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作品名:S・O・S : S-CITY OF SYADOWS 作者:ふ〜・あー・ゆう

最終回   17
そのとき、エクスプローラーの屋根を突き破って後部シートに白く長い腕が現れた。負傷して反応がやや遅れたマチェクのうなじにその拳は到達し、すかさず開いた手の先からスティレット(錐刀)が現れ、うなじに突き立てられた。その腕は確実に急所をねらったのではなく、獲物を探す生き物の首のようにぐるりと回した手に触れたものに素早く食指を打ち込んだように見えた。ケイはとっさにその腕をつかみ、力任せに引きちぎろうとした。むろん、人力でそのようなことはできない。しかも、片腕しか使えないのだから、それほどのダメージも与えられない。腕はほどなく天井に戻り、代わりに逆さの頭が運転席を覗いた。倉石はアクセルを踏みながら銃口を男の眉間に当てた。「お前たちは俺たちの双子・・・。」倉石は引き金を引かなかった。「俺たちはミストの自爆装置・・・。お前たち闇のミストの存在が暴かれそうになった時、表の世界で悪党とされている俺たちゴルゴダが全てをくらます為に動く。全ては俺たち悪党が引き受ける。お前たちは可能なら生き延びろ・・・。」男は低くつぶやいた。マチェクが呻きながら言った。「私たち現世代のミストもゴルゴダも一旦、消滅するということですね。いずれ彼の人の指図で次世代が生まれてくる。あなた方は敢えて悪となり私たちを守っていた。」「どういうことだ。」ケイはとまどっていた。倉石は無言で男の眉間の銃を離さない。男も眉間を銃からはなさない。「・・・わかるでしょう。倉石、引き金を・・・。」倉石も全てを察したようだった。男はほっとしたように笑った。倉石は引き金を引いた。男の姿が後方の荒地に投げ出され、やがて見えなくなった。「あの男もやっと使命を終えられたわけだ。」倉石が二人に言った。「そして、私も。」マチェクが答えた。「何言ってるんだ。三人で彼の人に会うんだ。」ケイが驚いて言った。「はっきりと言いますが私はあなた方より抜きん出て才能がありました。これは世の中で目立ってしまうのです。天才は短期間で役目を終えていなくなるものなのです。」「あのスティレットはただの得物じゃなかったということだな・・・。」倉石はマチェクの言わんとすることを察していた。「私のニトロ・カプセルと同じ。あの男は私を狙い、私のために撃ち込んでくれたのです。倉石があの男に放った銃弾のように・・・。」「マチェク、あんたのおかげですべてが分かり、ここまで来れたんだ。なぜ、ここで終わらせるんだ。」ケイがむせぶように言った。「もういいのです。あの男の、はからいなのです。揺れる車内で私は吹き飛んでないでしょ。あの男はラスト・トークを楽しめるようにカプセルに時限装置を組み込んでくれていたのです。ここらで降ろしてください。」倉石は車を停めた。三人は車外に出た。足を負傷しているマチェクはその場に膝まづいた。「私が思うに、あなた方は彼女に会いに行き、真実を知らされる存在なのですよ。」「彼女・・・。」「それも仮の姿と思われます。会うことがあなたがたにとってハッピーエンドになるのかバッドエンドなのかもわかりません・・・。私の最後の役目はあなたがたをここまで導くことだったのですよ、多分・・・。」「倉石、俺はマチェクと一緒にここに残りたい。もう進みたくはない。」「運命に従うのです・・・。あなたがた二人は初めて会った時から一緒だったのでしょ。」「もういい。もう何も知りたくない。」「行きなさい!!行けー・・・。」冷静なマチェクが人前で初めて声を荒げた。搾り出すような声だった。膝まづいたまま、それは最後の祈りのようにも聞こえた。マチェクは静かに目を閉じた。瞬間、頭が形を失い、首から上のない胴体が夕日に照らされながら、すまなそうにうなだれるかのように佇んでいた。その体は悲しげに何かを訴えていた。「彼の地にあるのが希望か絶望か・・・、マチェクにもわかってないことがあったのさ。俺は悲しくはない。お前と出会えたことこそが希望だよ。絶対にハッピーエンドだ。その確信がマチェクには、なかった。」「そんな。」マチェクの亡骸を見つめたまま、ケイはつぶやいた。「マチェクは今までしてきたことを懺悔してここで終わることを望んだんだ。彼女に会う資格があるのは自分ではないということもわかっていた。俺たちがミストの・・・、マチェクのエージェントになるんだ。行くぞ!!」倉石はエクスプローラーに乗り込んだ。「ケイ、マチェクの代わりに完璧なナビゲート頼むぜ。」ケイは佇むマチェクを見つめながら助手席に乗り込んだ。「聞いてたことだけは完璧にこなすさ・・・。」ケイはつぶやくように言った。倉石はアクセルを踏んだ。ケイは夕日を受けたマチェクのシルエットが遠ざかるのをしばらく見つめていた。二人は富士山ほどの標高にあるプーノの街を通り抜け、チチカカ湖畔へ向かった。藁のようなトトラで出来た浮島・ウロス島に彼女は居るという。しかし、その老婆はもうそこにはいなかった。彼女は既に亡くなっていた。しかし、その名を住人に告げると、マチェクという男へのメッセージを託された住人が紙の切れ端のようなメモを出してきて倉石に手渡した。住人はその文字を読めなかった。老婆の名を知る日本人がそこに訪ねてきたことも無かったようだ。メモは日本語で書かれていたのだ。「彼の人は、彼女は、マチェクがその存在を突き止めるのをわかっていた。そして、日本語が読める俺たちがマチェクの代わりに来ることもわかっていた。彼女はすべてがわかっている存在なのかもな・・・。」二人は言葉を発せなかった。そこには二人へのメッセージらしき内容がメモされていた。マチェクの死は想定内であり彼女は既に別の存在としてその姿を変えていたことが著されていた。二人はペルーの街に戻り、ネットにつながるパソコンにケイがマチェクから聞いていたパスワードを打ち込んだ。画面が開き、「ゼウス・システム」という文字が現れた。「全能の神ゼウスか・・・。」倉石がため息をついた。やがて自動的に説明画面が現れた。「ゼウス」という言葉自体が宇宙に起因するものであり、人類が造り出した言葉ではないことが書かれていた。そして、彼女はゼウスシステムと共に永続する存在であり、彼の人自体がゼウスシステムそのものであること、それは極点付近に眠る或る存在と表裏一体であることが綴られていた。ゼウスシステム、それは惑星生命体が他の惑星に種子としてシードとして飛び立つために生命と文明のリレーを担わされた先行生命体からの全能プログラム。戦争や星の寿命、種としての退化など、文明の末期を迎えた種族の生き残りたちが新天地で繁栄していくための高等生命体の生と死を管理しその存続を図るシステム。視覚できる人型有機体と視認できない宇宙法則との関係を司るシステム。「俺たちは想像を超えたシステムに組み込まれた極小の点ということなのか。」ケイがつぶやいた。「行ってみるか。極点へ。」「ここまで来たら皿まで喰らうさ。しかし、極点なら海底もありうるぜ。」「マチェクは掘削機も移動手段も用意してくれてる。この説明には目的地もその状況も記されてる。」「О・パー・Uか。メモに書かれていたのと同じだな。」「全く人を馬鹿にした暗号だよ。オーパーツとはな。」「日本人が読んだら、一発でマンマの暗号だとわかる・・・。怪しさ・不思議さ丸出しだな。」ケイが苦笑した。「マチェクは限りなく、システムの意思に近づいていたんだ。」倉石がつぶやいた。数週間後、二人は北極点近くにいた。あれほど派手な戦闘をした南米でのできごとはテロリスト集団・ゴルゴダの内部崩壊として片付けられていた。特殊な掘削機で地面をくりぬいていく倉石。防寒具を身にまとった二人は極北の地底に眠っていたとある隕石を見つける。「これがシステムの本体だ。センサーも反応してる。」ケイが言った。「マチェクが説明に書いていた通りだ。サイコパルス(精神波)を発信し続けている。人類の精神に動物とは異なるより良い影響を与えるために・・・。」「俺たちがいずれここに来ることわかっていたんだろう。掘削技術の発展を予測した上でここに打ち込まれた。かなり強烈なサイコパルスだが俺たちの脳はなんの影響も受けていない。掘り出すのを妨害する波長も出していなかった。全てお見通しというわけだ。」「いや、今、脳裏に伝えられたことがある。」ケイが言った。「何て言ってる。」「ふっ、簡単なことだよ。引越しだ。埋める場所を変えろってことだ。」「ちっ、あんなに犠牲を払いながら・・・。御神体としてどっかの教団にでも渡しちまうか。うぇっ!!」「どうした!!」ケイは驚いて言った。「叱られた。すべてが頭の中に入ってきた。」「全て。」「俺たちが理解できるレベルのことだけだがな。」「教えてくれ。」「世界がこの石のサイコパルスに満たされていることに気づきうるのは人類史の中で断続的に継承されてきたセブンブレインのみだ。人類はこの石の意思によって時には滅びかけ、時には繁栄し、存続してきた。マチェクが気づいていたように、全ては地球外生命の仕組んだ文明維持のメソッド。高等文明はその末路に後の高等生命体発生の惑星にシステムをリレーすべくゼウス隕石を投下する。地中深く打ち込まれたそれは文明が熟したときに掘り出される計算になっていて、その指示で生命が管理されていた。まだ聞くか。」「もう、いいや。」「俺もだ。こいつはこのまま、ここに残しておこう。」「大じょうぶか。またパルスの衝撃が頭を貫くんじゃ・・・。」「それが今度は何もねー。」「・・・、いずれまた俺たちがここに来る時でも間に合うってことだろ。そこまで読んでるんだよ、これは・・・。」「帰るか。まずはお前の振り出しのSーシティへ。」「付き合ってくれるのか。」「当たり前だ。それがこいつの意志なんだよ。極めて自然に俺たちを操作してる。より良い方向にな・・・。」「滅亡を遅れさせているんだな・・・。しかし、どうしてシティに戻るとわかった。石が伝えた・・・。」「それは違うぜ、多分・・・。ニューヨークの時のようにお前は一旦、あそこに戻るはずだとおもったのさ。」「なるほど。」「・・・俺たちは歴史の中のナノ・サイズにすら及ばない地球人類の歴史の中の極小のコマだ。抗っても皆、この石の真実からは逃れられない。次の星にこいつが打ち込まれるときまで俺たちミストの歴史はゴルゴダと共に続くんだ。」「敵とも味方とも戦い続ける手の平のコマか。疲れるな。だが、偉大なコマってことだな。」二人はこれから何百万年、あるいはそれ以上に変わらぬ事実の中の極小のコマとして身を投ずる決意をした。ひとつの物語の終わりはそこに孕まれた新たな物語の萌芽となる。全ては石の意思のままに。人類の命は重いがしかし、破滅もはらむがゆえに、忍んで人をあやめる立場を受け入れるのがミスト・・・。あえて異端となり永久の歴史の暗部を担う影の戦士達。(完)


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