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作品名:YOKONORI RACER(ヨコノリ・レーサー) 作者:ふ〜・あー・ゆう

第9回   ストリート・レースC

「通路を出た。ピットインした方がいいか。」再び、通りに飛び出してきたタテうらが聞いた。
「そうれすね。ロンスケに換えまふか。」椎野はぐだぐだのままだった。タテうらは加速と安定性のロンスケで終盤を乗り切る考えでいた。
「トップはどうなってるんだ。」
「ピットは通過してまふぇんが・・・。」
「てこたぁ、トップはリタイアか・・・?」タテうらが呟いた。
「もし、リタイヤならチーム椎野で1位、2位独占だ。」瀬津の声も聞こえた。
「ふぇ〜、うれひいれす〜」タテうらと瀬津の言葉に椎野は舞い上がった。
「あっ・・・、今、誰か通過ひまひた・・・。」
「お前なぁ、コースの方、見てなかったのかよ!!」タテうらが怒鳴る感じで言った。
「ふいまふぇん、空の青さを見てまひた。」
「あのなぁ・・・。」タテうらはあきれた感じで呟いた。
「瀬津です!今、状況確認したところ、現在、ジージが1位、別チームが2位。タテうらさんは3位です!!」
「オッケー、この先はどうなってる。」
「ダウンヒル(下り坂)です。比較的、緩やかなタイプですけど。」
「緩いダウンヒルか。転倒でもしない限り、2位との入れ替わりはねーな。それどころか、今のままじゃ、優勝は無理だ・・・。」
「そうなんです。ジージは下り坂ではスラロームで減速すると思うんです。」
「俺だって命がけの直滑降はごめんだよ。だが、トップの奴はジージを抜かすぐらいの加速はするだろう。」
「そうなんです。」
「じゃ、腹くくって俺が行くしかないってわけだ。ピットインしてる時間は無いな。」
道路わきでロンスケをスタンバイした椎野の姿が見えてきた。タテうらは椎野の目の前を一気に走りぬけた。
「タテうらひゃん!!」
「椎野、会話聞いてなかったのか!!」瀬津が声を上げた。
「・・・・・・」
「瀬津、ジージの様子はどうだ。」
「少し、加速が落ちてきたような感じです。プッシュしてもこれまでのような加速が無くなってきてるようです。」
「椎野!しゃべれるか!!」
「はい!タテうらさんが通過したんで我に返ることが出来まひた!!」
「ちっ、まだ本調子じゃねーな。言いたいことはわかるか。」
「わかりまふ!言いたいというより、聞きたいことでひょ。」
「その通り!!」
「お察しの通り、ベアリングの耐久性能は確かめて無いでふ。」
「やはりな。そろそろ寿命なわけだ。」
「ジージもタテさんもしっかり聞いてくだはい。減速しても3位以内には入れまふから、元は取れまふ。それよりも、ベアリングのことでふが、寿命が来たら、減速するんじゃなく、多分、崩壊しまふ!!」
「崩壊!!」瀬津とタテうらが声を上げた。ジージは黙ったままだった。
絶句するタテうら達をよそに迂回コースと最短コースの合流点が見えてきた。
瀬津は合流点に出てきたタテうらを遠巻きに確認した。そして、バイクから降り、対策を考えながら通信を始めた。
「着きましたね、たてウラさん!ジージはすでにそこを通過しています。ベアリング崩壊の対策は後ほど伝えます!!」
「了解。それにしても、やるなぁ。待ってろよ、ジージ。俺がサポートしてやる。」
やがて、長い下り坂が見えてきた。
「ここで、一気に下るんだな。」
前方には先頭で蛇行するジージの姿。それとタテうらの前を走っていた選手が今まさに加速しつつある姿が見えた。運がよかったのは、2位の選手がタテうらの追い上げを警戒しピットインの余裕が無かったらしく、ショートスケートのままだったことだ。同じショートなら互角に戦える、タテうらはすぐに追いつけると踏んで一気に加速した。ベアリングはやや滑らかさを失いつつあった。
「ベアリングの崩壊は時間の問題でふ。性能と引き換えに耐久性が低いんでふ、実は・・・。」
「それを先に言え!!」瀬津が怒鳴った。
「言ったら使ってくれんかったでしょ。」
「あほか!知ってたら使い方を考えるだろ、こんなにいいベアリングは他にねーんだ。」タテうらが答えてきた。
「あっ、ありがとう・・・ございま・・・ふ。うまく行けば、特許取れるかもしれないれふ。」
「椎野!!お前、タテうらさんたちをテストパイロットにしたのか!!」
「いや、冗談でふ。でも、うまく行けば、特許・・・・」
「そういや、お前、このベアリングで小さな大会も全部出ろとか、ダウンヒルで試してこいとか、自分は全然使わなかったよな。」瀬津が言った。
「そっ、それは、まあ、実戦じゃないと過酷さが試せないひ・・・・・・・。」
「もう、いいよ。二人とも。それより、後続が見えてきちまったぜ。」タテうらが仲裁に入るように言った。
「僕に考えがあります。タテうらさん、減速してください。」
「減速だって!?」
「ジージはあのままでも、普通の選手より速い速度で降下しています。多分、タテうらさんより体重があって走行距離も長いジージのウィール(タイヤ)のベアリングはタテうらさんより先に崩壊すると思います。仮に計算するとあと、2分後かと思います。」
「さすが、理系大学出だな。」
「そこで、ジージはとにかく、この調子で粘ってください。今ぐらいの蛇行の振れ幅が丁度よいです。」
「あい・・・。」ジージは必死に答えてきた。
「俺が減速する意味は?」
「後続に抜かれてください。」
「何だって!!」
「ジージ、よく聞いてください。陽動作戦に出ます。疲労している後続はトップのライン取りを最短と見るでしょうから、とりあえずジージを追うと思います。通信している連中はピットの指示との間で混乱します。そのうち、ジージのベアリングは崩壊しますから、その前に、つまり、今から一分後に停止、リタイアしてもらいます。」
「俺はどうするんだ。」
「そちらもいずれ崩壊するベアリングです。命を懸けていただきます。」
「えっ!」
「後続を先に行かせて、ジージの停止直前に一気に坂を下ってもらいます。」
「直滑降だって!おい、これはショートなんだぞ。つんのめって、えらいことになる!!」いつもは低姿勢な瀬津からのシビアな指示にタテうらは驚いた。
「大丈夫です。崩壊の予兆で速度は自然と減速します。崩壊直前に坂の下のゴールに到達できます。」
「連中がジージの異変に気づいたときはすでに遅いってわけか・・・。」
「そうです。あわてて最短距離にライン取りを変えても、特性ベアリングで直進するタテうらさんの速度には、そう簡単に到達できないわけです。」
「・・・にしても厳しいぜ。」
「すみません。でも、この手しかありませんので。」瀬津はきっぱりと言った。
「怪我せんでくださひ。3位以内には入れまふからぁ。」
「また、椎野の怪我に注意コールかよ。」瀬津が言った。
「レース終盤の大事なときになると弱気になるんだからなぁ、大丈夫だよ。・・・にしても、抜かれるのは気分悪いなぁ。」
「もう少しの我慢です。すぐにぶっ飛んでもらいますから。」
瀬津の作戦通り、後から来るレーサーが続々とタテうらを抜き、ジージとほぼ同じラインを下っていく。比較的緩い坂といっても滑っているうちに速度は上がっていく。他の選手は特性ベアリングで軽快に下っていくジージのライン取りならば限界まで加速する手前で無難に下れるものと、とっさに判断しているのである。
「そろそろ、停止してください。崩壊します。」
ジージはやおらブレーキをかけ、ターンしながら路肩によって停止した。そして、デッキを降りると安堵したように路肩の草はらに座り込んだ。デッキが少し流れて下りかけたが、ガリッと音がして、左側の車高が若干下がった。ベアリングボールが地面に散らばった。再び浮き上がりゆっくりと空回りするウィール(タイヤ)の中心に変形したベアリングの姿が見え隠れしていた。
軽快に滑り降りていたジージの突然のリタイヤにすっかりわけのわからなくなった選手達は、一斉に振り返り、愕然とした。タテうらは既に2/3を下っている状態だった。あわてて、切り返す選手達。しかし、もう遅かった。無理に加速しすぎて転倒する者、制御不能になる者、数メートルまで追い上げるもののそれ以上、加速できない者・・・。
「ほんっとにゴールまで大丈夫なんだろうな。」デッキは小刻みに振動していた。
「多分、大丈夫です。」
「多分だって!!」
「計算上なので。でも、ジージは1分で正解でしたから、そちらはまだもつかと。」
「わかったよ、どうにでもなれ!南国万歳だ!!」
坂の下に主催者の設置したテントが見えてきた。やがて、ゴールに先回りした瀬津の姿も見えてきた。足元の違和感が次第に強くなってきている。しかし、タテうらはターンをせず、まっすぐゴールに向かってきた。そのとき、瀬津から通信が入った。
「ゴールした瞬間、オーリー(ジャンプ)してください!それがブレーキになります!!」
「この速度でオーリー(ジャンプ)だって?」
「できれば、デッキ(板)は蹴り飛ばして地面に着地してください。いや、板の上に戻るのは危険です。」
「わけわかんねーな。でも、わかったよ。いうとーりにするわ。」
道の両脇のギャラリーが声援を送っている。タテうらは正面を見据えた。ゴールと同時にジャンプし、板にフリップ回転(きりもみ回転)をかけながらトリック失敗時のように、爪先で弾き飛ばした。くるくる回転しながら宙に舞うデッキから無数のベアリングボールが渦巻状に飛び散った。
「ビンゴ!!」瀬津が歓喜の声を上げた。自分の作戦の成功、勝利の喜び、計算どおりの崩壊のタイミング。どれをとっても満点の自身の判断に酔いしれた。


「耐久試験してないんなら、ちゃんと2人に伝えとくべきだったろ。」
「だから、すいませんって言ってるでしょ。何度も。それに俺、今回は泣かなかったし。」
「途中で泣いたろが。」
「感動して何が悪いんじゃ。」
「スタッフの皆さんも俺達も迷惑なんだよ、いい大人が泣きじゃくるとな!」
瀬津と椎野はいつものガレージで言い合っていた。
「肝心なとこで弱気になるし、泣いてる間は通信不能だし。」
「お前みたいな冷静すぎるマシン人間とは違うんだ。」
「これこれ、もういいじゃないですか。」ジージか入ってきた。
「今回の賞金は思いがけないボーナスでしたね。1人頭25万になりますが、どうしますか。」
「冬のレースに備えてストックしといてよ。冬場は仕事も限られてくるし。」
「わかりましたよ。では、次のレースのことですが、」
「おっ、賞金は安いけど、軽くトライできそうでいいじゃん。」
「次は俺も出てみっかな。」
2人はけんかしていたのも忘れてレースの話に夢中になった。ヨコノリ・フリークたちの挑戦がまた始まろうとしていた。
「よっしゃ、次回のレースまでにベアリングの耐久性、上げるぞ。オイルの質を上げてみるかなぁ。」


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