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作品名:S・O・S : S-CITY OF SYADOWS 作者:ふ〜・あー・ゆう

第10回   10
倉石はミストの手配したジープでジェシー達を追跡した。森林を伐採しただけの未舗装の道路はぐにゃぐにゃにぬかるんでいた。立ち往生した大型トレーラーのドライバーが大木にロープを巻きつけてウィンチを巻き上げながらぬかるみから脱出しようとしていた。極東の町に続く国道はこんな道が延々と続く。やがて、視界が広がり夏場だけ使われる物置小屋がチラホラと見えてくる。と、そのとき、ある小屋の裏手に人影が見えた。傍に止めてある車はジェシー達を追いかけていた奴らの物に違いない。「彼女を拉致した連れてきたんだな。」倉石はジープを数百メートル離れた別の小屋の影に止めて様子を窺った。小屋の中に忍び込み、板塀の隙間からテレスコープで彼女のいるであろう小屋の方を凝視した。三人の労働者風の男達が小屋の一点を見つめていた。スコープの解像度を上げる。柱にひび割れが見える。気のせいかもしれないがひび割れが少しずつ大きくなっているように感じた。中に彼女がいるとすれば・・・。倉石はジェシーの皮下組織に埋め込んだ超薄型発信チップのスイッチを入れた。反応があった。間違いなく彼女はあそこにいる。だが、モールス信号の応答が無い。彼女の親指と人差し指にも電磁波を出すセロハン状の極小チップが埋め込まれている。指を着けたり離したりすることで電磁波が出る。その信号が発信されてこない。気絶しているのか、それとも・・・遅かったのか。俺は咄嗟に小屋を出てジープに飛び乗り、男達の佇む小屋へ向かった。突然の来訪者にひるむことなく男達は落ち着いたまま、その場に立っていた。「どうしたい。お隣さん。」一人の男が暢気に声をかけてきた。「いや、私は日系のアメリカ人です。ある人を探してここまで来ました。」「ある人を探して・・・。」「わざわざ、こんなところへかい。」一人が少し身構えたように見えた。いざとなれば携帯閃光カプセルで目をくらまして逃げることは可能だが、俺はぎりぎりまで粘ることにした。「ある人ってのは実は高級娼婦で、・・・私の恋人です。いえ、正確に言うと別れたあとになって彼女への気持ちが強くなってしまったのです。」「こんなところまで追っかけてこられたってんだからあんた、結構なお金持ちの兄さんなんだね。」「いや、まあ。」小屋が幽かに軋みだしている感じがした。急がなくてはならない!「その彼女はロシア系移民のアメリカ人でね。」「通りで兄さん、ロシア語が上手い訳だ。」「どうも・・・。でね、彼女、東洋人に見えるのは先祖に極東系の少数民族の血が混ざっているからなんじゃないかとか言ってたので。」「それで、こんなところへ追って来たってわけかい。」「なるほど、あの女、アジア系じゃないんだな。」一人が聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟いた。「でも、彼女の両親は数年前から行方知れずで、もう、この国には疲れたから祖国に帰りたいと言い出して。」「祖国、今時、祖国だってよ。」一人が薄ら笑いをした。「今日日、本気で国を信じてる奴なんてなぁ・・・。」「そうでしょうね。私もそう思います。で、突然、いなくなっちゃったんです。」一人の男は、しきりにひび割れに目をやる。「そりゃ私も探しましたよ。ちゃんと聞いてやればよかったと後悔しました。でもね、帰りたいってのはわからなくもなかったけど私自身はこの国に対して興味がなかったんで。」「フヘヘ・・・・。」一人が低い声で笑った。「いや、あ、すいません。でもね、結局、私は彼女を忘れられなかった。その後、彼女は精神を病んだと聞きましたが、それきり足取りがつかめず、他人を雇って調べさせましたが、ロシアに入国したとか、ウランバートル付近に滞在しているらしいとか、信憑性のあるものは無くて。そうしたら10日ほど前、突然、彼女から連絡があって。今、揉め事に巻き込まれていて、男と二人でシベリアを東に向かって突っ走ってるって。先祖の土地に向かってるんだって。」「お前、よくそんな嘘が考えられたな。彼女が怒るぞ。」俺は倉石に毒づいた。「俺はそこを買われてミストに雇われてるんだよ。」倉石は続けた。「バカでしょう。いたずら電話かもしれないし、声の主が彼女だと言う証拠も無い。ただ、『先祖の土地』っていう言葉は僕と彼女しか知らないことだと思って、ここまで来てしまったんです。」三人は、俺に向かって、あんた惜しかったなぁという風な顔をした。少なくとも、俺にはそんな風に見えてしまった。そん時、俺は「てめーら、本当はこの俺にご明算。でも一足遅かったな。」とでも言いてーんだろが、と思ったよ。だが、もう少しの辛抱だ。そろそろ来るはずだと思って言葉を飲み込んだ。俺は彼らに彼女の写真を見せた。一人の男が、「やはり」と言う顔をした。「それで、このあたりで見かけた村人があなた達だけだったんで、いちかばちか聞いてみようと思ったんです。長距離ドライバー達は余裕が無さそうで聞きづらくて。」その時、一人の男が遠くから聞こえる車の音に気づき、二人にあごで小さく合図をした。辺境の警備隊がはるか遠くからこちらに向かってくる。「ごめん、わからねーな。」そう言って三人は車に乗り、静かに走り去った。俺はジープに乗る振りをしながら車の陰に回りこみ、すぐさま小屋の中に入った。まさに彼女はそこにいた。ようやく辿り着いたシベリアの凍土の上に建つ崩れかけた木造の廃屋の中に瀕死の状態で足を前に伸ばしたまま、座り込んでいた。腹部には太い木材を抱かせられていた。やつらは彼女の腹部を殴打して瀕死の状態のまま放置し、数分後に柱が倒れるように細工し、倒壊を待っていたんだ。倒壊の衝撃が腹部を突き抜け、事故死に見せかける為だ。だが、彼らはそれを見届けることなく、姿をくらました。何も知らないふりをした俺がポケットの中の発信装置に録音してある音声で辺境警備隊を呼んだからだ。もちろん、上官の振りをしてな。彼女はいまわの際に改めて俺に訴えてきた。刑、お前に全てを引き継いで欲しいと。俺は「約束する、必ず。」と答えた。途端に彼女は安堵の顔になり静かに逝った。俺は目覚めることの無い彼女をジープの助手席に乗せて、その場を走り去った。ミラーには直後に倒壊する小屋が映っていた。それからは昼夜を分かたず、ひたすら東に向かい、ナホトカの港で彼女を日本向けのコンテナに乗せた。彼女の入った組立式のケースは船内に潜入したミスト要員が回収してトラックで運び出した。その後、俺はミストと連絡をとり、今回の作戦と彼女の頭部の保存処置を頼んだ。ミストで調べたときは思ったとおりだった。彼女は別人の脳細胞を移植されていた。
倉石の話が終わった。
「ところで、一時の出会いだけでなぜ、そこまで彼女を・・・。」彼は即答した。「お前もそうだろ。彼女の中に救いを感じた。」その通りだった。俺は倉石の言葉にうなづいた。初めて出会った日、俺は彼女に天使か悪魔かを尋ねた。彼女は両方だと言っていた。その曖昧さ・矛盾に俺は改めて答えを見出すことができた。正義とは・・・・・、悪とは・・・・。彼女は使命遂行への迷いを感じていた。しかし、それを考える猶予が無いことも彼女はわかっていた。人の自然な心の中に既に矛盾が存在している以上、社会に矛盾が生まれるのは当然。その矛盾を出来うる限り、減らそうとはするが、それを徹底しようとすれば全ては合理性の闇に包まれてしまう。増え続ける人口が食糧問題を引き起こすならば、選ばれた人間を除いて、戦争も含めた強制的な人口調節を行うことが有効であると言うことにもなりかねない。個人のレベルでいえば、助け合うべき相手への猜疑心から自己の生命の保証を第一とした場合、己の命を守ると言うことを徹底することがより合理的判断となってしまう。互いの関係の修復を目指すより、その消滅を目指すことになってしまう。そうなれば、とにかく生きるための手段のみを講ずればいい。戦争ならば何をしてでも生き延びることだ。臓器売買に関して言えば、それを肯定することにもなってしまう。
それでは機械やコンピュータと同じ。かと言って、曖昧さや矛盾を見逃し続ければ結果は同じく、ある者たちの恣意に任せた幸せの為にある者たちが喰らわれていくことになる。時間の余裕があれば人工臓器の完成を待てばいい。だが、患者はそれを待ってはいられない・・・・。自らの運命を受け入れるのは時として生き続けることへの矛盾をはらむ。合理性はその矛盾を突いてくる。彼女は考えうるだけ考えて、透明になっていったのだ。彼女の心は透き通っていた。矛盾を乗り越えつつあった・・・。
「ありがとう、倉石。ジェシーの透明さを思い出したよ。ミストの仕事を続けるなら彼女のようにならなきゃな。」「なるほど、彼女のように透明になりたい・・・・か。ま、俺はただお前の能力を最大限に引き出すために話をしただけだがな。」
「得意の話術のつもりだったのか。効き目はそれ以上にあったよ。それじゃ、ミッションの話に戻させてもらう。やつらは彼女を未だにただの素材だと思っている。例外的に施設を脱出した素材だと。だが、今、その頭部の保存技術の高さに気づいて混乱している。つまり、やるなら、今ってワケだよな。さっそく行こうぜ。」「焦るな、刑。敵のボスと側近、武装組、拉致された科学者、同意している科学者。役者が全てそろわなければ効果が無い。ただのトカゲのしっぽきりで終わる。ボスへの糸がしっかりと見えるまでは手を出さない。そこまでが彼女の仕事だ。」「分析室に役者がそろうまで待つってことだな。でも、全員を殺るわけじゃないんだろ。」「ボス達の暗殺を見届けてもらうんだよ。」「今回のターゲットはビジネス拡大を担っていた社長と施設運営を取り仕切っ
ていた所長。ジェシーは社長の判断で抹殺が決められ、所長が抹殺の手口を考えた。実行犯は別にいるがあいつらはいずれ当局に捕まるか米ロのエージェントに消される。ミストがそう判断している。」「お前が小屋の前で見た連中のことだな。」
「二人の処刑は言ってみれば、小悪党達への見せしめになるのです。拉致された者たちには加担してしまったことへの懺悔と悪に従わぬ勇気を取り戻させます。」「ってことは、闇で殺るわけじゃないのか。」「そのとおり。二人を秘密裏に処分したところで、このビジネスに魅力を感じるもの達は少なくない。すぐに第二、第三のスポンサーが現れる。」「でも優秀な協力者がいなければ、このビジネスは立ち上げられません。ここにいる一線級の科学者たちを根絶やしにしておけばよいわけです。今回は例外規定も適用されますから、やむをえない時は全員処分可能です。久しぶりに腕が鳴ります。たくさん試せますからね。」」「根絶やし!マチェク、何考えてる。」こいつは根っからの殺人快楽者なのか・・・。俺は呆れた。それから一呼吸おいた。「また、例外規定か。今はこれ以上、聞かねーが、後でちゃんと教えろよ。」


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