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作品名:S・O・S : S-CITY OF SYADOWS 作者:ふ〜・あー・ゆう

第1回   1
三十路を過ぎて地方から出てきた俺は過去を消し、この街で要領よくやっていこうと思っていた。だが、たったひと月ほどでその思いも消え失せた。その日暮らしの仲間3人で借りていた6畳一間のかび臭い部屋で見ちゃならないものを見ちまった。1人目を覚ましたのは昼過ぎだった。昨日の酒に何かが入っていたのかも知れない。カーテンの隙間から差し込む真昼の日差しは薄暗い部屋の一点を照らし出していた。やはり俺は1人で暮らすべきだったのだ。のどが渇く。涙が出る。声が出ない・・・。箱詰めになっていたその頭は栗色の頭頂部をさらしたまま、押入れの破れた襖の前に無造作に放置されていた。俺はこの女を知っている。その日以来、仲間たちは姿を暗ました。なぜこんなことになったのか。仲間たちは俺の素性を知っていたというのか。俺は途方にくれた。

5年前、俺はニューヨークにいた。倉石という男と二人で街の掃除屋をしていた。チンピラを捕まえて依頼人に突き出したり、ストリート・ギャングを痛めつけてだまらせたり、どうにもならない悪党を深い眠りにつかせたり・・・・・。そもそも俺の性根は凶暴なのだ。
かつての俺は紛争地帯を渡り歩いていた。血気盛んと言えばやや聞こえはいいが、10代後半の俺はそれ以上に偏狭な考えの持ち主でもあった。善悪のあいまいな日本を出て、身につけた武術、格闘技の全てと留学中に海外のレンジで熱中した射撃能力のレベルを上げる為という、そんな空恐ろしい若き日の欲求につきしたがって、スイスに入国し傭兵となったのだ。両親はただの留学と思っていた。やがて、息子と音信不通になるとは思ってみなかったろう。
実戦では日常の社会で封印されているマーシャルアーツの全てが使用可能だった。競技でしか使えなかった銃器もかなりの集中を要する環境下で使用可能となった。歴史的に当たり前のように兵役につく欧州のやつらとは違って、俺には戦闘のプロフェッショナルになりたいという願望があった。上官に怒鳴られて気づくのではなく、進んで自身を磨いていくために敵地に潜入し闘った。正義とは何か、正義とは存在するのか。それを見極めることも目的の一つだった。俺は上層部の汚い意図とは別に、その土地の人々を救うというご都合主義にどっぷりそまり、時には民兵に志願して殺戮を繰り返すこともあった。とどのつまり、自身の勝手な義憤に任せて傭兵稼業を生業としてしまっていたのである。

だが、全ては若き日の妄想。今にしてみれば空しく浅はかな願望だった。一方の正義を貫くことは凄惨な地獄との引き換えで成り立っていた。もう機銃掃射で血の海の中をのたうつ腹の裂けた奴だとか、爆弾をまともに喰らった骸だとか、声を立てさせぬよう不意打ちの接近戦で絶命させた奴の一瞬にして空っぽになる目玉など見たくはなかった。それらは全て遠い過去のものにしたかった。人を平気で殺めるには、極めて静寂なる寂寥感の奥底に永久に沈潜したままでいられるほどの・・・、孤独感など微塵も感じぬまま永久に無機的な世界に沈潜していられるほどの・・・、純然たる狂気が必要だということに気づいてしまったのだ。
正義とは己が規定するしか無く、己の正義が多数と一致したとき、為政者と一致した時のみ、それは大義名分というものにカモフラージュされる。紛争においても、そして戦争においてもどちらが正義だなどというものは無い。歴史の結論など、未来永劫に出ない。公正公平な歴史の確立は不可能だ。照らし合わせるもの・比べられるものなど無いが故、正義など判然としないものなのだ。敢えて、正義をと言うならば自他の命を絶対に犠牲にしないということ。しかし、歴史上、それを完遂しえた為政者などいない。奇麗事の裏で確実にそして理不尽に命は奪われていく。命こそ至上と言うなら、一殺多生も無い、大義名分も無い。

結局、あの頃の俺は何が正しいのかわからなくなっていった。味方の命を守ることのみが至上の正義となり、仲間と自身の命を守るために他の命を奪うことを止むを得ずと考えるようになった。闘いの目的など命のやり取りの中でどうでもよくなる。要は勝てばいい、生き残ればいい。たとえ、自分から仕掛けた争いであってもだ。

それゆえ、転戦する度に新たな部隊に加わるのだが、どの部隊でも俺は優秀なソルジャーとして名を知られていた。だが、そうしていられることが全て狂気の沙汰だとあるときから感じ始めていたんだ。俺はこのまま、狂ったままで進み続けることができるのか、それともこの場から去るべきか・・・。期待されているとは言え、正規の軍人では無いし、傭兵は寄せ集めの部隊だから引き止められることも無い。そう考えるともう続けていられなくなった。

そして、俺はニューヨークへ渡った。悪夢から覚めるために戦場から逃げ出してきたのだ。
ニューヨークにはどんなやつでも受け入れてくれるよそよそしさがあった。何があっても知らん顔でいることもできた。もちろん、全てのニューヨーカーがそうだというわけではないが、たいていのニューヨーカーは苦渋を知り、互いの置かれているシビアな状況を知っている。互いに仏頂面をしていても本当は互いをもとめているということも知っている。やたら、フレンドリーなさびしがり屋もいる。俺たちのように幽鬼のようなクレージーもいる。そんな全てを受け入れてくれる徹底したよそよそしさがあるのだ。
だが、そんな街でも結局、俺は血なまぐささから逃れることの出来ぬまま、倉石という男と組んで街の掃除屋を始めたのだった。ゴミ拾いからトラブルの収集、必要に応じてターゲットの処分。そんな生活が3年ほど続いた。

そんなある日、倉石は部屋を出たまま、帰ってこなかった。まるで今日と同じだ。昨日まで一緒だった奴が消えちまうんだ。やがて、俺に一枚のディスクが送られてき

た。からりと晴れた八月の月曜日だった。緯度が高いので暑さの印象はほとんど無かった。デッキで再生した画面には倉石の姿が映っていた。カメラは倉石に気づかれぬように彼を追い続けている。と、その瞬間、閃光とともに倉石は消し飛んでいた。彼はここ数日、部屋に戻ってきていなかった。調査中のターゲットに消されたのか。いや、何かがおかしい。倉石は軍の派兵に反対するデモ隊の傍を通行していた。と、突然、武器庫が爆発したのだ。デモ隊の1人が爆薬を抱いて突っ込んだのだ。だが、俺には見えていた。近づく男を制止せず、デモ隊にもそっぽを向きながら、倉石にのみ銃口を向けている三人の兵士を。国が俺たちを抹殺しようとしているのか。それほど大きなことは何もして無い。だが軍人は確かに倉石に銃口を向けていたのだ。突っ込んでくるデモ隊メンバーの男には目もくれずに。結果、彼らは倉石と共に爆死する。ディスクとほぼ同様の内容はその翌日に報道された。タイムリーなはずのニュースが遅れて報道されたことに違和は感じていた。それでも混乱していた俺はただ呆然として報道の内容をディスクの内容・・・事実の確認をするように見ていた。ニュースでは武器庫に突っ込んだ無謀な男の行動に対し、テロ行為に匹敵すると断じていた。倉石は巻き込まれた犠牲者に過ぎなかった。
それから数日後、俺は東洋系の美しい女と出会った。ルームシェアの相方だった倉石が疾走し事件に巻き込まれ遺体が確認された直後だった。てっきり爆発で粉みじんと思っていた倉石だが本人と判別できる状態だった。そんなとき、女は極自然に俺の前に現れたのだ。バーのカウンターで隣り合わせたその女は目玉が空っぽになっている俺に声をかけてきたのだ。「まるで死人ね。」「死人・・・、ようやく俺の番が来るってわけだ・・・。ほっとするよ。」「あなたの番はまだよ。」「どうして。」「あなたは死にたくても死ねない・・・。だってもう死んでいるんだもの。」「酔っ払いに小難しいこといってもさっぱりわかんねぇ。どっちでもいい・・・。」「あなたは今日死んで明日から生まれ変わるの。」「ありがと・・・。君は全能の天使?神?悪魔?」「全部ね。」「言うとおりにするよ。」正直、俺は落ち込んだ気持ちと裏腹に彼女の美しさにときめきを感じていた。友人の死を悼みながらも同時に彼女から生への希望を感じていた。俺は生まれ変わる為に彼女を貪った。全てをリセットできるような気がした。
それから数日間俺たちは一緒に暮らした。彼女はあの夜以来、感情を見せることはなかった。冷静に俺を観察しているような気がした。あの夜は特別だったんだ。

あの夜だけは互いに何かを求め合っていたのかも知れない。ただ、それだけの行きずりの女だったのだ。俺はずっとそう思っていた。俺は女と別れた日、そのまま日本に戻ってきた。倉石のようになるのが怖ろしかったのだ。

だが、あの時の女の頭が今、目の前にある。俺はひどく混乱していた。


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