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作品名:S・O・S : S-CITY OF SYADOWS 作者:ふ〜・あー・ゆう

第12回   12
所長から分析室に所内連絡が入る。分析プロジェクトのチーフがモニター画面の前に立つ。「社長が見えた。これからそっちに向かう。説明の準備はいいか。」所長は体格のよい初老の無表情な男だ。白衣を着た肩が横に張り出していてロボットのような無機質な印象を受ける。「説明と言われても満足のいくものにはなりかねますが。」「ただで研究させてやってるわけではないのだがな。」所長は最初から期待はしていなかったような言い方をしてモニターを切った。分析室のモニターに各フロアーの廊下の映像が映し出された。身辺警護の特殊警備員の男達に囲まれて社長と所長がこちらに向かってくる。分析室に漂う焦燥感・無力感とは対照的に大型エレベーターの中の空気は弛緩していた。二人が何事も無かったかの様に談笑していたからだ。下降するカーゴ内の警護の黒服たちは研究員同様、雇われの身として二人とは対照的にはりつめた緊張感を保っていた。このように部下達が真剣であるからこそ、彼ら二人はその分、暢気に弛緩していられるのだ。マチェクは眼鏡のツルの耳のあたりに手をやり、分析室の電気系統に仕掛けた小型爆薬の起爆装置をまさぐった。指先で極めて小さなボタンの感触を確かめた。爆薬を仕掛けたのは数週間前だ。やがて、警護の男達に守られた二人が室内に入ってきた。マチェクは一旦、ツルから指を離し、今度は鼻当てに人差し指を当てて眼鏡を少し上に上げる仕草をした。「俺にもしっかり見えてるぜ。」左側のレンズにうっすらとした透過光で文字が浮き出る。目から至近距離でピントが合うようになっていて、しかも微弱な光による投影のため、外側からは文字としての認識は愚か、当人以外が視認するのはほとんど不可能だ。「右の男を見てくれ。」倉石からの指示が投影される。マチェクは右を見る。眼鏡に映った風景はリアルタイムで倉石たちに送信される。背が高く目つきの鋭い痩身の男が映る。年齢はわからないが所長よりは若く見える。マチェクはケースの棚のものを取る振りをして所長と社長の間をすり抜けた。その際に髪の毛よりも細いDNA鑑定針を2人の手に刺しこんだ。鑑定機はわずかな組織からも判定が可能だ。マチェクは刺した針をポケットにしまった。「それで、未だにわからないのか。この女を送りつけてきた、これだけの技術を有する輩がどいつらなのか。」社長が静かに研究員達を見回した。研究員達は無言だった。「まあ、いい。」「私たちも必死に分析はしたのですが、知りうる技術には無いものでして、このレベルに通ずるようなヒントとなる技術にも行き当たらず。」所長が弁解した。「ここには一線級の学者を集めてるのだろ。それでもわからんとはな。」「分野が違います。彼らは脳外科医としては間違いなく優秀ですが、標本を作る技術は別ものですから。」「違うな。それだけ力のあるもの達であれば専門外のことを調べる能力も高いはず。本当に優秀な者は多分野から知識を得て新しい技術を生み出すものだ。私のようにな。」「は、はあ・・・。」「医学・科学とビジネスの融合。その究極を目指すのが私の理想だ。学者は倫理など考えなくてよい。研究の理想を追い求めればよい。会社はクライアントの満足する結果の提供と利潤のみを考えればよい。そのためには優秀な人間による、分野を超えた知識の融合が必要だ。」「こいつ、いつまで話している気だ。」倉石が送信してきた。「携帯モニターは良好だが、これだと計画は変更になるのか。」刑からも送信が来た。「変更は無い。」マチェクの代わりに倉石が即座に答えた。作戦実行まであと6分。「この頭の件だが、新手の商売敵だとすればビジネスで潰す。怨みであれば、諜報部と暗殺部隊をフルに使う。クライアントの裏切りなら、そいつら以上の金を積んでゴルゴダとやらに依頼する手もある。」「ゴルゴダですと!!」所長が驚きを押し殺すような調子で言った。「まあ、そういう手もあるということだ。」「それはいけません。先ほどゴルゴダの使者をこのマチェクが処分したところなのです。」「なるほど、それで私も足止めを食らったわけだ。」「足止め?」「ああ、モンゴル機関の私設滑走路の一部が破壊されて駐在機の尾翼をやられた。ユニフォームを着た米ロの部隊じゃない。全くの私服姿の集団だ。地元のテロリストかと思ったよ。しかし、私たちの活動を阻止するテロ行動を展開するような組織は無い。武装ジープを利用するそいつらは統率が取れ、動きも特殊部隊並みに機敏だった。ゴルゴダに違いない。」「戦闘したのですか。」「数分だけな。ここにいる護衛の連中が殲滅してくれたよ。約半数の犠牲は出たがな。」「危なかったですね。」「ビジネスは大きくなればなるほど様々なリスクを負うものだからな。」「それで、どうやってここまで。」「極東機関から急遽ジェットをよこしてもらった。モンゴル駐在機より武装も充実している。」「しかし、ジェット機ではこの付近には着陸する場所が無かったのでは。」「それに、ここへのアクセスは通常、車かヘリが必要です。車ではかなりの遅れが出たはずですし、ヘリではホバリングや着陸時にゴルゴダに狙い撃ちされます。定時に離陸しても一時間程度の遅れはしばしばありますが、よくこの程度の遅れで到着できましたね。」所長の言葉にチーフが付け加えた。「私の護衛部隊は元軍人だ。だから、ゴルゴダの殲滅も何とか可能だった。彼らの能力を最大限活用した。適材適所、人材の有効活用はビジネスの鉄則だよ。つまり、低空で侵入して着陸速度まで減速したジェットからパラシュート付き装甲車で降下したのだ。落下の衝撃から身を守る特殊シートに身を埋めてな。」「装甲車!!」「確かに低空で侵入すれば、高度も低くなるし、狙い撃ちされて落下しても逆さになったりシート性能が低く無い限りは何とかなるか・・・。逆さになっても精鋭部隊が社長を守ってここに到達できる可能性はある・・・・。」「無茶です。ジェットから飛び降りるなんて。明日でもよかったのですよ。」「馬鹿なことを言うな。ビジネスの遅れは命取りだ。ゴキブリどもに邪魔されたぐらいでひるむわけにはいかない。米ロは、その無能の故に私を怖れる。私が第三国との契約でもしはしないかとな。アメリカに雇われたゴルゴダがその契約の邪魔をしにきたということだろ。」研究員達は社長の気迫に黙ってうなづいていた。「そろそろ時間だ。」倉石が二人に送信した。「こいつら二人、殺るにはちよっと惜しい人材だな。いい根性してるし、頭もいいんだろ。いい兵士になれるのにねー。」刑が応答してきた。「歴史を御覧なさい。優秀な人間に弄ばれた民衆のどれだけ多いことか。目の前の現実のみ見てもダメですよ。時と共に人は変質しますから。」マチェクが携帯メール代わりに眼鏡のツルを指先でタップしながら刑に文字送信をしてきた。「そういうことだ。未来はミストが予測する。俺たちはそれを信じて任務を遂行する。」新人教育の一環なのだろう。マチェクの通信内容を同時に確認した倉石も刑に答えた。「現状はこのようなところです。ご足労いただくまでも無かったのですが来て頂けるということでしたので下準備をさせていただいておりました。しかし、この程度のことしかご説明できず申し訳ありません。」所長が頭を下げた。「いや、そういうことだったのか。私は新しいクライアントが来るという知らせでここへ来たんだ。この頭のことはそのついでだ。」「新しいクライアント?」所長が怪訝な顔をした。「イスラム圏からの依頼と聞いている。お前の所属コードを知っている者からの連絡だったので信じたんだが、お前の許可した連絡では無かったのか。」「はあ、私には・・・。」「お前に近しい内部のもの以外にそのコードを知る者はいないはずだろ。」「・・・罠ですか。」時間だ。マチェクは指先で眼鏡のボタンに触れた。電気系統で小爆発が起こり、室内が停電した。研究員達はどよめいた。社長は全くあわてなかった。警護の男達が周囲を固め、出入り口にも数人が張り付いた。闇は暗殺にうってつけだが、赤外線スコープを標準装備したS級の軍人を相手に仕掛ければ無駄死にするだけだ。外からの手助けや侵入も当然不可能だ。数秒後に緊急発電装置によって電源が回復した。部屋は元通りに明るくなった。「コードを騙った者は内部にいる。私の滞在中に洗い出しておけ。目的は分からんが、お前に近いもののはずだから時間はかかるまい。」社長は8人の研究員を眺め回した。それから部屋を出て社長室に向かった。「この中の誰か、と言うことになるな。クライアントの偽電話の件とこの女とのかかわりがあるのかどうかはわからんが一応、踏み絵としてこの女の開頭を15分後に始める。確かにこの美しい女にメスを入れるのはためらう者もいるだろう。だが、この女の施術に立ち会ったもの達、執刀した者達のように私についてこられるものなら抵抗無く施術できるだろう。ためらったものは私への裏切りの可能性ありとして自白装置による尋問を執り行うこととする。」マチェクは一瞬、考えた。2年の間にトップの人間のおよその情報は手に入れていた。社長に偽の連絡をし、この部屋で本人と確認することもできた。電気系統の異変を起し、停電に警戒した社長を作戦用の潜伏スペースがある自室へ戻らせることも出来た。社長をあの部屋に閉じ込めたも同然だ。全ては計画通りだった。しかし今、想定外の状況が生まれた。ジェシーの再開頭の話だ。所長を自室に戻すのもさらに難しくなった。マチェクはジェシーを見つめた。彼はたじろぐことはなかった。作戦に無い状況が発生しようと任務完遂のために判断し行動するだけだ。問題はここにいる別な人間が疑われてしまうかもしれないということと、この状況で所長をどうやって潜伏スペースに移動させて眠らせるかということだった。社長が退室したので特殊警備員は半分になっている。ニードルワイヤーで全員の心臓を貫き高圧電流を流せば仕事は一瞬で終わる。だが、ここでは一応、例外規定が使えない。使えるのは刑が近くにいるときだけだ。「すいません。緊張で腹が痛くなってきました。今、執刀してもよいですか・・・。」マチェクは腹を抱えながらジェシーに近づいていった。白衣のポケットから徐に自前のメスと開頭用の小型鋸を出す。「そんなもので開頭する気か。」「どうせこの素材は売り物ではないのですから構わないでしょう。私は早く部屋に戻りたいのです。下着を汚すような無様なさまは見せたくありませんから。」「私が用意するまで待てないのか。」「神経性の腸のだ動です。おさまるのに20分はかかります。耐えられません」マチェクはいきなりジェシーの側頭部に切りつけた。髪が根元から削げ落ち、かつての手術痕が露になった。「わかった。お前は信じる。部屋に戻れ。」マチェクは分析室を出た。携帯鑑定機に差しておいた針の反応は2人とも本人に間違いなしという結果だった。マチェクは部屋に戻り、所長を自室に閉じ込める作戦を練ることにした。刑と倉石はマチェクの眼鏡を通して一部始終をモニターしていた。「切りつけた振りをして痕を見えるようにしただけだな。だが、他の連中は彼女を切り刻むかも知れん。ジェシーに傷をつけさせるな。」廊下を歩くマチェクに倉石が伝えてきた。刑は黙って聞いている。「それじゃ、方法は一つですよ。」「ああ、例外規定の拡大解釈だ。刑のいる施設内ということでは彼と近接しているということになる。『同一の場所において』というに内容に拠ればいいだろ。」「了解。」「待て。倉石。俺に詳しく説明しろ。でないと、俺はこの持ち場を離れてジェシーを奪還しにいくぞ。」「仕方ねーな。つまり、新人を使った任務遂行の際はその者と同一の場所において加勢し、組織の存在を完全に隠蔽する為に対象外の処分・抹殺も止むを得ずとする・・だ。」「なんだって、それじゃ俺をダシにして人殺しを楽しもうってのかマチェクは。俺にはここをきっちり守る技能がある。お前らの加勢はいらねー。それに、はなから加勢に来る気なんて無いんだろ。」「そうですよ。あなたを信じてますからね。」マチェクは白衣のポケットから皮手袋を出し、分析室に引き返し始めた。「止めろ。マチェク。てめー、無闇に殺しやがったら俺が殺す。」「無理ですよ。それは私の部屋での麻酔ガスのときにわかったでしょ。あなたに私は殺せません。それより、ジェシーがどうなってもいいんですか。もう20分経ちますよ。」「くそっ、悪魔め。」倉石は無言だった。「まあ、モニターを通して見ていて下さい。」マチェクは手にした起爆装置のスイッチを入れた。用済みになった所長室の潜伏スペースで比較的規模の大きい爆発が起きた。分析室から特殊警備員たちが飛び出してきた。マチェクは皮手袋をはめた両手の平をこちらに向かって走ってくる4人に向けて丸で制止を示すかのようにして正面にかざした。4人は廊下の真ん中を歩いてくるマチェクのことなど気にとめずに二手に分かれて走りすぎようとした。その瞬間、左右の皮手袋それぞれから、するりと伸びたワイヤーニードルが直近の男のわき腹を突きぬけ4人の上腹部を貫いていった。マチェクはそのまま分析室に向かってまっすぐ歩いていく。高圧電流を流したニードルがするすると手袋に納められていく。分析室の中から数人の研究員が出てきてマチェクに歩み寄る。「マチェク、ゴルゴダの襲撃か。」「いいえ。」マチェクは皮手袋をした両手で研究員達の首や頭をそっと包み込む。「こんなときに何するんだ。このゲイ野郎。」言いかけた瞬間に研究員達は次々とその場に倒れた。いずれ、社長室の警備員もこちらに駆けつけるだろう。急がねばならない。マチェクは分析室に入った。横を向いた所長が無表情に虚空を見つめなから立っていた。街の遠くから聞こえた爆発音を耳にして刑の目の前に研究員達が押し寄せてきた。「くそっ。あの時と一緒だ。」刑はこの街で初めてマチェクに助けられたときのことを思い出した。彼らを他のフロアーに行かせる訳にはいかない。まだ計画は完遂していない。彼らがここを出て行ったらジェシーと脱出できるチャンスも限りなくゼロに近づくだろう。この仕事が終わったら彼女を静かに弔ってやらねばならない。刑は最初の一人を物陰に引きずりこんでボディブローで眠らせる。底からあとはマーシャルアーツのオンパレードだ。殴る、蹴る、捻る、投げる、外す、締め落とす。間違っても本当に仕留めることはするまいと必死に防戦した。倉石は社長室から出てきた6人の特殊警備員の相手をすることにした。トイレの天井裏に点火した発煙筒を置き、ボロボロにした白衣を着てトイレの前をふらふらと歩き始めた。もちろん、薄い特注のマスクをしている。不審人物を見つけた男達は駆け足でトイレに向かってくる。倉石は男たちが目の前に来るとばったりと倒れる。「てめーは何者だ。」「ば、爆弾、爆弾。」「爆発は所長室じゃないのか。こんな近くで爆発があったというのか。」「誤報かも知れんし、あるいは音のみのフェイクだったのかも知れん。」「ということは、手薄になった社長室が危ないんじゃいのか。」男達は対応に迷っている。所詮、寄せ集めのチームか。能力は高くても現場での経験は浅いと見た倉石は急に立ち上がりトイレに駆け込んだ。


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