな思いが脳裏をよぎる。「お前、違法に無線を傍受してるだろ。電話回線にも所々介入してるな。」やはり、そうだ。こいつはミスト。それなりに組織がついてなけりゃ、ここまでは調べられない。「答えろよ。なんならお前の部屋の情報を警察に流してもいいんだぜ。」「まずは顔を見せろ。」「見る前に答えろ。俺は大分、前からお前を調べていた。」「やはり、ミストか・・・・。」俺は小声でうめいた。「今、なんて言った。俺たちのことを知ってるのか。なら、話は早い。掃除人よりは儲かる。身寄りの無い人間を拉致して送り届けるだけだ。逃げ出したのは処分する。」「ちょっと待て。何の話だ。俺のしていることは認める。先ずは顔を見せろ。」男は暗がりから顔を出した。「お、お前。」茂津は眼帯をしていた。例のパチンコ屋の男だ。「ずっと見張っていたのか。」「俺は一目でお前だと分かったよ。だが、お前は片目になった俺のことを知らないからな。手榴弾の破片だよ。それで傭兵を辞めた。」「お前の言う組織ってのは・・・。」「ロシア・コネクションだよ。知ってたんだろ。」「それだけじゃ、組織が特定できない。」「今は全組織が統合されてコネクションだけで通じるんだよ。そこまでは知らなかったか。」「・・・・、つまり、ロシアがらみだからお前が北海道にいるというわけか。」「そういうこった。それに、お前が北海道出身なのは聞いていたからな。里心がつけばいずれ戻ってくる。そしたら、組織に頼んで一緒にビジネスをしようと思ってたのさ。」「ビジネス?」「知ってるんじゃなかったのか。」「俺は無線を傍受していただけだからな。」「なんだって。じゃ、もし仲間にならねーと言うなら、殴り殺すしかない。俺たちのことをかぎつけたようだからな。」「待て。闇雲に殺される気はねーよ。」「そうだろ。まっ、聞けよ。簡単な仕事だ。」「拉致と処分・・・か。」「そうだよ。仲間になるってんなら命もとらねーし、俺の最近の仕事についても話すからさー。お前もよく知っているはずだぜ。」「まさか、あのスクランブルの・・・。」「当たりだよ。俺たちは身寄りの無い優秀な人間を集めている。そいつの頭に細工をして顧客に売る。」「顧客に売る?」「ビジネスだからな。ところがこの前、優秀なパイロットが逃げやがった。頭の細工が不十分だったのかもな。それで俺が処分しに行った。」「あの二日間にか。」「よく覚えていたな。」「毎日見かける顔が突然、見えなくなったからな。」「二日できっちりケリをつけたんだぜ。今の時期の山はけっこうしんどかったがこれで組織も安泰だ。ボーナスも期待できるしな。」「何人殺した。」「今さら何言ってんだ、刑。俺たちはそれが仕事だろ。」「・・・・・・。」俺は彼らの組織を殲滅したい衝動に駆られていた。再び、義憤の血が沸き起こってきていた。体から焔が立ち上がろうとしているのを抑え込みながら茂津に話を合わせていく。とにかく、こいつ達の組織に潜入する。破壊活動はそれからだ。そのとき、俺は彼らの組織の大きさを認識していなかった。


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