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作品名:S・O・S : S-CITY OF SYADOWS 作者:ふ〜・あー・ゆう

第2回   2
2年前、俺は確かにニューヨークで闇の仕事を請け負っていた。そして疲弊して日本に戻ってきた。田舎町でのゆっくりと流れる時間。山と河の美しさ。俺は自分の中に残る僅かばかりの喜怒哀楽の情を仄かに漂わせながら町の人たちとかかわり暮らしていた。しかし、やがて都会の匂いが懐かしくなり、ふらふらと桃源郷から出てきてしまった。そしたら、この仕打ちだ。俺は彼女への思慕と気味の悪さがないまぜになった感情を抱きながら彼女の眠る箱をじっと見つめていた。外に出る気にはなれない。片膝を抱えたまま時間だけが流れていく。当然だが腹も減らない。戦場ではどんな状況でも飯が食えた。今はそんなタフさは無い。・・・もう無いはずだ。

俺は心の奥底に封じ込めようとしてきた過去から今までの所業とこの状況とのかかわりを一つ一つ照合していった。こうなった原因は一つかもしれないし、複数が複雑に絡んでいるのかも知れない。考えが煮詰まってくるに連れ、俺は疲れ果て迂闊にも眠り込んでしまった。半時ほどが過ぎた。「あぐっ!!」。俺はとっさに体を反転させ、1人きりの部屋で身構えてしまった。判断を要する状況に一応の結論も出さぬうちに休息に入るのは命取りだ!!過去の経験が蘇ってきた。過去の俺が今の俺を戒めている。これでは飯も食えないし、眠ることも出来ない。過去の俺が目を覚ましてきている・・・。俺が飛び起きたのは体勢が崩れたことへの反射的な対応に過ぎなかった。敵はどこにもいない。見られている気配すらない。過去の俺が目を覚まし、そう伝えている。しばらくはまんじりともしない。腹も減らないだろう・・・。箱はどこに置いておくべきか。押入れの中か。いや、それでは彼女が寂しがる・・・。寂しがる?なんてこった!!感情が揺らいでやがる。俺はそれほどまでの思いを彼女にもっちゃいなかった・・・はずだ。とにかくこのままにしておこう。目の前にある方が敵に奪われることも無いだろう。いや、奪いに来れば正体をつかむのに好都合だ。ならば、しまい込んだ方が・・・、違う・・・元の場所にあるからこそ奪いやすい・・・とにかく彼女は俺が守ってやらねば。?・・・・・ふぅ・・・、どうかしてる・・・。一度放置したものをわざわざ奪いに来るはずも無い。問題は彼女をどうするかだ・・・。非情と有情の間で俺は新しい目覚めを迎えようとしていた。

数日が経った。俺はあの日以来、見ることのできなかった彼女の顔が無性に見たくなった。戦場を渡り歩き感情をなくしていた頃の俺なら彼女の顔を始終見つめることなど造作も無いことだったろう。死人の顔などうんざりするほど見ていた。しかし、除隊後の俺は徐々に感情を取り戻してきていた。倉石と掃除屋をしていた頃も無感情にターゲットを葬ったことは無い。その度に痛みは感じていたのだ。
そっと箱に手を伸ばす。そっと髪に手を触れる。労わるように慈しむようにゆっくりと取り出す。
美しい彼女の顔はまるで観音像のように俺に何かを伝えようとしている。
その死に顔はなぜか安堵の表情だった。。もう、おう吐も嗚咽することもなくなっていた。不思議なことに彼女の顔には数日たっても何の変化も見られなかった。何らかの処置がなされているのだろう。首の切り口は相当にシャープだった。まるで豪邸の剥製にでもするようなシェイプだ。これほど鮮やかに切られたのなら痛みも衝撃も感じなかっただろう。
気になるのは頭部に小さな切開痕があることだ。比較的新しい。冷静に彼女の顔を見つめる。こんな陰惨な状況にも変わらず、俺の心はいつしか穏やかで静かなものになっていた。女の頭、傍らにたたずむ俺。互いに静かなままだった。そのとき、俺は直感した。俺は過去に夥しい死を見てきた。
この女は多分、俺の為に死んだ。俺の狂気を復活させる為に死んだ。彼女は俺がもう死んでいると言っていた。そして、新しく生まれ変わると・・・、しかし、俺はその意味もわからず、若き日の狂気を捨て去る為に日本に逃げ帰って来た。一生、罪に問われることの無い罪から逃れ続ける為に・・・。この仕打ちは・・・誰かが俺を利用しようとしているのかも知れない。あるいは、生きることも死ぬことも出来ない幽鬼のような俺の心を助けようとしているのかもしれない。半死人のような俺を今の状況から救おうとしているのかもしれない。しかし、そのために彼女をこんな姿にするというのか・・・・。あの三人はこのまま、俺を犯罪人に仕立て上げるつもりなんだろう。罪に問われぬ俺を裁こうとしているのだ。しかし、ならば、それでいい。俺は裁かれたいと密かに思い続けてきた。誰かが俺の罪を裁いてくれることを臨んできた。彼女は霧のようにまとわり着く悪夢から俺を助け出そうとしてくれているんじゃないのか。あれこれと思案する。闇の中に潜む連中はいっこうに顔を現さない。ニューヨークのあの部屋での出来事から2年が過ぎている。あれ以来、俺は監視されていたのかも知れない。彼女が俺を観察していたように、いや極めて純粋な心で見つめていてくれたように。彼女の遺志を継ぐものたちが彼ら三人だったのかも知れない・・・。とにかく俺を見守ってきた。ある目的の為に・・・・。そうだ!!目的のために監視してきた・・・・。

でなければ、彼女がここにいる意味がわからない。高度な技術を施された姿で、俺に静寂の中の非情さと温かく穏やかな感情を同時に呼び起こしてくれる表情のまま、再び表れたのには目的があるはずだ。
俺はかび臭い部屋を出てスーツを着込み、彼女の頭を包んだタオルをそっとバッグに入れて銀行に向かった。傭兵時代にストックしていた有り金でとりあえず日本を出ることにしたのだ。空港では司法関係者の偽のパスポートを提示する。外国籍の変死体の頭部検死を海外の機関に依頼すると言う名目で渡米すると言う筋書きだ。貨物室の遺体搬送スペースに乗ってもらう彼女とはしばしの別れとなったが、久しぶりにゆっくりとまどろむことができた。昼間の日本を出て13時間ほどで昼間のニューヨークに着く。降機後、彼女を受け取り、すぐにラフな姿に着替えてバッグをデイパックに変える。彼女の首には何らかの処置が施されている。かなり高度な技術だ。一体誰が何の目的で・・・。俺は以前の部屋のレンタルを依頼し、そこへ彼女を送り届けることにした。つまり、ニューヨークのあの部屋に二人で戻ることにしたのだ。全ては多分、あの部屋から始まっている。日中はエア・トレインと列車を利用するのが早いのだが、部屋についてからは何があるかわからない。今から少しでも休息をとり、不測の事態に備えようとマンハッタンまではバスでの移動を選択した。彼女を膝に乗せて一眠りする。やや西に傾いた日差しが瞼を照らす。やがて、摩天楼が見えてきて、俺は第二の悪夢の地に降り立つ。ためらうことなくイェローキャブに乗り込み、かつての部屋に向かう。不動産屋から鍵を受け取り、古びたアパートメントの前に立つ。不思議なことにポストには未だに俺たち掃除屋への依頼らしきものが投函されていた。特殊な依頼だからポストからあふれるほどにはなっていない。もちろん開封されてもいない。手紙をひとまとめに引き抜いて階段を登りドアを開ける。部屋の中は以前のままだった。突き当りの部屋の窓際に置かれたソファに座り、封を開く。安の状、きわどい依頼内容はそのままだった。しかし、その中に新しい日付で倉石に宛てたような内容が綴られたものがあった。「深
く知れば逃れられぬ世界がある。それでも君は望んでこちらへ来た。」あの時のデモ隊からの手紙なのか。冥福を祈ると言う意味なのか。でも、あいつはデモとは無関係じゃなかったのか・・・。それに、この手紙は誰が読むことを想定したんだ・・・。手紙の主は俺が舞い戻ることを知っていたのか。自分がああなる前になんとかしろということなのか。女の死、数々の新しい依頼、倉石の死。時は俺の混乱を待ってはくれない。いや、俺自身、一刻も早く混乱から抜け出したかった。日本でのあの日以来、俺の中での混乱は途切れることなく続いている。
とにかく、これらの依頼を遂行しよう。掃除人が帰ってきた証に・・・。ことの始まりは多分、この部屋にある。この部屋で計画し遂行してきた数々の仕事にかかわりがあるのだろう。再び、俺は闇の仕事を始めた。手始めに幼女殺しのターゲットをなんなく始末した。腕は衰えていない。ターゲットを探り出し、声をかけ、間違いなく本人だと分かり、その場で頚椎を一撃した。ターゲットの目は唖然としていた。翌日はストリートギャングのボスを廃人にしてやった。悪徳警官の目を潰してやり、弱い者からふんだくった金をハーレムの住民に返してやった。野良猫に名前をつけてやった・・・。彼女はいつも静かにソファの上で待っていてくれた。
それは突然だった。たまっていた依頼の全てをなし終えたとき、目の前に倉石が現れたのだ。ニューヨークの人ごみのはるか向こうに何気なく通り過ぎた人影を俺は見逃さなかった。俺は全力で駆け寄って倉石と思しき男を締め上げた。
「ここじゃ目立つ。俺たちの部屋に行こう。」彼は小声で精一杯に言った。部屋に入るなり、彼はソファに腰を掛けた。
「見つけてくれると思ってたよ。いや、見つけられなかったら失格だった。」
「どういうことだ。」
「彼女の願いだ。彼女は君への招待状、そして彼女を葬ったものたちへの挑戦状だ。」
「ますます、わからねー。お前は俺の敵なのか、味方なのか。」
「兵士はそこにこだわりすぎる。単純。浅識。でも、彼女はお前に期待していた。」
「期待していた?」
「大丈夫。合格だよ。お前は賢い。彼女と一緒に帰ってこられただけでも申し分ない。とても、単独でできることじゃないからな。」
「もっと判りやすく言え!!」普段なら冷静な判断の出来る俺も謎かけの連続のような対話に我慢できず、倉石の首を締め上げていた。
「ぐわっ。まて!!」俺は少し力を緩めた。
「俺がお前に殺されても終わりにはなんねー。第二の俺が現れる。俺たちは善でもあり悪でもあり、またそのどちらでもない。いつもの聡明なお前なら冷静に禅問答を聞き流し、この言葉の意味をいくぶん察することができるはずだ。もちろん、全ては無理だ。おれもそうだった。」
「聞かせてくれ。」俺はソファの斜め前にあるテーブルの所へ行き、倉石の目を疑り深く見つめながらイスに腰をかけた。


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