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作品名:S・O・S : S-CITY OF SYADOWS 作者:ふ〜・あー・ゆう

第3回   3
倉石は俺に警戒することも無く、べらべらとしゃべりだした。全ては俺を動かす為の芝居、いや彼に言わせれば複数の対象へのメッセージだったのだという。倉石は偽名だ。本名は明かさない。今は倉石なのだという。俺はビデオとニュースにすっかりだまされた。死んだのはこの男とは別人だ。心疾患で余命いくばくもないホームレス、もちろん保険にも未加入でただ死を待つだけだったらしい。倉石と取引をした男はあの女を加工した時のように高度な医療技術によって顔を変えられていたのだ。そして、倉石に指示されるまま、渡された所持品やIDを身につけて現場へ行った。もし男の気が変わって裏切るようなことがあったとしても死にぞこないのホームレスの戯言は誰も信用しない。施術後、多額の金がその男の両親に渡されたと言う。名目は断崖でのダイナマイト埋め込みの危険手当だ。だが、その男の母は既に亡くなり、父は痴呆が進んでる状態であったため、金は介護施設と墓地への献金として処理された。実際の爆発はビデオほどのものではなかったらしい。
亡くなったのも倉石と一名のテロリスト。それはあの時、くぎづけになっていた見ていたテレビ報道から知ってはいた。警護の兵士たちはビデオの中で無残な姿になっていたが報道では爆発に巻き込まれた模様とのみ報道されていた。軍施設の被害の度合いは即時に報道されない場合があることを倉石たちは計算済みだったということだ。だが、俺はビデオ映像の中の兵士たちの銃口と爆発の激しさに動転していたのだ。すっかり怖気づいてしまったのだ。国家が何らかの理由で俺たちを抹殺しようとしていると・・・。そして、倉石達の思う壺にすっかりはまり自暴自棄の数日間を過ごすことになった。
亡くなった男の死因は爆発によるショック死だった。俺は爆発の激しさに相反して軽度な遺体損傷の度合いに疑問を抱きながらも死因を聞くことはしていなかった。
「それがお前の第一のマイナス・ポイントだったよ。」倉石は言った。
「マイナス?」
「俺は期待はしていたんだ。お前の経歴と掃除屋の仕事振りをみてな。気づかれたときのシナリオもミストから渡されていた。」
「ミスト?」
倉石は「ミスト」の存在を俺にあっさりと伝えた。
「情報ネットワークの最深部でつながりあった天才達がデザインした組織だ。」
「信用できるのか。」
「任務を遂行すれば分かる。頭だけではわからない。」
「闇雲に信じろと言うのか。」
「強制はしないがミストが必要とする人間ならば極自然に俺たちの側にまわることになるだろう。」
「全てはそのミストとやらの手の平の上ということか。人間社会のどんなこともお見通しってわけだ。」
「全てとは言わないが、ほぼ全てだ。」
倉石はミストのミッションのサンプルとして俺が見せられたビデオディスクの件について話を続けた。
「俺はあの日、基地周辺にはいなかった。ビデオのデモ隊も基地も捏造だ。基地はあれほどに破壊されてなかっただろ。つまり、後のテレビ報道が正しく、事前に詳細を伝えていたビデオディスクの中身は加工されていたということだ。」
「ビデオ通りの事件を後から仕組んで引き起こすなんてことが本当にできるのか!」
倉石は即答した。
「簡単だ。ミストのシナリオどおりに事件を起したまでだよ。」
「俺1人をだます為にか。」
「まさか、ミストは天才集団だ。あの事件はリンクする複数の状況に直接・間接、短期・長期に影響を与える。たとえば、あの若いテロリストは将来大物になると言う予測があった。だから、ミストのアジテーターを使って扇動し間接的に処理した。俺自身もあるターゲットに素性がばれかけていた。だから、死んだことにしてもらった。それがミストのシナリオだ。」
「たとえば・・・・、とうことはそれだけではないということか。」
「もちろんだ。末端の俺の処遇やテロリスト1人を葬る為に、増してやお前1人をテストするために、ミストのシナリオが作られるわけが無い。」
「ミストが世の中を自在に操れると言うのか。」
「可能な限りな。」
「目的は何だ。」
「世界の終焉を少しでも遅らせる為だ。全ての文明はいずれ終わる。有史以前のように生物が抗えぬ自然の思し召しなら受け入れもしようが、人類自身の自殺行為・温暖化のように緩やかな自死への行為で人類が終末を迎えるのをミストは阻止する。目的はシンプルだが完遂は至難の業だ。」
「随分、スケールのでかい話だな。じゃ、掃除屋の件だが、ポストにあった依頼もお前達が仕組んだのか。」
「あれはお前がパスポートを作り始めたと言う情報が届いた時点で俺が再投函した。お前の再テストのためにな。依頼人は大分待たされたことになるが、こんなものはミストの指令を遂行できるかどうかのプレテストに過ぎない。」
「やはり、俺を見張るものがいたのか。あの三人はお前達の仲間か。」
「彼らはNPO法人組織に救済されたホームレスだ。組織内に俺たちの仲間がいて、お前のところに行かせた。彼ら自身はお前同様、単なる同居人としての認識しかない。だが、何も知らぬ彼らを通してお前の情報収集はしていた。彼女を置いたのはミストの侵入スペシャリストだ。」倉石はことの詳細を躊躇することなく話した。
俺はあまりの張り合いの無さに嘆息した。
「じゃあ、お前宛てに見せかけたメッセージも実は俺へのメッセージと言うわけか。」倉石はうなづきながら問いかけてきた。
「どうする?。」
「望んで来たわけじゃない。」
「ならば、我々はミストの指示を待つ。」
「俺を殺すのか。」
「指示があればな。実行するのは俺じゃないと思うが。」
「死ぬことは怖くはない。裁かれるのは本望だ。この部屋ごと吹っ飛ばせよ。」
「こんな建物をふっ飛ばしてもミストの目的への効果は0だ。ミストは一つのアクションで存在を悟られぬままに複数の目標を達成する。お前一人葬るのにそんな危険は冒さない。」
「なら、俺に何をさせたい。」
「もう、わかってるだろ、ミストの任務の遂行だ。各国諜報部も欺きながら、そして、俺たちとは目的の異なる私設の暗躍集団とも対峙しながら任務を遂行していく。しかも、存在は絶対に知られてはならない。」
「対峙する暗躍集団?」
「任務遂行していけば、いずれわかる。今回の任務には絡んできていないようだがな。」
「ミスト・・・霧か。なぜ、フォッグとは言わないんだ。」俺はどうでもいい質問をした。
「彼らの洒落だな。フォッグは濃すぎて存在が目に見えてしまう。ミストは透明度が高い。しかも、しっかりと対象にまとわりつく。ヘイズじゃ弱くて薄すぎるってとこだろ。」
「ナルシストの集団だな。」
「ミストにできないことは無い。ミストの天才集団の能力は各国首脳をサポートする人間達の知力・能力をはるかに凌駕している。しかも、彼らには野心が無い。」
「なぜ、そこまで言える。」
「俺を導いたエージェントが語っていた。俺はその男のいうことを素直に聞き入れ、信じることにした。結果的に様々な危機が回避されるのを目の当たりにしてきた。」
「ところであの女の役目はなんだったんだ?」
「ジェシーは素性がばれそうになった俺の代わりにお前の価値を調べに来たんだよ。」
「ジェシー?」
「いまどき聞かない名だろ。もちろん、コードネームさ。彼女はお前がミストの指令を遂行できるか、真のターゲットの攻略に耐えうるか、それでいて人からは目立たぬ存在であるかを継続調査していた。」
「真のターゲット?」
「俺たちは国の為に動いてはいない。ミストの考える正義のために動いている。」
「正義・・・・。」
「そう、お前が最も信じられないものだ。」
「なぜ、わかる!」俺は真意を突かれてたじろいだ。
「ミストのプロファイラーの分析だ。お前は正義、あるいは戦うことの意味について疑念を深くもっている。」
「俺は正義を信じない・・・。」
「まっ、いいさ。その点はミストも問題にしていない。とにかく俺たちはミストの放つ仄かな光に寄り添う影になる。そして真のターゲットを攻略する。」
「・・・・・。」
「なぜ黙ってる。ミストの依頼を受けてくれるだろ。掃除屋の仕事を平気でこなしてたんだからな。あれは正義のためだろ。」
「違う。掃除の依頼者は計算の無い身近かな連中だ。だが、国だの組織だののトップの連中は狡猾だ。やつらの正義は当てにならねー。それに掃除屋の仕事は正義とかそんなもんじゃねー。身近な人間のわらにもすがる思いをかなえてやっただけだ。」
「甘いな。現実を見ろ。物欲・支配欲に駆られた人間に意図的な死をもたらされている人間たちは絶えない。いや、それでも目に見えているもの達はまだましな方だ。手を差し伸べようとする者がいずれ現れる。俺たちが救わねばならないのは誰も知らない見えない死を強要されている者達だ。闇から闇へ葬られる骸たちだ。しかし、それらを表に晒そうとすれば、さらに見えないところで多くの命が危険に晒されることもある。」
「よくわからねー、どういうことだ。」
「たとえば、半世紀以上前の戦時下での人体実験。発覚を恐れた軍部は残りのサンプルとなる人間を全て処分した。証拠隠滅のために拉致したもの全てを抹殺してしまった。また、ある闇の臓器売買の連中は当局の捜査が絞り込まれてきたことに焦り、貧困層の子ども達を閉じ込めたコンテナをそのまま海上で遺棄してしまった。白日の下に晒せる悪と、その前に片をつけなきゃならねー悪があるってことだ。だからこそ俺たちは秘密裏に指令を遂行する。メディアなどに真実を晒される前に、追い詰められた権力が大量虐殺を遂行したり、新興国が核に手をつけたりする前にな。」
俺は倉石の話を聞き続けた。
「たとえば、名も無い命が平和の美名の下、国家間の取引の闇に封印されてしまう。仲直りしたのだから過去を蒸し返すことは無い。過去の犠牲は無かったことにしようというわけだ。拉致されて、あるいは抑留されて理不尽に消えていった命については不問ということだ。人身や臓器の売買についても同様だ。しかし、闇に葬られたものたちの無念はどうなる。きれいごとのための、平和のための犠牲か。ミストはそれらを遂行するものたちを抹殺する。」
「待ってくれ、、俺はこの先は聞かないことにする。」
「ミストの依頼は受けられないと言うことか。」
「生まれたときから罪悪に染まっている命はない。下衆どもに義憤は感じても命を吹き消すのはもう止めにしたい。」
「お前、これまでのことをなかったことにする気か。ヨーロッパでの転戦。何人殺した。お前はその罪を償いたいと思っていた。だが、誰もお前を裁けない。戦争は必要だからだ。命令に従って殺人を犯した兵士は裁かれることはない。だが、俺たちは違う。カタストロフを早める戦争を容認しない。その引き金となる奴らと実際に手を下したものたちを秘密裏に処分する。したがって、お前も許さない。」
「さっきから覚悟は出来てると言ってるだろ。」
「甘いな。お前の罪は罪を重ねることであがなわせる。苦しみ続けることであがなってもらうんだよ。」
「是が非でも俺をお前達の世界に引きずり込むと言うのか。」
「断っても、いずれお前はミストに来る。自然にな・・・。それがミストの意志だ。」
「正気なのか。」
「すでに狂気だと気づいてるだろ、お前は。正気じゃ、この世界の闇は裁けない。ミストは生者でも死者でもなく、幽鬼のごとく狂気を秘めながら、世界の病が進むのを遅らせる存在だ。毒をもって毒を制す。俺たちの心の闇で世界の闇が広がるのを少しでも遅らせるんだ。ミストの仄かな光によって生まれる影たちの闇の心でカタストロフの可能性を一つでも多く回避していくんだ。」
「まるで、夢物語・・・、荒唐無稽な理想だよ。」俺は薄ら笑いをした。「現に俺やお前みたいな人間がいる以上、遠い将来、破滅の日が来るのは間違いない。それを知らない人間が多いと言うだけだ。でも、それでいいだろ。明るい光だけを見つめて生きていって何が悪い。刹那的でも幸せを思い描きながら生きていくのが大方の人間の生き方だ。」倉石は黙ったままだった。
「じゃあな!!」俺は部屋を出た。彼は部屋から出てこなかった。すでに監視役が俺をどこかから見つめているに違いない。だが、知ったことではない。もう、この街に戻ってくることは無いだろう。倉石の正体も女の正体もミストという組織の存在も分かったのだから。全て、俺の心の奥底に沈めて、裁きの来る日を待ちながらひっそり暮らせばいい。とにかく日本に戻る。生まれ育った古里に・・・。


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