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作品名:S・O・S : S-CITY OF SYADOWS 作者:ふ〜・あー・ゆう

第14回   14
ジェットは燃料節約の為、少しずつ上昇し始めた。機内の温度がやや下がる。「マチェク、このまま凍りついちまうんじゃねーのか。」「がまんしてください。もう少しで日が昇ります。15分ほど水平飛行してそのあとは燃料を節約して降下しながら滑空していきます。」「ってか、この機体、気圧でバラバラになったりしねーのか。」「少し黙ってろ。俺も寒いのと狭いのとは苦手なんだからな。」倉石がぼそぼそといった。「おい、今、なんか光ったぞ。」「わかってますよ。私たちより下方を飛行していますから、このコクピットから見えるということはかなり離れていますね。」「とはいっても、あの飛行速度はジェットじゃねーな。すぐ追いつくぞ。」刑が首を伸ばした。「かまわなくていい。やりすごしな。」倉石はそっぽを向きながら目を瞑った。遥か前方に昇り始めた日の光を受けて発光する飛行体はみるみる近づいてきた。「二つ見えるぞ。あれが逃げ出した連中だな。やはりプロペラ機か。」「我々とおなじく国籍不明機ですね。低空を飛んでレーダーにひっかからないようにしてるんでしょう。」「ロシア空軍にスクランブルをかけられたら木っ端微塵だからな。ナホトカ・ルートのどこかで支援者と落ち合うのか、このまま日本にでも向かうんだろ。」倉石は目を瞑ったまま、呟いた。「やっぱり納得できねー。あいつらほっといたらなにしでかすか、わかんねーんだぞ。」「私たちはミスト中枢メンバーの判断で動いていればよいのです。表の当局の方々を手助けすることでミストのシナリオは最良の形で完了するのです。」「それにこの機体には武装が無いからな。」倉石が片目を開けた。「そのとおりです。この機体は脱出専用で最小限の装備しかありませから、あれを打ち落とそうにも手段がありません。」「わかってるよ。3人ぴったり寄り添ってる狭さから察しはついてるがな。にしてもな・・・。」「んっ!下方から飛翔体だ。マチェク、回避は間に合うか。」倉石が機外を片目で確認した。「いいえ、あれがねらったのは我々ではありません。」「おい、前方の一機に命中だ!撃墜されたぞ!!」「かわいそうに低空飛行な分、下から狙われたらイチコロですね。」「あれはロシアじゃねーな。この低空で先回りして狙ってくるのは多分、ゴルゴダのロケット砲だな。」倉石は冷静だった。「もう一発撃ったな。」刑は前方を凝視した。「あの機体、猛スピードでかわしたぞ。プロペラ機の癖に相当な腕前だな。」「暢気なことも言ってられねーか。次は俺たちの番だ。前のは一人乗りだが、こっちは三人乗りで重量がある分、ジェットとは言え、回避速度に限界がある。」倉石が静かに、しかし、やや緊張気味に言った。「くそっ、奴らも俺たちも丸ごと処分して全てを闇に葬るってわけか。依頼主の意向どおりの行動だぜ。」「マチェク、考えはあるか。」「もちろんです。彼らの待機する地点の上空を通過したときがチャンスです。」「その前に撃ってきたらどうする。」「誘います。特攻に見せかけて奴らに突っ込みます。」「ばかな。この機体にそんな性能があるのか。」「武装はありませんが、私が飛ぶことのみに特化して設計した機体ですからね。でも、万一のときはアイムソーリーです。」「ばかやろう。好きにしろ。」マチェクはロケット砲の発射地点目掛けて加速した。「では、発射地点にさしかかります。」「来たっ。ロケット弾が真下から向かってくるぞ。」「フルスロットルにします。気絶などしませんように。」マチェクは最大出力で垂直上昇を開始した。「うあー、体がつぶれちまう。」マチェクも動けない。自動操縦ボタンを押したあとは限りなく上昇していく。同時に機内温度はぐんぐん下がっていく。「くそっ、まだ上昇するのか。エアコンもお涙程度だし。」刑は歯を食いしばった。倉石は目を瞑ったままだった。マチェクはボタン解除までの残り時間のデジタル表示を見つめている。ロケット弾は尾翼すれすれに近づいてきた。自動操縦が解除された。とたんに機体が減速した。「これまでか!」刑は頭を抱えた。マチェクは機体を水平に立て直した。コクピットから後方を見ると尾翼をかすめたロケットは燃料が切れて、まっすぐ地上に落下していった。数秒後、地表が輝いた。「下方で爆発を確認したぞ。」いつのまにか、上体を起していた倉石が言った。「なるほど奴らの真上にロケット弾を落とすために垂直上昇したわけだ。落下したロケット弾でやつらの武装を誘爆させる作戦だったのか。」「この機体に武器はありませんからね。彼らの武器を利用させていただいたのです。」「生き残った奴はどっちだろうな。」「ロシアの金儲け野郎はあれほどの操縦テクニックはもってねーよ。」「私もあのジャンキーがやられたんだと思います。残念です。」「ってことは、リーダーを失ったテロリスト野郎が生き残っちまったのか。」「多分な。だがな、何度も言うが、かまうんじゃないぞ。ジェシーも任務を終えて、そう思っているはずだ。」「ジェシー・・・。これから俺はどうすりゃいい。君のように透明になれるのか・・・。」刑は倉石の声をぼんやりと聞きながら眼下の海を見つめていた。幽かな胸騒ぎが続いていた。朝日が機体を照らした。三人はまばゆい光に包まれた。


ひと月が経った。播津は札幌にいた。逃走した男の行方は分からないままだった。あれ以来、ミストからも倉石たちからも連絡は何も無かった。とりあえず、世界の危機の一つは回避したということなのか。あの男については当局がいずれ何らかの状況で身柄を確保するだろうから、だまって静観していろということなのだろう。その日、播津は完成して一年程が過ぎた幅20メートル全長500メートルほどの地下歩行空間を歩いていた。彼は札幌に戻ってきてから幾度と無く、ここを歩き続けていた。空間の設計があの地下施設の通路と似ているからだ。地平線の彼方に消え失せたあの男が最後に立ち寄るとしたら、地下の街へと続くあの通路に似たこの場所を選ぶだろう。そう直感したからだ。平日の午後の地下空間は案外、深閑としている。この時間、人々は地上で働いているからだ。・・・俺はあの日、別れ際に倉石たちと口論になった。もし、男の所在が分かったらミストとは別行動で男を処分すると言い張ったからだ。彼らは男が自分達の傍にいるとしてもミストは影の存在ゆえにかかわってはならない。ミスト要員はもっと重症な地域に派遣されて活動している。したがって男の行動によって通常のテロによる被害程度の死傷者が出るのはやむを得ないと言った。そのようなことは世界規模で見れば茶飯事のことであってやむを得ない被害だというのだ。たとえ、わかっていても未然に防ぐ必要は無い、分かっていること全てに対応しても状況は差して変わらない。彼らは言った。未来との関連が薄い事案は放っておいてよいのだと。そうした倉石達の覚めた言い方・考え方が俺には受け入れられなかった。彼らの世捨て人のような物言いが俺にはどうにも耐えられなかった。俺には人の命と関わる全てのことが他人事とは思えない。不可能だとしても関われる限り、かかわっていきたい。彼らはそうした俺のような冷静さを欠いた感情的な行動が結果的に人類を滅ぼしていくという。人は結局、自分に身近なものを守ろうとして、その他の世界を破壊してしまうのだという。・・・そうかも知れない。やはり、俺は透明にはなれない・・・、しかし・・。そんなことを考えながら、今日もまばらな人ごみの中を歩き続けていた。俺はあの男が60%以上の確率でこの街のどこかに潜伏していると考えている。ある意味、それを願っているのかも知れない。「今日で30回目だ。」刑は呟いた。なぜ、奴は現れない・・・・。既に下見を済ませて時が来るまで潜伏しているのか。しかし、奴にはもう、時など関係が無い。事実上の組織がバラバラになってしまったのだから・・。そのとき、後方で女性の悲鳴が聞こえた。100mほど後方で一人の男がコートを広げて立っていた。変質者か。しかし、なんだか様子が違う。女性は男の傍から急いで離れるのではなく、じりじりと後ずさりをしている。戦場と同様の直感が俺を動かした。俺は男の方に向かっていく。男は微動だにせず、通路の中央に立ったままでいる。白人だ。俺はナンバー3が白人の男であることは知っていたがその顔を知らない。しかし、心の中でビンゴとつぶやいた。男の体にはダイナマイトと手榴弾が大量に巻き付けてあった。やっと出会えた。女性は後ずさりしながら警察に通報し始めた。悲鳴を聞いた警備員も集まってくる。俺は彼が現れるのを予想していながらも逡巡していた。やつは、何のためにここで自爆するんだ。見覚えのある場所だからか。自分の言いたいことをメディアを通じて知らせるためのパフォーマンスなのか。男に近づきながら30メートルほど離れたところから英語で、それからロシア語で話しかけた。男がスラブ系に見えたからだ。「なぜ、ここを選んだ。」男はロシア語に対して反応した。「あそこをやったのはお前らだな。一人であれだけの所員を相手によく生きていられたな。」男は刑の姿に見覚えがあった。地下施設で一人去っていったのはこの男だったのだ。しかし、刑は彼のことを知らない。「ちゃんと来てやったぜ。毎日ここを歩いてたろ。別に俺はあの施設に思い入れなど無い。あそこを利用するつもりだっただけだ。」「なら、なぜここを死に場所にする。」「俺の帰るところはもう無い。ならば、あのとき一人で体を張っていたお前の思ったとおりに終わってやろうと思った。それだけだ。」「他人を巻き込むことになるぞ。」「それはテロリストの宿命だ。」「勝手な理屈だな。今、楽にしてやる。」刑はさらに男に近づいていった。男は手にした手榴弾のピンを抜こうとした。「俺の思ったとおりにしてくれるんなら、それはないぜ。」「ここからは俺のシナリオだ。」「つくづく勝手な奴らだな、テロリストってのは。」そのとき、地上からの複数の出入り口から警官隊がなだれ込んできた。刑は後ろを振り返った。「お前たちは何をしようとしている。直ちに投降しなさい。」拡声器の声が地下に響いた。「お前も仲間と思われてるようだな。」男はふっと笑った。当初、、周囲の人間は通りすがりの2人の男に接点があるとは思っていなかった。しかし、近づきながら対話を進めていく二人の姿を見て仲間だと思ってしまったのだ。「やり方は不味いが、お前も俺も世界を少しは、ましにしようと思っただけだ。さて、無駄話はこれまでだ。じゃあな。」男はためらわずにピンを抜いた。刑は体を反転させ、全力で男から遠のいた。事態を察した警官隊も出入り口に殺到する。「くそテロリスト野郎、俺たちミストをお前らと一緒にするな。てめーらはやり方も考え方も全部間違ってんだよ。」刑は太い柱の影で頭を伏せた。男は両手をゆっくりと広げ、天を仰ぎ見ながら微笑んだ。だが、彼に見えているのは低い天井だけだった。右手の手榴弾が破裂し、身につけた全ての火薬が誘爆した。爆発による風圧は出入り口に栓をする形になった警官隊によって、より強烈なものになった。あちこちに火柱がたち、一部の警官隊や通行人の骸が散らばっていた。刑は爆風で吹き飛ばされ手足やあばらの一部が折れかかっていたが何とか歩けそうだった。しかし、不意に立ち上がれば警官隊の格好の的に成りそうだと思い、匍匐で前進した。いきなり、警察が撃ってくるとは思えなかったが、めったに無い異常事態だ。パニックを起しているかもしれない。現場と指揮系統との行き違いも生じているかもしれない。射殺命令が出ていないとも限らない。テロリストの自爆ということで後手に回ってしまった道警だが、実は上層部から今回のテロの実行者についての情報は得ていた。日本政府、警視庁はその潜伏を最初から知っていたのだ。地下駐車場の特別エレベーターからの機動部隊と地下通路を移動する警官隊を自衛隊と共同で展開し、もう一人のテロリストの自爆を阻止しようと地下空間に大挙してきた。そのもう一人の男の情報は上層部にもなかった。当然ながら、刑についての情報などあるわけが無い。ただ、上層部では単独犯として行動を起せるかということには疑問があったため、複数犯人による実行を唱えるものたちが事前に対テロリストプランを練っていた。上層部にとっては好都合なシナリオになったわけだ。地上との出入り口にはダミーで近くのテレビ局のクルーを待機させ、映画の撮影と称して地下空間を封鎖、テロ行為を内密に処理しようとしていた。人権無視の鬼畜施設を利用しようとしていた米ロへの貸しを作るためである。巻き込まれた民間人への保障についても既に動き始めていた。表向きはあくまで地下街爆破シーンの失敗による爆発ということにしておくのだ。新興の映画会社にとっては痛手だが、そちらも国から法外の保証金が出る手はずにはなっている。刑はあちらこちらの火柱を尻目に片足を引きずりながら立ち上がり、ふらつきながら出入り口を目指した。機動部隊は犯人の傍にいた人物がどこにいたかを正確には把握していないようだった。あちこちで救出に駆けつける警官達を尻目に刑は人目につかぬように移動することができた。ここで警官隊に保護されるようなことがあっても病院への搬送までに雲隠れすればよい。しかし、何かが違う。彼らは何かを知っている。スーツ姿の警官達が重傷者でも意識のあるものには片っ端から聞き取りをしている。刑の直感が働いた。もし、保護されて聞き取りがなされ、その後も証人として喚問されれば、いずれはあの男との関係も問いただされる。結果、ミストの作戦もその存在も明るみに出てしまう可能性がある。彼らも俺同様にあの男のことは知っていたのでは・・・。刑はこの場を何としても人知れずに去らねばならないと思った。警官隊は大通・札幌間の全ての地上出入り口に待機していた。警官隊との接触なしにここを出るのは不可能に近かった。煙に紛れてどこかのダクトから脱出するしかない。そのとき、惨状を目の当たりにした若い警官が現場への指示を守れず警官隊の一団からふらりと抜け出てきた。目の前で吹き飛んだ同僚への報復として、多くの警官には気づかれなかった幽鬼のような刑に銃口を向け、発砲準備をした。この警官は爆発の前に刑の顔をしっかりと記憶していたようだ。刑のジャケットの下には火器・火薬があると思い込んでいるようだ。空っぽの目で武器を捨てろと繰り返し小声で呟いている。パニック状態だ。刺激すれば即座に発砲するだろう。・・・終わりか。倉石達の言うとおりだった。刑はズボンのポケットからスティックを取り出した。警官は身構えた。「放射性物質だ。近寄れば、道連れだ・・・。」そのとき、猛煙の中をこちらに向かってくる飛翔体が現れた。後方に催涙ガスを撒き散らしながら、ぐんぐん加速して、刑達の前を通り過ぎる。差し迫った危機を感じた警官が発砲した次の瞬間、刑の姿はそこにはなかった。飛翔体は通路の終端まで来るとそのまま地下鉄の出入り口を強行突破し、西方向の山あいへと消えていった。道警はすぐさま複数の部署と連絡を取り合い山間部への捜索隊を出した。しかし、彼らの足取りは全くつかめなかった。市内に検問が展開される前に市外の石狩湾新港を越えて倉石の待つ当別のダム湖に到着した刑とマチェクはジープに乗って道北を目指した。三人は無言のままだった。数時間後、道北の丘陵地帯に停められた大型ジープの中で倉石が刑にスティックを手渡す。「スティックを折って自決しろ。」「ここは幌延の核廃棄物埋設地ですから、あなたの行動は放射能汚染の危機への抗議行動として処理されます。もちろん、スティックは回収して別の放射性物質を抱かせて上げますから、ミストの存在とはつながりませんので、ご安心を。」刑は黙ってスティックを受け取った。だが、折ることができない。数時間前は本気で折ろうとしていた。しかし、生きながらえた今は躊躇している。「マチェクがお前を確保したのは口を割る可能性が高かったからだ。しかし、あの状況で連れ出すのはリスクが非常に大きかった。マチェクに感謝しろ。ミストとしての死に場所を与えてもらったんだからな。」刑はスティックを見つめたまま硬直している。「なら、あなたの代わりに私が消えましょうか。」マチェクがスティックを取り上げた。「何するんだ、マチェク。冗談は止せ。」倉石が本気であわてた。マチェクはためらわず、スティックを折る。


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